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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
七章(最終章) 私と彼女と大悪魔の呪い

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プロローグ

 目を閉じて、世界へ意識を広げていく。


 静謐な空気。

 腰かけた岩のひんやりした感触。

 さほど広くない洞窟内に満ちる神聖な気。


 感覚が拡散するにつれ、私は空間すべてと一体になっていく。

 体内の魔力を少しずつ空気に溶かし、代わりに一帯の気を内側に取り込む。

 この循環を無数に繰り返すことで一体感は更に強まり、この場の気は清められ、より濃密なものになっていく。

 全ての思考が消える。

 眠っているのと紙一重の瞑想状態をしばらく続け、意識を戻す。

 目を開くとちょうど、少し離れて座る華澄も瞑想を終えたところだった。


「お疲れ様、悠奈ちゃん。華澄ちゃん」


 そこへ紗羅が穏やかな声をかけてくれた。

 彼女は洞窟の壁を背にして座り、膝の上に幼女姿の悠華を乗せて微笑んでいる。


「ごめんね、紗羅。退屈じゃない?」

「大丈夫だよ。ここは静かで落ち着くし。私もお昼寝してたから」


 と、紗羅の膝の上で携帯ゲーム機を弄る悠華も「うむ」と頷く。


「わらわたちのことは気にせず仕事を果たすがいい」

「いや、悠華がゲームで遊んでるのは微妙に納得いかない」


 私たちはスマホの電源も切ってるっていうのに、この神様は。

 要は通信機器を使うなって話だから、そういう機能をオフにすればゲーム機は問題ないんだけど。

 まあ、いいや。

 私は身に纏った巫女服の袖をまくり、腕に巻いた時計を見る。

 ……あんまり腕時計なんてしないので、つい手の甲側の手首を見てしまった。おっと、レディースの腕時計はこっちに文字盤ないんだっけ。

 うん、時刻はお昼過ぎ。


「ちょうどいいからお昼ご飯にしようか」


 誰も異論はなかったようで、私たちはてきぱきと食事の準備を始めた。

 今朝、三人で作ったお弁当だ。メニューはおにぎりに卵焼き、唐揚げ、アスパラのチーズ巻きや多めのプチトマトなど。女の子四人にしては大量の料理を重箱に詰め、ここまで運んできた。

 石の床に布製の敷物を敷き、悠華も交え輪になって座った。

 作業のため変身していた私と華澄は、人目もないしこのままでいいだろうと、耳と尻尾を生やしたまま「いただきます」をする。


「しかし、このような場所で弁当とは贅沢な話じゃな」

「だね」


 私たちがいるのは、とある神社が所有する聖地だ。

 一般人は本来、立ち入ることも許されない場所だけど、今回は特別に許可をもらってここにいる。食事もゴミは持ち帰る条件で許してもらった。

 これは観光、ではなくアルバイトのためだ。

 妖狐たちのコミュニティを経由して引き受けた聖地の浄化作業。私と華澄の身体を空気清浄機のごとく利用して、辺り一帯の気を安定させるのが目的。

 で、せっかくだからと紗羅にも同行してもらった。

 浄化には神聖な魔力が必要なので、自前の魔力が負の方向にある紗羅は参加できないのだけれど、一人だけお屋敷に残すのも気が引けるし。ちょっと閉塞感があるのを我慢すれば静養に向いているから、ピクニック感覚で一緒にやってきた。


 亜梨子さんの件からは二か月が過ぎた。

 紗羅は今ではもう、かなり調子を取り戻している。

 ……ゴールデンウィークが終わって登校を再開した頃は、本当に辛そうだった。

 亜梨子さんのせいで「匂い」に物凄く敏感になっていて、男や動物の匂いが風に乗ってくるだけで感情が乱し、お屋敷を出てから学園に着くまで私か華澄の手を握っていないといられない様子だったり。

 不意に欲情した結果、熱っぽい表情をしたり甘い吐息を漏らすことも多かった。

 女子校だからまだ良かったけど、それでも紗羅に告白してくる生徒もいて。告白を断る場面まで付いていくことになってちょっと困った。さすがに声が届く範囲でできるだけ離れたけど、「ごめんなさい」をした直後に私に駆け寄る紗羅を見て、あの子はどう思っただろう。

 あの辺りから、仲のいい子たちが「付き合ってるんでしょ? わかってるわかってる」みたいな雰囲気で接してくるようになったんだよね。しかも直接口には出してこないし。いや、聞かれて否定するのもなんか嫌なんだけど。


