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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
五章 私と彼女と魔女のたまご

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直談判へ行った先で

 しばらく連絡が取れなくなる、と慎弥が言っていたのは、どうやらこのことだったらしい。

 ……何が「大したことじゃない」だ。魔術の習得なんて物凄い大問題なのに。


「昨日、悠奈さんとのデートから帰ったあと、お兄様が突然言い出したんです。何日か地下室に籠もるから絶対に入って来るな、って」


 慎弥と一緒に研究を続けてきた澪ちゃんには、その意味がすぐわかった。


「あたしも一緒に、ってお願いしたら、お前は駄目だって。言い合っているうちに喧嘩になって……」


 結局、慎弥は地下室に閉じこもった。

 澪ちゃんは殆ど一晩中泣きはらし、そのまま学校に来たらしい。


「黒崎くんはどうして澪ちゃんを仲間外れにしたの?」

「先輩たちと同じ、危険だからです。どうしても参加したいなら僕の結果を見てからにしろ、って言って」


 自分が実験台になるつもりだったのか。

 ……うーん。

 慎弥の言うことには同意するけど、お前が言うなっていう気もする。もともと兄妹二人で進めていた研究だろうに、土壇場で除け者にするとか。

 魔法が使いたいなら私たちを頼ってくれれば、と思うのは虫が良すぎるだろうか。彼に私たちの詳しい事情は話していなかったから、慎弥が「慣れあうべきじゃない」と考えても不思議はない。

 それに、たぶん、相談されたら私は彼を止めていただろう。


「お兄様だけ先に良い思いするとか許せません」


 いや、えっと、澪ちゃん。

 怒るポイントは本当にそこでいいの?

