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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
六章 私と彼女と吸血鬼の誘惑

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確執の理由

 十分後、屋敷にいる全員が食堂へと集まった。

 凛々子さんは杏子さんだけ呼ぶつもりだったみたいだけど、途中で真昼や華澄たちに見つかり、世羅ちゃんも騒ぎを聞きつけ顔を出してきたのだ。


「ちょうどいいかもしれません。皆さんにも聞いていただきましょう」


 各々席についた私たちを、一人立ったままの凛々子さんが見渡す。凛々子さんと華澄、澪ちゃんが手分けして紅茶も用意してくれている。


「いえ、その前に一つだけ」

「あ、そうですねー」


 話を始めようとした凛々子さんを杏子さんが制すと、凛々子さん本人もすぐに頷いた。そうして彼女たちが振り返ったのは、いかにも「わくわくしてます」といった様子の澪ちゃんだった。


「澪さん。ごめんなさいー」

「はい。……って、あ、う……」


 魔力の籠もった声を受け、澪ちゃんが眠りにつく。かくんと首と身体を倒した彼女を、傍にいた華澄が受け止めて椅子に寝かせる。

 確かに、この話は内容的に、どうしても紗羅と凛々子さんの関係にも触れることになる。この際、華澄には話してしまってもいいとしても、澪ちゃんに聞かせるわけにはいかないか。

 凛々子さんが魔法で眠らせたからしばらくは起きない。後で彼女の記憶から「話し合いがあった」という事実を消すことになるだろう。


「さて、凛々子。緊急の用件ということだけど、一体何があったの?」

「はい。私を産み、育てた女が、お嬢様たちの周囲に現れたんです」

「あなたの母親ということ? それは……」


 杏子さんの顔色が変化する。

 きっと、何かを察したのだろう。二人は私たちが生まれる前からの関係だから、杏子さんなら凛々子さんの過去をある程度知っていてもおかしくない。

 凛々子さんは更に、私から聞いた話を整理して話していく。

 睦月亜梨子という名前や、清華の保険医という役職、彼女が頻繁に私たちへ接触していたこと。


「……そういえば、入学式には杏子さんも来ていましたけど」

「あの時は特に何も感じませんでした。私の席から壇上は遠かったですし、あの女性は顔を隠していました。……せめて苗字が凛々子と同じなら、違和感を覚えることができたでしょうけど」

「偽名か、あるいはどこかの男と結婚でもしたんでしょう。杏子様にも、あの人の名前まではお話していませんでしたし」


 睦月、という苗字は凛々子さんの姓じゃなかったのか。

 そこで紗羅がおずおずと尋ねる。


「じゃあ、亜梨子っていう名前も?」

「いいえ、そちらは本名ですー。……ですから、隠すつもりがあったのかなかったのか、私にもよくわかりません」


 そもそも亜梨子さんは、私たちに「凛々子さんの母親だ」と明かしている。それを考えれば、少なくとも隠し通す意図はなかったと解釈するのが妥当だろう。


「ええと、紗羅。亜梨子さんって指輪してなかったよね?」

「うん、してなかったよ。ただ、亜梨子さんはいつも手袋をしていたから、あんまり参考にはならないかも」


 ああ、指輪の下に付けるもちょっと変だし、上に付けると滑って落とすかもしれないし。最初から外してたかもしれないのか。


「それで……凛々子様のお母様は、危険な方なのですか?」

「はい」


 華澄の質問に、凛々子さんはしっかりと頷いた。


「……そんな風には、見えなかったけど」

「うん、私もそう思う」

「……そうですねー。悠奈さんから話を聞いた限りでは、ただ単に話をしていただけです。命の危機、という意味では心配ないかもしれませんが、あの人が何の目的もなくお嬢様に接触したとは思えません」


