番外編 無人島の二人
ifの話です。本編には繋がらないのでお好みでお読みください。
ざざーん、と。
波の打ち寄せる砂浜で、私は紗羅と一緒に海を眺めていた。
天気は快晴。
気温も少し暑いくらいで、きっと水着になって泳げば気持ちいいことだろう。
ただ問題は。
今、私たちは無人島に二人っきりで、帰る手段がないということだ。
「どうしよっか」
「……どうしよっか」
二人とも顔を見合わせて苦笑いをするしかなかった。
――事の発端は真昼だった。
彼女はどこかから別の「純粋な天使」を連れてくると、私たち羽々音家の面々に再び「三つの試練」を受けるように言った。
試練の内容は、真昼が前に出してきたものとは別。
三つ同時に出題され、分担して取り組むように言われたうちの一つを、私と紗羅が受け持ったのだが。
『飛ばされた場所から屋敷まで戻ってくること』
まさか、こんな場所に飛ばされるとは。
しかも、大した用意もないまま。
どんな場所に飛ばされるかわからなかったので、持ってきた荷物は小さめの鞄に一日分の着替えと現金、パスポート、固形の栄養補助食品といった、かさばらず役に立ちそうなものが中心だった。
だから、まだ外国に飛ばされる方がマシだったんだけど。
スマートフォンも圏外だし、踏んだり蹴ったりである。
「魔法で瞬間移動もできたんだ」
「うん。……とても複雑で、大きな魔法だけど。純粋な天使や悪魔じゃないと、使うのは現実的じゃないと思う」
じゃあ、同じように瞬間移動で戻るのは無理か。
「そうすると、いったんサバイバルするしかないかな……」
紗羅に軽く飛んで貰って島の全体像は確認済み。
区や市一つ分くらいの面積しかない小さな島だ。私が変身して感覚を研ぎ澄ませた結果、人が居ないのと自然動物が住んでいることもわかっている。
森もあるので、果物か茸は多分取れるだろう。
ちょうど長期休みなのでしばらくは学校も心配しなくていい。
こういう経験は全くないけど騙し騙しやってみるしか……。
「飛んで帰るのは駄目?」
「うーん……陸地がどっちにあるかわからないのが怖いかな、って」
あとは距離。もし途中で力尽きたら海に落ちるしかなくなってしまう。
魔力を半分使った時点で引き返す手もあるけど、正確に戻れなかったらやっぱりアウト……となるとあまり試したくはない。
「そうだよね……。それに、悠奈ちゃんは飛べないものね」
「あ、屋外なら風を操れるから一応飛べるよ。でも、効率は悪いかな」
もし二人で飛んで行くとしたら、凧みたいに紗羅に引っ張ってもらうのが一番楽だろうか。
「とりあえず何泊かすることになってもいいように、食べ物とかを準備しておかない? それからゆっくり方法を考えよう」
「うん、わかった。……ふふ、でも」
「?」
「ううん。やっぱり、こういう時は男の子なんだなあ、って」
そう、なのかな?
こういう時こそしっかりしないと、と思って気合を入れたのは確かだけど、男の子だからとかはあんまり意識してなかった。
……でも、紗羅が頼ってくれるのは嬉しい。
「ありがとう、悠奈ちゃん。一緒に頑張ろうね」
「うん」
それから、私たちはひとまずの備えをするために行動を開始した。
人が生きるのに必要なのは衣、食、住。
服は替えもあるからOKとして、雨風を凌げる場所は欲しい。あと、食べるものも余分にあるに越したことはない。
「紗羅、いったん手分けしても大丈夫?」
「大丈夫だよ。離れていても、悠奈ちゃんとは繋がってるから」
リンクで視覚を共有しておけば相手の様子を見ることができる。確かにこれがあれば少しの間離れるくらいなんてことはない。
私と紗羅に関しては、一人でも野生動物に殺される心配はない。
魔力で身体強化すれば、熊と正面から殴りあっても勝てると思うし、ここが地球である以上、モンスターめいた危険生物か現れたりはしないだろう。
ということで、私は島内の探索、紗羅は島の外周を回りつつ良さそうなポイントで釣りをすることにした。妖狐の私の方が自然物、特に森への対処はしやすいし、紗羅は物質を支配して性質や形状を変えられる。適当な流木を竿と針に変えるくらいはお手の物だった。
どうせ無人島なので、遠慮なく変身した状態を維持しておく。
「どこかに洞窟でもあればいいんだけど……」
独り言を言いながら島内を歩く。
とにかく、夜になる前に休める場所を用意しておきたい。それにはできるだけ閉じた空間が望ましい。
