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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
六章 私と彼女と吸血鬼の誘惑

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亜梨子の処遇

 情けをかけるわけじゃない。

 でも、このまま死なせはしない。


「一緒に来て、凛々子さんに謝って。傍にいてあげられなかったことと、怪我をさせてしまったこと。許してもらえるまで、何回でも」


 思ってもいないことだったのだろう。

 強い口調で言われた亜梨子さんは目を丸くして硬直した。


「いえ、わたしは……」


 今更合わせる顔がない。

 言葉を濁して俯く様子が言外にそう告げていた。

 確かに今更だ。

 それに、一つ謝れば、自分の主義を曲げることに繋がりかねないから。

 と、紗羅が不意に腕を上げる。

 彼女は右腕を引くと、力いっぱい亜梨子さんの頬をぶん殴った。

 ……今、凄くいい音がしたんだけど。

 この場で一番力が余っている紗羅が、一番余力のなさそうな亜梨子さんに、って大丈夫だよね?

 私がやや場違いな心配をしていると。


「そんなこと知りません。私は謝ってください、って言ってるんです。いいから謝ってください」


 うわ、紗羅がこういう怒りかたするのは珍しいな。

 華澄と二人でぽかん、と口を開けてしまう。

 ……あれだけ振り回されれば無理もないか。まだ、現在進行形でフラストレーションが溜まっているわけだし。

 亜梨子さんも、彼女の迫力に気圧されるように頷いた。


「ですが、具体的にどうやって……?」


 謝ってもらうには亜梨子さんを凛々子さんのところへ連れて行かないといけない。

 そして、それには天使たちをどうにかする必要がある。

 すると紗羅は軽く答えた。


「お母様にお願いします」


 言われてみれば簡単な話だった。

 この家の周囲に展開している天使たちは羽々音家の者。長である杏子さんの意思には基本的に従う立場にある。

 もちろん、家の敵を「殺すな」と単に命じても了承を得るのは難しいだろうけど、「いったん捕縛して連れてこい」と命じる分には従ってもらえる可能性は高い。


「お母様、紗羅です。……心配かけてごめんなさい。あらためて、後で全部謝ります。だから今は聞いてほしいことがあるの」


 いったん地下室を出て、私のスマホ――幸い壊れてはいなかった――で紗羅が連絡を取ると、すぐに天使たちへ働きかけると請け負ってくれた。

 それから私たちは外傷の治療を済ませ、地下室にあった衣装を適当に見繕った。亜梨子さんは連れ込んだ相手――男女問わず――に着せる服をコレクションしていたらしく、複数の衣装箪笥やクローゼットに多くの衣装が詰まっており、サイズには不自由しなかった。

 亜梨子さんは適当な縄で服の上から縛り上げ、ついでに目隠しして口も塞いだ。


 程なく、調整を終えた杏子さんの車が家の前に到着した。

 杏子さんは紗羅の顔を見た途端、泣き出しそうに顔を歪めたが、慌てて表情を戻して私たちを迎えてくれた。


「二人とも、本当にありがとうございます。……私たちが出るまでもなく、事を終わらせてくれて」


 それだけを言い「後は屋敷で」と皆で車に乗り込む。

 助手席には深香さんが座っていた。


「分家の人たちと一緒にいなくていいんですか?」

「そちらは他の者でもなんとかなります。それに、こちらへ誰も同行しないわけにもいかないでしょう」


 深香さんの厳しい視線を亜梨子さんは粛々と受け止めていた。

 亜梨子さんは後部座席の真ん中に座らせ、両脇を私と華澄で挟む。今更暴れたり、逃げ出そうとしないと信じてるけど、わざわざ不用心にする理由もないからだ。

 そして、紗羅はというと、華澄の膝の上を自ら選んだ。


「あの、紗羅様。悠奈様が寂しそうなお顔をされていますが」


 ……え。そんなに顔に出てる?