 ……どうして。

 凛々子さんはそこまで、亜梨子さんのことを嫌い、危険視するのだろう。


「それは、あの人が典型的な――いえ、極端にたちが悪いタイプのサキュバスだからです」

「どういうこと?」


 世羅ちゃんが首を傾げる。

 杏子さんが苦笑しながら答えた。


「あまり世羅に聞かせる話ではないんですけどね」


 いまさら言うまでもなく、サキュバスは性に奔放な種族だ。吸精によりエネルギーを得る体質はもちろんだし、性格的にも他者との交わりを好む傾向がある。

 中には交際相手を頻繁に切り替えたり、不特定多数の相手と関係を持つことを厭わない者も多い。特定の相手とだけ交わる場合も、愛情ではなく『好みの味の精気』を独占するためや、社会生活上の制約のためだったする場合も。


「あの人は、特にこの性質が強いんです。……交際相手が複数いるのは当たり前、一夜限りの関係も好みますし、男性女性の区別なく手を出します。あとあと面倒なことになりそうな相手なら、行為の後で記憶を消すことも厭いません。一応、相手の精気を吸い尽くすような真似をしない程度の分別はあったようですが」


 自分を育てるのに使ったお金も、大部分が身体を売って得たものだったはずだと、凛々子さんは付け加えた。


「凛々子。その話は、お母様から直接?」

「ええ。……中学生の頃には、当たり前のように話してくれていましたよ。本人は嗜みを伝授するような気持ちだったのでしょうが」


 ……思春期の女の子にそれは辛いんじゃないかなあ。

 中学生じゃあまだまだ全然、周りの子との違いも気になる時期だろうし。サキュバスだから当然だ、って言われて納得できるものでもないと思う。

 なんだかんだ言って、私たちは亜梨子さんの『そういう面』をあまり見ていない。凛々子さんの話を聞く限り、あの一年生の子とキスしていた程度のことは序の口だろうし。

 凛々子さんが深く息を吐く。


「そして、あの人の快楽主義は、サキュバスとしての行為だけに留まりませんでした。私が高校生の頃、彼女は禁断の道へと足を踏み出したのです」

「……禁断の道?」

「――吸血鬼に血を吸われること。夜の住人たちの仲間となり、永遠に生きること……です」

「……え」


 杏子さんが小さく声を上げ、彼女が手にしていたカップが揺れる。琥珀色の液体が少しだけ零れ、テーブルクロスに染みを作った。


「それは、本当なの?」

「間違いありません。私は吸血鬼化する前後、両方のあの人を見ていますから」

「……初耳よ、そんなの」

「……言っていませんでしたからねー」


 杏子さんにも秘密だったのか。

 重い表情で見つめあう二人の気持ちがどんなものか、私にはよくわからない。

 でも、二人の信頼がこの程度で崩れることはないようで。杏子さんは一分もしないうちに顔色を戻し、私と紗羅を振り返った。

 亜梨子さんが吸血鬼だということを聞いていた、気づいていたか、という意味だろう。

 私たちは顔を見合わせた後、揃って首を振る。


「亜梨子さんからは何も聞いていません」

「……服装とか、考えてみれば変だったけど」

「神様を名乗る者もその場にはいたと思いますが?」

「無茶を言うな。精神体では感覚など碌に働くはずがなかろう」


 亜梨子さんが吸血鬼ではないか、と本気で連想するのは難しかったと思う。

 吸血鬼。

 私の知識では永遠に近い寿命を持っていて、人間の血を吸うことで力を得る種族、というところだけど。


「ええ、その認識で問題ありません。加えて吸血鬼は基本的に日光に弱く、筋力や生命力に優れています。強い吸血鬼になれば四肢を切り落とされても即座に再生しますし、血を吸った相手に『因子』を植え付けて同族に変えることもあります」


 ……完全にホラー映画の世界だ。

 つまり、そう。

 吸血鬼という種族は、私が今まで出会ってきた人外たちとは毛色が違う。

 悪魔、天使、サキュバスに妖孤。あの真夜ですら、人の姿を取っていれば人間社会に混ざってもあまり違和感がない――戸籍とかの問題はあるけど――のに対し、彼らには明確に人と違う「欠点」と、目立ちすぎる「長所」がある。

 平穏な日常においてはどうしようもない異物、だということだ。

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