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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
五章 私と彼女と魔女のたまご

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エピローグ

「あれから真夜の様子はどう?」

「どう、ということもないな。全く以前と変わらない態度だ。まあ、澪に事情を話したら、前にも増して反発しあうようになったが」

「あー……真夜も真夜だけど、澪ちゃんも悪魔相手によく平気だなあ」


 慎弥と次に会ったのは、円さんと喫茶店で会った翌日、日曜日のことだった。

 場所は、私が悠奈になったすぐ後にも来たショッピングモールの、衣料品関係が並ぶ一角だ。


「あの宝石は?」

「とりあえず保管してある。そのうち首飾りにでも加工するつもりだ」

「そっか」


 でもってメンバーはというと、


「悠奈先輩、深夜みやお姉様、何のお話ですか?」

「悠奈ちゃん、深夜さんと内緒話?」


 この通り、私に紗羅、澪ちゃんに『深夜』の四人。深夜というのは要するに女の子モードを維持した慎弥のことだ。

 面白がった真夜が「眷属の証だ」とか言って慎弥に名付けたらしい。

 澪ちゃんもそれを気に入ったようなので、せっかくだから私たちもそう呼ぶことにした、というわけだ。

 ……でも当然、慎弥本人は嫌がっている。


「人が変わったわけでもなし、なんで僕が名前まで変えなければ」

「だって、その姿で男の名前だったら変でしょ?」

「まあ、そうだが……悠奈、この状況を面白がっていないか?」


 もちろん、思いっきり面白がってる。女の子になった男子をどうこうする機会なんてそうそう無いだろうし。

 私が味わったのと同じ気分を慎弥にも味わって貰わないと。


「先輩、どこから回ります?」

「ん、やっぱり下着からじゃない?」

「ですかね。じゃあお姉様、行きましょう」

「……この裏切り者」


 いや、そんな恨みがましい目で見られても。

 今日の目的は、女の子になった慎弥が着る服を見繕うこと。サイズが殆ど澪ちゃんと一緒なので共有も可能っぽいんだけど、やっぱり一応用意しておいた方がいい。

 ……と、いう名目で慎弥を引っ張り出してきた。


「一緒に悠奈ちゃんの新しい服も探そうね」

「うん。……ええと、冬物はなんとかなるとして、春物の準備かな。あ、あと下着も買いたいな」


 昨日燃やしてしまった分を買い足したい。

 ……あれ、ブラとセットだったから中途半端にブラだけ残っちゃったんだよね。うう、考えたらまた落ち込んできた。


「ふふ」

「……? どうしかした?」


 ため息をつく私の横で紗羅がくすりと笑っていた。


「ううん。悠奈ちゃんも随分馴染んできたなあ、と思って」


 ああ、そういうことか。


「それはまあ、自分で決めたことだし。それにもう一か月以上経つんだよ?」

「そっか。そういえばそうだよね」


 たった一か月、されど一か月。

 悠奈としての年月が、悠人として生きた十六年を上回るのはまだまだ先の話だけど、少しずつ、私は時を重ねていっている。

 紗羅との、みんなとの新しい時間を。


 ――あらためて思ったら、ふと紗羅に触れたくなった。


「ね、紗羅」

「うん? なあに?」


 彼女に呼びかけ、手を伸ばして手のひらを重ねる。ただ握り合うんじゃなくて、一本一本指を絡めるようにして。


「ゆ、悠奈ちゃん。こんなところで」

「大丈夫、これくらいみんな気にしないよ」


 紗羅は恥ずかしそうに顔を赤くするけど、私がそう言うとそのまま手を繋いでいてくれた。


 それから私たちは何軒もの服屋さんをはしごして回った。

 安くて地味なのを選ぼうとする慎弥を引き留めては、とっかえひっかえ彼に似合う服を品定めし、合間に自分たちの服も選びあう。

 服って、サイズと予算の問題をクリアすれば何でもいいわけではなく、色や形、縫製の仕方や他の手持ちの服との着回しなど、考えるべきところは無数にある。たぶん男の服だって同じだけど、女の子の服はわかりやすくバリエーションが豊富だから、その分悩みも尽きない。

