二人がかりの反撃
「……紗羅」
どちらかというと性質は真夜に近いはずなのに、どこか暖かい感じのする魔力。
紗羅の力が送られてくる。
私の感覚を通して戦いを見守っていた紗羅が、力を貸してくれたのだ。
「……ありがとう」
身体の疲労は変わらないけど、強く地面を踏みしめた。
水の槍が飛んでくる。
私は残った自分の魔力で連続して火球を放ち、それを迎撃すると、慎弥の水鉄砲を鋭く見つめた。
――見える。
変身によって鋭敏になった感覚が、紗羅の魔力によって更に強化され、あの武器の構造を見通していく。
中身は単純だった。単に銃としての形があればいいのだから当然か。
ついでに、銃自体には碌な魔力強化も施されていない。
「――壊れろ」
見よう見まねというかぶっつけ本番で、視線へ魔力を乗せる。
銃を『支配』し、その内部に小さなヒビを入れる。そこを起点にヒビを広げていくと、やがて音を立てて砕け散った。
「何?」
いくら独自に研究を重ね、真夜のサポートを受けているといっても慎弥は魔法の素人だ。突然の事態を理解しきれないのか、呆然と声を上げる。
その間に、私は慎弥の手に嵌まった指輪を睨んだ。
小さくてやりづらいなか、なんとか補足すると、さっきとは比べものにならない抵抗感。
……ごめん、紗羅。たくさん魔力を貰うよ。
できる限り全力で力を籠める。宝石を傷つけないように、指輪の輪の部分だけを破壊するイメージ。
「………」
イメージを続ける中、ようやく立ち直った慎弥が私に向きなおる。手を差し伸べ、噴水から更に槍を投げてくるも、それは無視。
槍が腕に、肩に、足に突き刺さるたび痛みが走るが、構わずに集中を続ける。
やがて目がかすみ体力が限界に達した頃、手ごたえがあった。
ぴし。
かすかな音とともに指輪が砕け、支えを失ったガーネットが零れ落ちる。それは地面に届く前に、何のつもりか真夜が口でキャッチしてみせた。
――終わった?
強い目眩を感じた私はその場に尻餅をつく。殆ど同時に、慎弥もまた地面へ膝とついた。
「……悠奈」
声には疲労の色が濃く浮かんでいたが、彼の瞳には輝きが戻っている。
「すまない、僕は……」
「いいよ、気にしないで」
「……ありがとう。なら、これは借りということにしておいてくれ」
「ん、わかった」
微笑む彼に私も微笑み返したところで、慎弥の身体が男に戻った。
そこで、私たちの間へゆっくりと黒猫が割って入ってきた。
そう。慎弥は止められたけど、この女悪魔をどうにかしたわけではないのだ。
「……まだ、やる?」
正直もう余力はないものの、戦うというのなら抗わないといけない。
しかし、真夜は意外にも首を振った。
「止めておくわ。また結構魔力を使ったし、慎弥ももう限界だろうしね」
「……そう」
確かに。慣れない身体にどばどば魔力を注がれて、何度も魔法を使ったのだ。もう気絶していたっておかしくない。
「慎弥、先に戻るから、適当に帰ってきなさい」
「あ、ああ」
帰るって、慎弥の家にだよね?
微妙に気の抜ける台詞にぽかんとしていると、黒猫が私を振り返った。同時に口の中の宝石が飛んできたので慌ててキャッチする。
彼女は抗議する間もなく結界の外へ消えていき――同時に結界自体も消失した。
「わわっ」
途端、人混みの中に放り込まれた私はぼろぼろの服を取り繕いながら頑張って立ち上がり、座りこんだままの慎弥に駆け寄った。
うわ、道行く人から不審な目で見られてるよ。
「立てる?」
「いや……自力では厳しいな」
「……しょうがないなあ」
私だって辛いんだけど、慎弥の手を取って立ち上がらせた。あとは肩を貸してあげれば歩けそうだ。
ええと、駅に行くしかないかな……?
