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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
五章 私と彼女と魔女のたまご

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112/202

本番前日

「悠奈先輩! お兄様と付き合ってるって本当ですか!?」


 土曜日。

 購買でお昼を買って部室へ行くと、興奮状態の澪ちゃんに出迎えられた。

 入り口近くに立つ彼女の脇から奥のテーブルを見ると、可愛らしいランチボックスが閉じたまま置かれている。


「澪ちゃん、今日はお弁当なんだ?」

「あ、はい。ちょっとお小遣いが厳しいので節約を……じゃなくて! 誤魔化さないでください!」


 話題を逸らそうと思ったけど、さすがにうまくいかなった。

 仕方なく、苦笑を作って答える。


「うん。実はそういうことになっちゃった」


 奥に移動して鞄を床に、お昼ご飯をテーブルに置く。


「じゃあ、本当なんですね?」

「本当だよ。慎弥から聞かなかった?」

「……聞きましたけど、ちょっと信じきれなくて」


 そっか。でも、無理ないかも。実際、嘘なわけだし。

 紗羅も私の隣で、かすかに笑みを浮かべていた。


 あの日、喫茶店で詳細を詰めた際、「澪ちゃんには本当のことは内緒にしよう」と私たちは決めていた。

 理由は、彼女に伝えると多分ぼろを出すと慎弥が主張したからだ。


『それはそれで、面白かったと思うがな』


 私と紗羅にしか聞こえない声で悠華が囁くが、とりあえず無視。お昼ご飯の準備を始めつつ、私たちは会話を続けた。


「いつからなんですか?」

「今週の水曜日だよ。ごめんね、言うのが遅くなって」

「むー。どっちから告白したんですか?」

「慎弥から。付き合ってみるか? って言われたから、うん、って」


 そのあたりの口裏合わせは済んでいる。

 私は焼きそばパンの包装を剥いて一口。うん、ちょっとしょっぱいけど美味しい。ペットボトルのお茶を含みながら食べた方がいいかな。

 じーっとこちらを見つめる澪ちゃんは「証言は一致してますね」と一言。なんか、疑われてる?


