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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
五章 私と彼女と魔女のたまご

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116/202

帰宅した夜

 慎弥とは彼の家の前あたりで別れた。


「それじゃ、また。もし何かあったら教えて」

「ああ、わかった。まあ、円さんに関しては問題ないと思うが」


 言って、彼は何か迷うように視線を巡らせる。


「慎弥?」

「いや。……大したことじゃないんだが、もしかしたらこれからしばらく、連絡を貰っても返せなくなるかもしれない。少し集中して取り組みたいことがあってな」

「そっか」


 頷く。

 何をするのかは知らないが、慎弥らしいといえば慎弥らしい話だ。

 今のところ、私や紗羅の方で問題は起きていないし、直近で彼の力を借りるような事態も起きないだろう。


「その本で何か研究でもするの?」

「そんなところだ」


 軽く答える表情もいつも通りだ。

 私は微笑んで「了解」と答えた。

 屋敷に帰ると、玄関先で紗羅が出迎えてくれた。ずっと待っていてくれたのかと一瞬驚いたけど、考えてみれば、私の帰ってくるタイミングは筒抜けなのだ。


「ただいま、紗羅。遅くなってごめん」

「ううん。お帰りなさい、悠奈ちゃん」


 靴を脱いであがった途端、紗羅がぎゅっと抱き着いてくる。


「……私、また何かやっちゃった?」

「ううん、違うの。ちょっとだけ、胸がざわざわしちゃって」

「ん……」


 私も逆らわず、紗羅の身体に腕を回した。

 紗羅の匂い、温もり、柔らかさを感じて、心が落ち着く。


「前の学校の男の子と会ってた時、悠奈ちゃん怒ってくれたでしょ? それから、黒崎くんが私たちのことお似合いだって言ってくれたのも。嬉しくて。すぐ悠奈ちゃんに会いたくなって」