 澪ちゃんは放っておくとゴスロリっぽいのばっかり選んだりと、それぞれ好みも違うので、互いの趣味を見ているだけでも楽しかったり。


 とりあえずある程度、買い物の目途を付けたところでフードコートに行き、お昼ご飯にすると、慎弥が疲れた様子でため息を吐いた。


「深夜、大丈夫?」

「ああ、体調に問題はない。だが、君たちはよくもまあ、あれだけ動き回れるな」

「あはは。まあ、気分の問題だよ」


 私だって昔は戸惑った。女の子の買い物は長い、というのを肌で感じてげんなりしたけど、今はある程度ノリを掴めてきている。

 楽しもう、という気概があれば疲れは感じにくいものだ。


「それに、今のうちに慣れておいた方がいいんじゃない? そのうち、誰かとお付き合いすることになるんでしょ?」

「……そうだな。僕にまともな交際ができるとは思えないが」

「そんな事言って、大分慣れたでしょ、女の子の相手するのも」


 笑って言うと、慎弥の隣に座った澪ちゃんが頷いた。


「毎晩のように女の人の相手をしてますからね」


 更には紗羅も眉を顰めて。


「相手が相手だから仕方ないけど……若い女の子が住む環境じゃないよね」

「……む」

「……あはは、ごめん。私も同意見」


 助けを求めるように見られたのを一刀両断する。

 ……気持ちはわからないでもないんだけどね。一方で、そういう爛れた関係は生理的な部分で受け付けない感情がどうしてもあったり。

 ふう、と澪ちゃんが息を吐く。


「いっそ一人暮らしでもしましょうかねー」

「待て、澪。家を出るつもりか?」

「まあ、どっちかが残っていれば十分ですし。といっても、そんなお金がどこにあるんだ、って話ですけど」


 うん。今でさえ本とオカルトグッズで生活が苦しいみたいだし、生活費の問題は大きいだろう。

 前にちょっと紗羅と話したように、羽々音家に住まわせてあげられればいいんだろうけど。


「あ」

「どうしたの、紗羅?」

「うん。ほら、昨日凛々子さんが言ってたでしょ? 他にもメイドがいると何かと便利だ、って。だから、住み込みでお仕事して貰うってことだったら私たちも助かるかも、って」

「あ、なるほど」


 それは杏子さんたちに話をしてみる価値があるかもしれない。家賃とお給料を相殺すれば屋敷の出費も殆どないだろうし。


「本当ですか!?」


 すると、途端に明るい声を上げる澪ちゃん。

 ……一人暮らしへの期待じゃなくて、趣味のセンサーが働いてるよね、これ。


「ま、まあ。まだ相談もしてないから全然わからないけど」

「はいっ、お話だけでも是非お願いします」

「おい、悠奈。本当に大丈夫なのか?」

「うん。うちとしても、事情を知らない人を雇うよりは全然良いと思うけど」


 もし実現したら、また屋敷が賑やかになりそうだ。


「じゃ、それは帰ってから話してみるとして、とりあえず買い物の続きだね」

「まだ続けるのか!?」

「そりゃそうだよ、まだ買ってないもの色々あるでしょ」


 すると慎弥は本格的にげんなりした顔。

 これこれ、こういう顔が見たかった。趣味が悪いのは自覚してるけど、私も振り回す側の視点に立ってみたかったのだ。


「というか、僕は四六時中この格好でいるわけじゃないんだから別に服なんか……」

「はいはい、お姉様。今更見苦しいですよー」

「……悠奈、恨むからな」

「ごめんごめん。昨日の貸しはこれでチャラでいいから。もう少しだけ付き合って」


 ――正直に言えば、慎弥が真夜に操られて危機に陥ったのは私たちが彼をきちんと止めなかったせいだ。だから、戦って彼を正気に戻したことを「貸し」というのはおこがましいという気持ちがある。

 それに、悪魔と取り引きしたり魔法を使えるようになったり、どんどん我が道を行く親友を引き留めておきたい気持ちが少し。

 先に変わってしまったのは自分の方だという気負いが少し。

 そんな気持ちから少し世話をしてやりたかったのだが、もちろんこんな事、慎弥本人には言えるわけがない。


 私は内心を押し隠しながら笑い、慎弥の背中を押すように導く。

 紗羅は全部わかってる、というような表情で、私の隣を付いてきてくれた。

 と、慎弥が不意に首だけ振り返って、


「ああ、そうだ」

「ん?」

「思い出したことがあってな。両親が亡くなった後、宝石店から家に指輪が届いたんだ。思えばあの指輪もガーネットだった」

「その指輪は?」

「澪が持ってるよ。嫁入り道具にでもしろ、って言ってある」

「……そっか」


 きっと慎弥のお父さんが、研究に使った指輪の代わりを注文していたのだろう。そのことをお母さんが知っていたのか、考えると少しやるせないような気もする。

 でも、何もないよりはずっと良かった。


「慎弥」

「ん?」

「お父さんみたいな失敗だけは、絶対にしないでよ」


 言って微笑むと、彼は「わかっている」といつも通りの調子で答えてくれた。

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