 ……まあ、ともあれ。


「このタイミングで言い出したのは、円さんのことがあったからかな」

「だと、思います。婚約者ができてからじゃ色々と動きづらくなる。今のうちにやりたいことをやっておく、って」

「……それは」


 私が慎弥と吐いた嘘について、ここで話しておくべきだろうか。

 迷う私の瞳を澪ちゃんが見つめる。


「お兄様から聞きました。悠奈先輩とお兄様との交際は、婚約を遅らせるためのお芝居だったんですよね」

「……うん」


 そっか、慎弥から聞いたんだ。

 ――せっかく悠奈先輩と付き合い始めて、まだ趣味を続けていられそうなのに何故。

 兄妹喧嘩の際、澪ちゃんはそんな風に慎弥を問い詰めたらしい。その際、慎弥から真実を聞かされた。

 歳をとるほどしがらみも増える。今のうちが好き勝手できる限界だろう。

 彼はそんなことを澪ちゃんに言ったそうだ。


「ごめんね、嘘ついて」

「……いいえ、いいんです。円さんから今回の連絡があった時点で、こうなるのは決まっていたと思いますし」


 そう言って貰えると少し気持ちが楽になる。


「悠奈先輩ならって思ったのは本当だから、ちょっと残念ですけどね」

「う」


 くすりと笑った澪ちゃんの言葉が、ぐさりと胸に突き刺さった。

 でも、こればっかりは聞いてあげられないんだよね……。

 と。


『悠奈、紗羅。そういう話なら、のんびりしている場合ではないかもしれんぞ』


 これまで黙っていた悠華が私たちにそう告げた。

 ……うん、その通りだ。私は軽く頷いて意識を切り替える。

 ひとまずスマートフォンを取り出して、慎弥にコール。案の状、電波の届かない場所にあると言われた。地下室って言ってる時点でそうだろうとは思ったけど。


「紗羅、お屋敷への連絡お願いしていい?」

「わかった。ちょっと遅くなりそうだもんね」


 紗羅と頷きあい、私は母さんへ「帰りが遅くなる」旨メールを送った。

 急に動き始めた私たちを見て澪ちゃんが首を傾げる。


「あの、どうするんですか?」

「もちろん」

「黒崎くんを止めに行くんだよ」


 ぽかんと口を開けた澪ちゃんを連れて学校を出た。

 慎弥は「何日か地下室に籠もる」と言っていたらしい。だから、素直に考えればまだ余裕はあるはずだけど、急ぐに越したことはない。

 しばらく駅の方へ歩いた後、通りがかったタクシーを拾う。


「タクシーって、あたしお金持って……」

「大丈夫。私たちが払うから」

「うわ、お嬢様だ」


 うん、まあ、私はともかく紗羅は生粋のお嬢様だし。


「でも、お二人にそこまでしていただくのも」

「気にしないで。慎弥のことなら、私たちも無関係じゃないから」


 放っておいたら寝覚めが悪い。

 というか、もし慎弥が何かしらの失敗をしたらまず澪ちゃんが困るんだけど、あいつはそのへんちゃんと考えているのか。

 しばらくして黒崎家付近へ到着した。

 お金を払ってタクシーを降り、澪ちゃんに鍵を開けてもらって中へ入る。

 ――見た限り、感じた限りでは異常は見られない。


「こっちです」


 澪ちゃんに案内されたのは一階の奥、廊下の突き当りだった。床面に設置された蓋状の扉が開かれ、その先に階段が続いている。

 澪ちゃんが呟く。


「ただ、たぶんお兄様には会えないと思います」


 言葉の意味は、階段の先にあったものを見ればすぐにわかった。

 防音も完備されていると思われる、分厚くて頑丈な扉。当然、鍵がかかっており、押しても引いてもびくともしなかった。

 何度か強く叩いて声を上げてみるが、反応はなし。


「合鍵は全部お兄様が持っています」


 つまり、今は地下室の内側にある。

 電話は通じない、合鍵はない、呼びかけても応答しない。となると、確かに普通の方法じゃどうしようもない。鍵屋さんを呼んで開けてもらう、とかまで行くと大事になってしまうし。


『ま、無理矢理開けてしまえばよかろう』

「……だね。紗羅、お願いしていい?」

「うん」

「え……?」


 紗羅が扉の前に立ち、鍵穴付近を睨む。

 すると、ほんの数秒で、かちゃりと音を立てて鍵が開いた。

 澪ちゃんが目を見開いて声を上げる。


「え? え!? 紗羅先輩、何したんですか!?」

「鍵がないから、直接、錠前の方に動いて貰ったの」

「は……?」


 ……事もなげに言われちゃうと、そりゃ驚くよね。


「ゆ、悠奈先輩も今みたいなのできるんですか?」

「いや、私はちょっと。物を支配するのは苦手っていうか」

「支配って!? っていうか、じゃあ何ならできるんですか!」


 何だろう。火の球をぶつけるとか?

 この扉は金属製っぽいから意味ないだろうなあ……。むしろ、黒崎家が火事になってしまう可能性すらある。


「……こんなの見せられたら、余計に憧れちゃいます」

「そんなにいいものじゃないよ。普段、使う機会なんてそうそうないし」

「漫画みたいに戦う機会とか無いしね」

「お二人が言っても説得力ないです」

『全くじゃな』


 悠華、うるさい。


「じゃ、行くよ」

「うん」

「はい」


 紗羅と澪ちゃんに断ってから、私はノブに手をかけ押し開いた。

 重い手ごたえ。

 ゆっくりと扉が開き、地下室の様子が明らかになる。

 基本的には書斎と言っていいだろう。壁にはいくつも本棚が並び、大きな木製の机の上には髪束とPC。本棚に収まりきらない書籍や怪しげなグッズ、飲料水のペットボトルや栄養食品の箱等があちこちに散乱し、中央の床には「いかにも」な魔法陣が描かれている。

 端っこに申し訳程度に置かれたソファは仮眠用だろうか。


「え」

「あ」

「な」


 ソファの上には二つの影。

 そして、周囲には脱ぎ捨てられた衣服があった。

 影の一つは慎弥。ワイシャツのようなものだけを身に着けており、半裸というか全裸というか。幸い、局部は角度的に見えない。

 そしてもう一つは、明らかに人ではないシルエット。


 暗い紫色をした髪と瞳。どこかエナメルを思わせる質感の、鋭角に尖った翼と尻尾。煽情的すぎて危機感を覚えてしまうようなボディライン。

 いつもの黒いボンテージは、今は上下とも身に着けていない。

 豊満な、剥き出しの胸を慎弥に押し付けたまま、女悪魔――真夜が私たちに笑いかけてくる。


「あら、いらっしゃい。――ノックもなしに入って来るなんて、無粋なことね」


 遅ればせながら、左手の紋様がかすかに疼いた。

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