「そっか」


 会いたいときに、傍に私がいなかったから。

 寂しい思いをさせちゃったみたいだ。


「紗羅、キスしてもいい?」


 彼女が至近距離から私を見つめる。


「うん。いいよ、もちろん」

「ありがとう」


 そっとお礼を言って、私は紗羅に口づけをした。

 お互い、肩に手を回して更に密着する。

 ――幸福感で満たされる。こんなに幸せでいいんだろうか。


「愛し合うのは構いませんが」

「っ」

「!?」


 側面からの呆れ声に、慌てて身を離す。

 苦笑気味の世羅ちゃんに抱かれた白猫、真昼が、器用にジト目を作って私たちを見ていた。


「そういったことは部屋でやってください。貴女たちの情事は、世羅の年頃にはまだ刺激が強すぎるでしょう」

「……あはは。私はもう慣れちゃったけど」

「駄目です」

「だ、そうです」


 さすが天使。真夜と違って、真昼は割と潔癖らしい。

 ……本人も子供を作らせたり作ったり、したことあるはずだけど。

 世羅ちゃんが割と気に入られてたり、するのかな。


「ごめんなさい」


 二人で素直に真昼に謝った。

 そのやりとりで気分はだいぶ素に戻ったので、続きはやらなかった。


 *   *   *


 夜。食事や入浴、明日の支度などを全て済ませた後。

 傍らで紗羅が見守る中、私は狐姿の悠華と正面から向かい合う。


「では、始めるとしようか」

「うん」


 羽織っていたジャージの上を床へ脱ぎ落すと、競泳水着に覆われた肌が露わになる。

 水着は以前から使っていたもの。

 ただし、背中側の生地には加工を施してある。お尻から臍の裏側あたりにかけて大きな切れ込みを入れたのだ。

 ……用途はもちろん、尻尾を通すため。


 ふっと身体から力を抜いて、体内の魔力をイメージする。

 前は小分けして溜めている感覚だったけど、特訓で何度も繰り返したことで最近は少し変わった。

 魔力は血管のような細いチューブをゆっくり流れている。

 チューブは体内にたくさんあるが、普段使う本数は制限されている。安定はしているが、体内への経路は遠回りになりがちで、取り出せる量や速度は控えめになる。

 だから、全てのチューブを繋いでやる。

 ――すると流れは活発化して、よりたくさん素早く取り出せるようになる。


「だいぶ安定して変われるようになったな」


 変身が完了して耳と尻尾が生えるまで一秒ちょっと。

 悠華が言った通り、繰り返すたびにだんだんと変身が容易になっている。

 魔力を扱うことに、身体が慣れていっている。


「習うより慣れろ、か」

「うむ。慣れるためには、まず使い方を習わなければならないが、な」


 当たり前で重大な矛盾。

 自転車の乗り方や逆上がりを覚える時と同じだ。いくら言葉で説明されたりお手本を見せられても、自分でコツを掴まないとペースは上がらない。

 もちろん、教師や補助輪はコツを掴むのに重要だけど。

 魔法の場合は教師が見つからないし、教える側も補助輪みたいな便利アイテム無しに「感覚的なコツ」を伝えなければいけない。

 ……深香さんって先生として優秀だったんだなあ、と最近思う。


「では、本番に行こうか」

「了解」


 手のひらを上にしたまま右手を前に。

 野球ボール状の炎を生み出して維持する。

 そうしたら、今度は球のサイズを変える。ピンポン玉くらいまで縮めて戻して、ボーリング玉くらいまで大きくして戻して。


「紗羅、お願い」

「うん」


 椅子に座ったままの彼女へ向けて手のひらを突き出す。

 見えないバネでボールを押し出すイメージで――射ち出す!

 飛んで行った火球は、紗羅に睨まれてあえなく消滅した。


「よし。じゃあ次」


 また炎を生み出す。ただし、形は球状にせず燃やしたまま。

 サイズを色々変え、更に形を変化。

 最初は手に纏わりつくように。これは案外簡単だった。炎に包まれた拳を握ると、ちょっと漫画の主人公にでもなった気分。

 目下、練習中なのはここからだ。


 頭の中で繰り返しイメージしながら、炎を剣の形に変えていく。柄を作り、鍔を作り、刀身を伸ばす。

 炎が不格好な西洋の剣をかたどった後も、じっとそれを見つめて必死に維持する。

 悠華がくすりと笑って私に命じる。


「振ってみよ」

「……う」


 今回は成功するだろうか。

 恐る恐る剣を握り、構える。慎重に、イメージを途切れさせないように。


「えいっ……っと」


 振りかぶって振り下ろそうとしたところで、炎の剣が分解して消えた。

 うう、また失敗した。


「むう、やっぱり失敗か」

「……うん。やってみると案外難しいよ、これ」


 割とみんな普通にやってるから簡単だと思ってたけど。

 火球は基本「手のひらの上に」生み出せばいいけど、炎の剣を振り回すとなると、手のひらと垂直にならない状態で炎を維持しないといけない。

 柄は握るためにある程度、物としての固さが必要だし、刃は柄と垂直を保ったまま熱量を持たせなくちゃいけない。

 違うことをいくつもやるせいで難易度が跳ね上がる。


「まあ、わらわたちにはあまり向いていない方法じゃからな」

「私も剣を作るのは苦手」


 ああいうのは天使の得意分野なのだそうだ。

 紗羅たちサキュバスなら四肢を変化させたり、金属を支配して変形させて武器にする方が楽にできる。


「私たち妖狐の場合は?」

「四元素、五行……まあ呼び方は何でもよいが、自然現象を操るのが我らの本領。炎はその一面に過ぎん」

「つまり?」

「何も武器に拘らず、燃やすなり地面に埋めるなり、雷でも落としておけばよかろう」


 うわ、適当。

 まあ、あまり凝ったことをせず、ありのまま使う方が得意ってことか。悠華みたいに熟練者なら、石畳から薙刀作ったりもできるみたいだけど。


「じゃあ、武器を作る練習を頑張ってしなくても」

「馬鹿者。それはそれで訓練としては意味がある。いいからもう一度、最初から通してやってみよ」

「……はあい」


 と、まあ、最近の特訓はこんな感じだ。

 短時間ながら集中を強いられ、結構な疲労がたまったところで打ち切り。紗羅と儀式を交わして眠るのが基本パターン。


「そうだ、悠華。これから二週間くらい、特訓しない日が多くなるかも」

「む? ……ああ、確か定期テストだったか」

「うん」


 来週の月曜日から三学期の中間試験がある。それまでは勉強時間を増やさないといけないから、体力は温存したい。

 もちろん余裕があれば期間中もするつもりだけど。


「あ。……ね、悠奈ちゃん。今日は一緒に寝てもいい?」

「うん。じゃあ、そうしようか」

「ありがとう。じゃあ枕持ってくるね」

「ふむ。じゃあ、わらわは真昼とでも戯れてくるか」


 紗羅が声を弾ませて部屋を出ていき、悠華もまたふらっと居なくなる。程なく戻ってきた紗羅とベッドに入った私は、いつもより長く緩やかなキスをしながら、抱き合って眠りについた。

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