「悠奈先輩、お兄様のどこがいいんですか?」

「澪ちゃん、前に私と慎弥の仲を疑ってなかったっけ?」

「それとこれとは話が別です!」


 言いながら彼女もランチボックスを開いて食事を始めた。少なめ品数でしっかり栄養バランスを考えた、美味しそうなお弁当だった。

 兄妹二人暮らしだから、結構自炊も得意なのだろう。


「慎弥のいいところ、かぁ。……一緒にいて気兼ねしなくていいところ、かな」


 嘘はついていない。

 慎弥は元の私を知っているから、余計な気を遣わなくていいし。他の男の子よりはずっと話しやすい。

 ……思えば、悠奈になってから慎弥以外の男性と殆ど会っていないけど。

 やがて、澪ちゃんはふう、と息を吐いて言った。


「お兄様と悠奈さんらしいですね」

「信じてくれた?」

「一応は。悠奈先輩がお相手なら、他の方よりずっと安心できますし」


 それからは、無言のまま箸を何度か往復させる。


「ちょっと、寂しいですけどねー。お兄様はあたしと一緒で、自分の恋愛とか興味ないと思ってましたから」


 澪ちゃんの考えは当たっている。

 だからこそ、慎弥は私に恋人役を頼んだのだから。

 ……目を細める澪ちゃんを見て、私はちょっと罪悪感を覚えてしまう。


「大丈夫、慎弥は慎弥だよ。あいつが女の子のために趣味をほったらかすなんてこと、そうそうないと思う」

「そうでしょうか。悠奈先輩ならお兄様の話を聞いてくださるでしょうし、デートくらい平気でしそうですけど」

「あー、それはまあ」


 悠人だった頃も、あんまり真面目に聞いてはいなかったけど、暇な時はあいつの話を延々聞いてることはあった。そう思うとあんまり否定はできない。


『それは、逢い引きにかこつけて趣味の話をしているだけじゃろう』


 うん、私もそう思う。


「悠奈先輩。もうお兄様とキスくらいしたんですか?」

「なっ」


 私は言葉を詰まらせ――同時に声を上げていた紗羅に目くばせをする。そのまま私の代わりに返答しそうだった彼女は、それで口を噤んでくれた。


「してないよ。手も繋いでない。だって、慎弥だよ?」

「なるほど。すごい説得力ですね」


 交際が本当だったとしても、慎弥は私から求めない限り、たぶん恋人らしいことなんて殆どしないだろう。

 だからこそ安心なんだけど、とことん恋愛には向いてないタイプだ。


「じゃあ、そんなに心配することないのかもしれませんね、紗羅先輩?」

「え? う、うん。私も二人のことは心配してないよ」

「ですか。そうですね」


 それで澪ちゃんは納得してくれたらしい。以降はいつも通りの笑顔を覗かせながら、奔放な言動を繰り返していた。

 二人が結婚したら悠奈先輩と姉妹になるんですね、なんてことまで言われたけど、まあ、冗談だと思う。


「円さんにも会うんですよね? 楽しみにしてますね、お姉さまっ」


 ……冗談だよね?

 ちょっとだけ、不安になった私だった。


 *   *   *


 慎弥たちの保護者、円さんとの対面はその翌日だった。

 指定された時刻は午前十時。念のため、早めの朝七時に起きた私は、紗羅と世羅ちゃん、悠華に手伝ってもらいながら身支度を整えた。


 シャワーで汗を流し、隅々まで身体を洗う。洗濯済みの下着を身に着け、髪をドライヤーで乾かしてから丁寧に櫛を通す。

 四人で頭を悩ませた結果、服はタートルネックに軽めのジャケット、膝下まであるスカートに黒のタイツを履いた。ついでに、以前、深香さんからもらったアクセサリーを身に着ける。

 大人の女性が相手なので、なるべく肌を見せないチョイスだ。


「可愛いです、悠奈さん!」

「ありがとう、世羅ちゃん。わざわざ手伝ってもらってごめんね」

「いいえ。私が勝手にやっていることですから」


 羽々音家の面々には真実を伝えてある。だから世羅ちゃんが張り切っているのは、この状況を面白がっているからだ。

 あとは、単に私を着飾らせたかったか。


「うむ、良いのではないか? ……必要なら和装の見立てはしてやれるが、聞いたところ、あまり有効な手合いには思えぬしな」

「あはは。うん、そこまで気合いを入れる必要はないよ」


 何しろ、別にデートですらないのだ。ボディケアや下着にまで気を配ったのとかはむしろやりすぎだろう。

 ……と、支度中に言ったら「見えないところも身嗜みだ」と切って捨てられたけど。


「紗羅は、どう思う?」


 口数の少ない、最愛の少女を振り返る。


「とっても可愛いよ。私がデートしたいくらい」


 う。そういうこと言われると、本当に紗羅とデートしたくなる。


「また今度、二人でどこか行こうか」

「うんっ」


 私たちを見た世羅ちゃんと悠華は顔を見合わせて、


「……悠奈さんが他の子とデートとか、無理だよね」

「うむ、全く」


 それから、凛々子さんが用意してくれた朝食をいただいて、歯を磨いてから軽い化粧をした。あとは服の上からコートを羽織り、手袋を着けて、バッグを提げたら準備完了。

 最終チェックを済ませて玄関へ向かうと、途中で白猫と会った。


「真昼。どう、似合ってるかな?」

「私に聞かないでください、羽々音悠奈。まあ、様にはなっていると思いますが」

「全く、愛想のない。もう少し心に余裕を持てばいいものを」

「……貴女は余裕を持ち過ぎです」


 ぷいっと顔を背けてどこかへ歩いていく真昼に、悠華や紗羅と苦笑する。

 羽々音家に来てからの彼女はだいだいあんな感じだ。猫の姿に甘んじる現状が気に入らないうえ、もともとあまり愛想がいい方ではないらしい。

 そんな彼女によく構っているのは、動物仲間の悠華と――。


「あ、真昼さん!」


 世羅ちゃんが声を上げて白猫の後姿を見つめる。

 頑張ってきてくださいね、と告げて真昼を追いかけていく彼女を笑顔で見送った。


「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい、悠奈ちゃん」

「せいぜい粗相のないようにな」


 今日は悠華も家で留守番。

 紗羅たちに玄関で見送られ、私は羽々音家を出発。特に慌てずに歩き、慎弥の家に着いたのは約束の五分前だった。

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