 華澄に言われ、こちらに視線を送った紗羅がくすりと笑った。


「ごめんなさい。華澄ちゃんと一緒の方が今は落ち着けるから」

「大丈夫、わかってるから」


 むしろ、もうちょっと自制しないと駄目だなぁ、私。

 いくら紗羅と会うのが数日ぶりだからって。

 車は何事もなくお屋敷まで着いた。亜梨子さんの肩を支えながら歩き、杏子さんが開けた入り口の前まで辿り着く。

 と、亜梨子さんはそこで立ち止まった。


「亜梨子さん。ここまで来てやっぱり止めるっていうのは……」

「違いますよ、悠奈さん」


 振り返れば、メイド服を纏った凛々子さんの姿。

 顔色はまだ元気いっぱいとはいかないけど、立ち姿に不安定感はない。少なくともある程度までは回復したのだろう。

 彼女は私や紗羅、華澄に微笑みかけると、すぐに視線を亜梨子さんに向けた。


「その人は、明確に許可がないと他人の家に入れないんです」


 冷たく言って「どうぞ」と促すと、亜梨子さんはこくりと頷いて屋敷に足を踏み入れた。

 ……そういえば、前にちらっとそんな話を聞いたことがあったっけ。

 招かれないと家に入れない人外もいる、みたいな。

 思えばそれは吸血鬼の弱点の一つとして伝わっている話だ。


「お姉ちゃん!」


 靴を履き替えて食堂へ歩いていると、世羅ちゃんが紗羅に駆け寄り抱き着いた。


「心配したよ。本当に、心配したよ……!」

「うん、ごめんなさい。本当に、たくさん心配や迷惑をかけて……」


 あっという間に二人とも涙声になり、周囲も気にせず抱きしめあう。それを見ていると、やっぱり家族の温もりは心の安定に大きく影響するはずだ、とあらためて思った。

 二人がいったん落ち着いたところで、あらためて食堂に移動。

 ちなみに、澪ちゃんは別室で待機しているとのこと。

 今回のごたごたのせいで手が足りず、結局お屋敷の事情は殆ど話してしまったらしいのだけれど、かといって話がどう転ぶかわからない場に同席させるのはちょっと危ないので、我慢してもらったらしい。


「……さて」


 メンバーは私に紗羅、華澄、世羅ちゃん、杏子さん、凛々子さん、亜梨子さん。それから精神体のままの悠華と、部屋の隅に真昼もいた。

 みんなボロボロなので、今回は紅茶はなし。

 亜梨子さんを椅子に座らせ、椅子ごと拘束し直したら、凛々子さんが縄を支配して強化する。そこまでしなくてもと思ったが、むしろ足りないくらいです、と言われてしまった。

 話を切り出したのは杏子さんだ。


「彼女を連れてきてくださったのは、こちらとしても幸いだったかもしれません。可能なら直接、事情を聞いておきたかったので」


 私たちは黙って頷く。

 亜梨子さんが生き残ったのは成り行きだし、連れてきた目的は別だけど、そういう事情も打算のうちだ。

 杏子さんはまず、私たちに経緯の説明を求めた。

 求められるまま、私と華澄で亜梨子さんの家に到着したところから、あったことを順に話した。そこへ紗羅が自身の視点からの情報を付け加える。

 もっとも、既に聞いた通り、紗羅は殆ど監禁されていただけで目立った動きはなかったようだ。亜梨子さんも、紗羅が把握できた範囲では特別な行動は取っていなかったとのこと。


「……なるほど。では、睦月亜梨子さん。あなたに尋ねます。今回紗羅を誘惑し、道を踏み外させようとした本当の思惑はなんですか?」


 彼女の視線に促され、私は亜梨子さんの口を解放する。

 軽く息を吐いた亜梨子さんはゆっくりと杏子さんに問い返した。


「どういう意味でしょう? わたしが紗羅を誘ったのは、それ自体が目的です」

「本当に? もしも目的がその通りだったとしても、要因、動機が他にあったのではありませんか?」

「………」


 沈黙が続く。

 やがて、亜梨子さんは諦めたように頷いた。

 そして、


「ええ。確かに、私が行動を起こした動機は一つ、存在しています」


 凛々子さんを窺う様子を見せながら、話を聞いている一同に向けて告げたのだった。

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