狐たちのお出かけ 1
その週の日曜日。
私は華澄から「行きたいところがある」と言われて連れ出された。
なら、紗羅も一緒に……と思ったのだけれどが、彼女は特に用があるわけでもないのに、微笑んで私たちを送り出した。
「私が一緒に行っても邪魔になっちゃいそうだから」
邪魔?
ってことは、紗羅は私たちの行き先を知っているみたいだ。
それに、華澄の用事は別にデートがしたいとか、そういうことじゃないのだろう。もしそうならもっとひと悶着あるはずだし。
そう思った私は、とりあえず華澄に連れられるまま駅へ赴き、電子マネーで改札を抜けて電車に乗り込む。
「どこに行くの?」
「秋葉原です」
「へえ」
返ってきた地名は予想外のものだった。
華澄と秋葉原。
イメージが全然結びつかず、首を捻る。
いったい何の用事なんだろう。尋ねてみても、着いてからのお楽しみ、と言われるばかりで教えてくれない。
仕方なく適当に雑談をかわしながら電車に揺られ、秋葉原の駅に着いた。
「ちょっと久しぶりだなあ」
「来られたことがあるんですか?」
「うん。去年の年末に一度ね」
あの時は買い物じゃなくて食事のためだったけど。
私の返答にそうですか、と頷く華澄。きょろきょろ辺りを見回しているところを見ると、彼女の方は初めてみたいだ。
自信なさげに私の服を掴んでくるので、彼女に時折指示を仰ぎながら私が先導することにした。
と、駅舎を出るか出ないかというあたりで、ずしりと頭に生き物の重み。
「悠華?」
「せっかくだからわらわも連れていけ」
連れてけ、って別に精神体でも大して変わらないんじゃ。
いや、気持ちは割とわかるけど。
「わかった。でも、ちゃんと大人しくしててよ?」
「わかっておる。わらわを何だと思っている」
小声で威張る神様――見た目はただの子狐だけど――を頭から降ろして胸に抱いた。だから真夜や真昼ならともかく、狐の悠華は頭に乗るサイズじゃないんだってば。
「抱っこしてれば、首輪とか付けてなくても平気だよね?」
「おそらく、咎められることはないかと思いますが……」
「む。わらわは首輪など付けないからな」
街中で狐を連れてる人なんて見たことないからなあ。
と思っていたら、やっぱり珍しかったのだろう。道中、何人かの人が「その子、本物ですか?」「触ってもいいですか?」と声をかけてきた。
……この神様はじっとしててくれるだろうか。
ちょっと不安だったけど、悠華は神様らしい鷹揚さを発揮し、動物の振りをしながら人々の要求に応えてくれた。
すると、主に女性を中心に大興奮である。
悠華は毛並みもいいし、頭も良いから、それは人気も出るよね。
「獣としての可愛さが目当てとはいえ、人に群がられるのは悪い気分ではないな」
「そっか、良かったね」
悠華が気に入られるのは、私や華澄にとっても嬉しいことだ。うちの子は可愛いでしょ、っていう親馬鹿的な気分だ。
そんなことをしつつ、目的地に向かって歩いていく。
華澄は電気街を完全にスルーし、私に移動を指示してくる。いよいよもって不思議だったけど、その場所が近づいてくるとさすがに意味がわかった。
そういえば、秋葉原には有名な神社があったっけ。
「でも、神田明神ってお稲荷様あんまり関係ないんじゃ?」
神田明神は、秋葉原駅と御茶ノ水駅の中間くらいに位置する大きい神社だ。
神様関係については最近、慎弥に聞いたり自分でも少しずつ勉強している。まだまだうろ覚えだけど、これは多分間違っていないはず。
私の問いに華澄も頷いてくれた。
「ええ。そうなのですが、先方の希望だったもので」
「先方?」
「はい。今日、お会いする予定の方々が、神田明神を待ち合わせ場所に指定されたのです」
なるほど。
華澄の用事というのは人と会うためだったらしい。
目的地付近は、休日ということもあって人通りが多い。