もし見つからなければ、紗羅の力を借りて小屋でも建てることになる。
「この森、結構自然が豊かだな」
人の手が入っていないせいだろう。空気も澄んでいて、心が落ち着く。不安どころか鼻歌でも歌いたくなる気分だった。
周囲に動物の気配も感じるものの、どうやらおおむね警戒されている感じだった。
耳や尻尾から獣の気配を、宿した魔力から脅威を感じてくれているのだろう。寄ってくるのは小動物だけだ。
紗羅に作ってもらった木籠を手にピクニック気分で散策した。
南国なのか、果物はバナナやヤシの実に似たものなどが見つかった。茸が生えているのも見つけたけど……どれが食べられるのか全然わからない。とりあえず色が毒々しくないものを少しだけ採っておく。
そうしていると、あっという間に籠は一杯になった。
「……洞窟は見つからないな」
代わりに綺麗な川を見つけた。これで水の心配もない。
紗羅のところまで戻ると、名前のわからない魚が数匹、岩場に作った生け簀の中を泳いでいた。
「結構釣れたね」
「うん。結構お魚、たくさんいるみたい」
動いてお腹も減ったのでお昼ご飯にする。
拾った流木に私が火を付け、魚を木の棒に刺して焼く。茸は紗羅の魔法で毒味をしてもらい、害のあるものは処分した。
デザートの果物もあるので、案外豪華な食事だ。
けれど、紗羅はバナナとヤシの実に手を付けただけで後は食べようとしなかった。
「ご飯も節約した方がいいでしょ?」
それなら、なるべく私が食事をして、紗羅は私から吸精するのが効率いい。舌を楽しませる意味で多少口に入れれば十分だということだ。
にこにこしながら食事を見つめられていると、なんだか変な気分だった。
昼食の後は小屋作り。
手持ちの筆記用具からカッターを取り出し、紗羅の支配で手持ち付きの鉈状に変える。それを私が振るい、森の木を何本か拝借する。
木を適当な大きさにカットして、石や木の葉なども使いつつ、海からも森からもそこそこ近い陸地に簡単な小屋を建てた。広さは八畳程度で屋根と床付きだ。
「なんとか落ち着いたね」
「うん。暗くなる前に終わって良かった」
自然の中もいいけど、汚れとかを考えると屋内の方がのんびりできる。
さすがに結構時間がかかったので、もうすぐ日が暮れる。今日はこのあたりで休んだ方がいいだろう。
海辺の岩を加工して壺のような器を作り、川の水を溜めておく。一回り大きな壺の中に入れ、隙間に私が作った氷を敷き詰めた。上には蓋をしておけば、しばらく冷やしておけるだろう。
「それで、どうやって帰ろっか」
「そうだね……」
二人で色々な案を出し合う。
なるべく現実的で、確実性が高い方法。できれば誰かに見つかることも考えて、変身せずになんとかできればありがたい。
結論としては船を作る、ということで落ち着いた。
幸い木はたくさんあるし、一日二日で飢え死にするような状況でもない。
何日かかけて頑丈な船を作って海を旅する。木の葉を繋げるか何かして帆を作れば、私が風を操って進めるし、周囲の水の流れを操ってもいい。
限界まで移動したところで飛行に切り替えれば、進める距離はかなり伸びるはずだ。
日本の方角も問題ない。少なくとも国内にいるはずの華澄は、私たちと悠華の石を共有している。だから感覚を研ぎ澄ませれば彼女の位置を把握できる。
「……良かった。なんとかなりそうだね」
「うん。あとは準備をして、決行までに体力と魔力を回復するだけだね」
私たちは微笑んで頷き合った。
それから数日、船づくりであっという間に時が流れていった。切り出した木の組み上げを紗羅の魔法に任せないといけないのが心苦しかったけど、その分、私は木の切り出しや水汲み、食料の調達などを頑張った。
島は暖かい割に夜が冷えることもわかったので、小屋の中央には囲炉裏のようなスペースを作り、そこで薪を燃やして暖を取った。植物で作った即席ベッドで眠れるようにして、あとは夜ごとの儀式も欠かさず行う。
紗羅の魔力が頼みの綱なので、私はご飯をしっかり食べて休息を取り、できるだけたくさん精気を供給できるようにした。
……二人だけの時間が続くうち、ちょっとずつ儀式が濃密になっていったのはまあ、仕方ないと思う。完全に二人っきりで羽目を外すなっていう方が無理だ。
そして、遂に船が完成した。
荷物を積んでも二人でゆうに寝そべることのできずサイズの帆船。形は簡単だけど、水に浸かる部分は特に丈夫に水漏れしないよう作ったし、波しぶきがかからないよう深めの構造にした。