「華澄ちゃん。胡麻のほうのおにぎり取ってもらってもいい?」

「はい。どうぞ、紗羅様」

「ありがとう」


 あれからは華澄と三人(プラス悠華)で過ごすことが増えた。

 私も紗羅も華澄に頼ることが多かったし、華澄自身もそれを望んでいたからだ。華澄は甲斐甲斐しく紗羅の世話を焼いてくれていて、そのせいか二人は前以上に仲良くなったように思う。

 ……でも、私は未だに二人の関係を掴み切れていなかったりする。

 私にとって、華澄が特別なのは間違いない。あの日の交通事故が起こらず、あのまま紗羅と別れていたら『御尾悠人』が彼女と添い遂げた未来もあったかもしれない。

 紗羅にとっても、華澄は悠華の石を共有する相手で、私と同じ妖狐で、歳が近くお屋敷のメイドでもあるため心を許せる立場にあるとは思う。だからこそ亜梨子さんとの戦いに同行してもらったわけだし。

 ただ、二人がそういう、親友あるいは家族というだけの関係なのか、それ以上なのかと言われるとよくわからない。

 正直、最近の紗羅と華澄だって、付き合ってるんじゃないかってくらい仲良しだ。

 私が見てそう思えるって相当だし、しかも、私は二人がそうやって仲良くしているのが嫌じゃなかったりするのだ。

 他の人なら、それが女の子でも紗羅との間に入られるのは嫌なのに。

 いまいち、考えても結論が出ない。


「悠奈ちゃん、どうかした?」

「悠奈様、お口に合わない料理がありましたか?」

「あ、ううん。大丈夫、美味しいよ」


 少しぼうっとしていたら、紗羅と華澄から顔を覗き込まれてしまった。にっこり笑って答えると、二人ともほっとしたように息を漏らす。

 ……考えても仕方ないか。

 少なくとも紗羅たちが仲良しなのは間違いないわけだし。

 時々話に聞くような、表向きは仲が良いけど裏ではギスギス……なんて関係なら、紗羅が情緒不安定だった時期に喧嘩になっていたはずだ。

 うん、とりあえず気にしないことにしよう。

 そう心に決めて、私は手にしていたおにぎりと唐揚げを口に運んだ。

 重箱三段にぎっしり詰めたお弁当は綺麗になくなった。お絞りで綺麗に手を拭き、口臭を消すタブレットを口に放り込んで、重箱と敷物を片づける。


「じゃあ、もう少し続けるね」

「うん。せっかく来たんだから、しっかり清めてあげて」


 浄化を終えて聖域を出たのは夕方に差し掛かろうという頃だった。

 神社の人に挨拶をし、謝礼をもらって家路につく。渡された封筒の中には一日限りのアルバイトとしてはかなりの額が入っていた。

 このお金は進学後の生活資金にするためにとっておくつもりだ。


「こんなにもらっていいのかな、って思っちゃうけど」

『誰にでもできる仕事ではないからな。素直に受け取っておけばよかろう』


 土地に流れる気の浄化なんて、本当は普通の神職や霊能者たちが長年の修行の末、やっと可能になるような代物らしい。

 それが変身状態の私や華澄なら割と簡単に行える。

 気が淀んでいればいるほど大変になるので、今回みたいにそもそも神聖な場所でないともっと時間もかかってくるはずだけど。それでも神社の人からはかなり有り難がられた。新品の巫女服までわざわざ用意してくれたくらいだ。

 ……まあ、凄いのは私たちっていうより悠華の血なんだけど。


「お蔭でリフレッシュできたから、明日からまた勉強だね」

「うん。夏休みまでもう少しだから、ちゃんと通おうね」


 そっか。もうすぐ夏休みかあ。

 制服が夏服に変わったり薄手の服を買いに行ったりもしたから、夏っていう意識自体はあったものの……なんだか早く感じる。

 相変わらずやることいっぱいで忙しいからかな。


「悠奈様。今日の鍛錬はどうなさいますか? 一日かけて修養をしていたようなものですが……」

「ん。まだ元気はあるし、軽くやっておこうかな」

「かしこまりました」


 私たちは寄り添うように歩き、電車に乗った。

 ……お屋敷に帰ったら着く頃には夕食時だから、お風呂に入って着替えて、ご飯を食べて特訓して寝る感じかな。

 まだまだ、特訓はしたりない感じがあるし。


 そう。私たちを焦らしているのかなんなのか、あれから二か月が経ってもなお、真夜が次の行動を起こしてくることはなく。

 私の左手に浮かぶ契約の紋様も、あと一回分の『願いの回数』を残したまま。

 何も無さ過ぎてむしろ不気味に感じるほど、私たちの周囲は平穏に包まれていた。

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