私たちは敢えて男坂から石段を上って境内に入った。来るのは私も初めてだけど、さすがに広い。
それに、辺り一帯からどこか神聖な気配を感じる。
変身したら、きっともっとしっかり感じられるだろう。そうしたら、心地よさに身を委ねて一日中、暇することなくここに居られそうだ。
……でも、今はそういう目的じゃないよね。
「待ち合わせの相手と、何か目印とかあるの?」
「いいえ。先方は『見ればわかるから』と仰られておりまして……」
「うわ、アバウトだなあ」
見ればわかる、って……。
この人出の中から、本当にそれで無事に会えるものなのか。
って。あ……。
「華澄、あの二人」
「ええと……ああ、間違いありませんね」
服装は落ち着いた雰囲気の洋服。にも関わらず、どこか「和」の雰囲気を放つ二人組の若い女性。だいたい二十代半ばくらいで、双子なのか瓜二つの容姿をしている。
言われた通り、一目でピンと来てしまったのが若干悔しいけど。
華澄や悠華と似た雰囲気というか、「匂い」を感じさせるあの人たちが、華澄の待ち合わせ相手で間違いないだろう。
歩み寄ると、途中で向こうも気づいたようだった。
近くまで辿り着いたところでお互いに会釈する。
「初めまして」
「こちらこそ。わざわざ遠いところまでありがとうね。二人とも……ううん、お三方」
「ほう」
腕の中の悠華が感嘆の息を漏らす。
二人、ではなく三人と言い直したということは、悠華がただの狐ではないと気づいたということ。つまり、
「悠奈様。こちらのお二人は華澄たちと同じ、妖孤の血を引く方々です」
「よろしくね」
やっぱり。
ようやくいろいろと納得がいった。待ち合わせ場所が神社だったことも、紗羅が同行を遠慮した理由も。
華澄の目的は、現代に生きる同族と私、そして悠華を引き合わせること。
それなら確かにこの場所は申し分ない。紗羅はきっと、一人だけ場違いになってしまうことを避けたのだろう。
ここから先の話も、少々込み入ったものになる可能性があるし。
「私は凛」
「私は鈴」
やはり双子だという二人は、それぞれそう名乗った。こちらも名乗り返しつつ、二人の特徴をできる限り記憶する。
お姉さんの方が凛さんで、妹さんが鈴さん。凛さんの方が鈴さんよりしっかりした感じで、声は凛さんより鈴さんの方が少し穏やかだ。
なんとなく、私にとってもあまり他人という感じがしない。
「とりあえず、神社自体はただの待ち合わせ場所のつもりだったけど」
「来たからにはお参りして行こうか」
言って案内されたのは、神田明神の中にある末廣稲荷と浦安稲荷。
「私たちにはこっちの方が」
「よっぽど身近でしょう?」
「そう、ですね」
自分の身体に流れる血の意味を知ってしまった以上は、やっぱり縁の深い場所に惹かれてしまう。名前を知っているだけの故人よりも、ひっそりと佇む社の方に心を奪われた。
悠華もまた私の腕から飛び降りると、何か感慨深げに社を見つめていた。
お参りを済ませた後、私たちは神田明神を出て、ちょっと趣ある感じのお蕎麦屋さんに入った。まあ、注文したのは皆揃ってうどんだったけど。
「何でも好きな物を注文してね」
「値段は気にしなくていいから」
悪いです、と言ったのだけど、先輩に恥をかかせるつもりかと悪戯っぽく言われて何も言えなくなった。
……なんだか私、奢られてばっかりだなあ。いつか後輩ができたら必ず奢ってあげよう。
で、私は天ぷらうどんとお稲荷さん、華澄はきつねうどんとミニかやくごはん、凛さんと鈴さんはきつねうどんにミニデザートがついたセットをそれぞれ注文した。
「さて」
店員さんが去っていったところで、凛さんが息を吐く。と、彼女の魔力が私たちの座る席を取り巻き始める。
続いて鈴さんからも魔力が。
「これで、外からの音は通るけど中からの、漏らしちゃいけない音は通らなくなったよ」
内緒話の準備は完璧。
「それじゃあ、さっそく」
「本題に入らせてもらうね」