水と食料も数日分を積み込み、とある朝に船を出した。
「日本に帰ったら肉が食べたいなあ……」
「油揚げじゃなくて?」
「うん。ほら、食べようと思えば食べられるのに、我慢してたっていうのが……」
蛇とか、肉食獣とかの肉に抵抗があったのもあるけど、食べるために殺すっていうのもちょっと抵抗があって止めていたのだ。
もちろん、切羽詰まったら仕方ないのだけれど、幸い他の食料が尽きるほど緊急の状況ではなかった。
「紗羅は?」
「お風呂に入りたいな。水浴びはできたけど、シャワーはないし」
「確かに。暑いからべとべとするしね」
日焼けも気になる。日中屋外にいる時間が長かったし、これからしばらくは海の上だから、帰る頃には肌が結構痛んでいそうだ。
時折、紗羅に方角をチェックしてもらいながら帆船を動かす。
なるべくスピードは出さず、最低限の力で長く動かすことを心がけて――一日半ほどで魔力が危険域に達した。
「紗羅、日本までの距離はどれくらい?」
「……ううん。それなりに近づいたけど、半分も来てないと思う」
「そっか」
道中、陸地に行き当たることはなかった。
……一度上陸できれば休憩も可能だったんだけど。
じゃあ、あとは飛行して帰るしかないか。
「紗羅、お願いがあるんだけど」
「うん。でも、一人で行ってっていうのは無しだよ」
「う」
バレてる。
「それが一番効率いいと思うんだ。紗羅が飛んでいる間、私は船の上で休めるから」
回復した私の魔力をリンクから紗羅が吸収すれば、飛行できる時間は飛躍的に伸びていく。これならかなりの確率で日本に着けると思う。
「悠奈ちゃんはどうするの?」
「紗羅が着いたら、自力で行けるところまで近づいてみるよ。後から助けに来てもらうか、救助を呼んでくれれば」
まだ食料はそれなりにあるから、節約すれば持つ。船を動かしていなければ眠って回復する時間もあるし、そう簡単に死にはしない。
それを聞いた紗羅は、ある程度の勝算があることに頷いてくれる。
「でも、駄目だよ。帰るなら二人で帰ろう?」
「帰れる可能性が少なくなっても?」
「うん。もしゼロになっても、だよ」
私を見つめてはっきりと告げてくる。
全然論理的じゃない。それどころか、助かりたいなら自殺行為みたいな発言だけど、不思議と私の心にすっと入り込んできた。
魔力は殆ど空だけど、代わりに気力が満ちてくる。
……仕方ないなあ。
「じゃあ、できるだけ努力してみようか。二人で」
「うんっ」
私はいったん船の上で身体を休める。
その間は、紗羅が変身して飛び船をゆっくり押すことになった。
華澄の位置を特定するのは感覚的なものなので私が担当。半日ほどで紗羅が力尽きたら、今度はまた私が船を動かす。
徐々に交代のペースが上がりつつも船を動かし続け、やがて初めて陸地が見えた。
「やったね」
二人で喜び合いながら海岸に船を停めた。
間違って流されてしまわないように陸へ上げたうえで周りを調べてみる。見つけた看板に書かれていたのは日本語だった。
でも、華澄がいる本州まではまだ距離がある。
方角も考えると東京湾の沖合い……なのかな?
それに、舗装された道路もある。
「じゃあ」
「人がいる、ってことだよね」
顔を見合わせて歩いていく。
やがて街中に出た。近くを歩いていた人、高校生くらいの女の子に声をかけてみた。
「すみません。ここって日本ですよね?」
「え? はい、そうですけど……?」
思いっきり不審そうに見られた。仕方ないけど。
ついでにご飯を食べるところを尋ねたら、なんと有名ハンバーガーショップのチェーン店まで案内してくれた。
久しぶりのハンバーグにちょっと感動してしまう。
「清華の生徒さん……じゃないですよね? こんなところへ旅行ですか?」
「え、と。私たちは清華の生徒だけど」
「え? でも、寮にはいなかったと……」
その時、女の子のスマホが鳴って、彼女は何やら話し始めた。どうやら買い出しの途中で私たちの世話を焼いてくれたらしく、姉らしき電話の相手に「紅茶の葉と小麦粉を買って帰る」と約束していた。
最後に、彼女から港の場所を聞いて別れた。
「船が出てるのはラッキーだね」
「これで本州まで帰れるものね」
残してきた船を紗羅の力でバラバラにしてから港へ急ぎ、午後の船便に乗り込んだ。
そうして無事に帰り着いた後。
天使の試練がどうなったかは、また別のお話。