と考えたとき、放り出したままの鞄から着信音が聞こえた。
『悠奈ちゃん、お疲れ様』
「……紗羅」
『あと少しで着くから、ちょっとだけ移動してくれる?』
指定されたのは歩いてすぐの場所だった。
あれ大丈夫なのかなとか、警察呼んだ方がいいかなとかいう声を背中に聞きながら歩いて待つと、凛々子さんの運転する車が到着した。
「お迎えに上がりましたよー」
「ありがとうございます、助かりました」
乗っていたのは紗羅と凛々子さんだった。私は彼女たちに頭を下げ、もう限界っぽい慎弥を後部座席に寝かせた。
「悠奈さんはどこに座りますか?」
「狭いですけど、後ろに座ります」
軽自動車ではないので多少の余裕はある。
いや、ちょっときついかな……?
仕方ないから慎弥を膝枕しようとすると、助手席の紗羅がちょっと不満そうな顔をしたが、こればかりはどうしようもない。紗羅に慎弥を膝枕させるのは私が嫌だし、助手席に二人座るのも無理がある。
「黒崎君、一つ貸しだからね」
「あはは……」
慎弥への貸しが増えたみたいだ。
屋敷へ向けて帰りながら話を聞くと、真夜が現れてすぐ、紗羅は凛々子さんに頼んで車を出してもらったらしい。
「飛んできても良かったんだけど、深香さんの時のことを思い出して」
あの時の杏子さんの真似をした、ということだ。
「お屋敷は杏子様と華澄ちゃんに任せて来ました。やっぱりメイドが二人いると何かと便利ですねー」
「一応、悠華と真昼もいますしね」
あの二人にはあんまり頼っちゃいけないだろうけど。
「……でも、今回は怖かったよ。真夜が悠奈ちゃんの後をつけてるなんて思わなかったから」
「契約の解除を狙う可能性を考えれば、気づけたかもしれませんが……」
なんていうか、慎弥と澪ちゃん絡みの一件でアホっぽい印象になってたのもあったかも。
「指輪は結局、壊れちゃったんだよね?」
「うん。宝石にももう魔力は残ってないはず」
紗羅に渡して確認してもらっても、もうただの品物に戻っているとのことだった。
「では、後は慎弥さんの処遇ですねー」
「そうですね」
処遇、って言い方をされるとちょっと怖いけど……。
屋敷に着いた後、慎弥は眠ったまま凛々子さんに抱え上げられ、運び込まれた。玄関で杏子さんの入念なチェックが行われた結果、異状はなし。
いったん居間のソファに寝かせて様子を見つつ、休ませることになった。
「悠奈様は治療のあと、入浴とお着替えをお済ませください」
「あ、だったら私が」
「紗羅様もお疲れですから、ここは華澄にお任せください」
私は有無を言わさず服を脱がされ、怪我を治療され、お風呂に入らされた。この時は華澄も冗談めかした誘いをすることなく尽くしてくれ、これで一学年下かと思うと頭が下がる思いだった。
妖孤の癒しは対象の身体にあるエネルギーを消費して傷口を修復するものだった。おかげであっという間に傷は塞がり――この感覚は覚えておこうと胸に刻みつつ、途端に鳴りだしたお腹にちょっと困惑した。
服を着替えた私が居間に行くと、眠る慎弥を横目に会議が開かれた。……お昼ご飯まで待てそうにない私と、同じく魔力を回復したい紗羅は軽食をつまみつつ。
結果、慎弥には屋敷にいる異能者総出でリミッターというか、防御を施すことになった。
しばらくして目を覚ました慎弥からも了解を取り、天使の末裔二名にサキュバス二名、妖狐二名が肉体と精神両面から、洗脳や肉体操作を受け付けないよう処置を施した。これならさすがの真夜でも簡単には破れないだろうし、破られても術者である私たちに伝わる。
万事安心、とはいかないまでも気休めにはなるはずだ。
今後は多少、あの女悪魔に対するスタンスも改めないといけないかも。
それから慎弥も交えて皆でお昼ご飯を食べ、宝石を慎弥に預けて解散した。
次回エピローグ、プラス同日に閑話を更新予定です。




