旧友との再会
ある者は一人で、ある者は友人と連れ立って。
月曜の放課後。下校する生徒たちが次々と校門から吐き出されていく。彼らが身に纏うのは見慣れた制服――俺が十日ほど前まで着ていたあの制服だった。
つまり、ここは母校の校門前。
そこへ俺はブラウスにセーター、フレアスカートにタイツというスタイルの上にコートを羽織り、一人、生徒たちの下校姿を見つめていた。
……懐かしいな。
目の前を歩く人々の中には、いくつか見知った姿もある。もちろん、相手から見れば俺が誰だかなんて全くわからないだろうが。
これで、本当に「あいつ」に会えるだろうか。
小さくため息をつく。
そう。俺がここに来たのは会いたい人間がいるからだった。俺が知っている限りで悪魔だの呪いだの、そういった話ができそうな唯一の人間。
変な奴だが、きっと頼りになる。そう思ったのだが。
「来ない……」
下校時刻前からここにいたので、見逃したってことはないはず。なら、まだ校内にいるのだろうか。
さっきから何人もの生徒からちらちら見られているので、早く目的を遂げてしまいたい。
やきもきしつつ待っていると。
「あ」
ようやく目的の人物が姿を現した。
野暮ったい眼鏡に、微妙に整っていない髪。普通にしているだけで眠そうに見える垂れ目。一人、規則正しいペースで歩く少年。
中学時代からの友人というか、腐れ縁。
校門を通り抜けてくる彼に駆け寄り、俺は声を上げた。
「あのっ」
「……はい?」
刹那、周囲がざわめくのを感じた。
あれ、俺、さっきより注目されてる? 何で?
まあ、理由はわからないのでそれはいい。俺は、目の前で立ち止まったままこっちを見ている少年を見つめて尋ねた。
「黒崎 慎弥くん、ですよね?」
「そうだけど……どこかで会ったかな?」
慎弥は当然、不思議そうに答えてくる。一応、そう聞かれることは予想済みだった。
「いえ。ただ、噂で聞いたことがあったんです。特殊な分野の知識をたくさん持っている人だ、って」
「噂、って誰から?」
「それは……ちょっと、言えないんですけど」
もちろん「噂で聞いた」なんて嘘なわけで、話の出どころは話せない。馬鹿正直に俺の名前を出したら確実に怪しまれるだろうし。
「私、実はあなたに相談があって来たんです」
そこまで言うと、周囲の注目がふっと薄れるのがわかった。……よくわからないけど、助かったのだろうか。
ともあれ、これで話に集中できる。
思った俺が正面へと意識を戻すと、慎弥は目をぱちぱちさせつつ言ってくる。
「どんな相談か、聞いてもいい?」
「詳しくは人のいないところで。でも……オカルト関係の話だ、とだけ」
「……なるほど」
よし、食いついた。
曖昧にでもそういう単語を出せば乗ってくるだろうと思った。何せこいつは読書家かつオカルトマニアで、特に伝奇やら神話、伝承の類が大好きだから。
……御尾悠人として一緒にいた頃は、まともに話を聞いてやったことは殆どなかったんだけど、な。
「そういう話なら、聞こう」
「ありがとうございます」
久しぶりにあった旧友に向けて、俺は今できる精いっぱいの笑顔を返した。
* * *
「汚いところだけど、適当に座ってくれ」
「はい」
デスクトップPCが置かれた机に、いくつもの本棚。本棚に収まりきらず乱雑に積まれた書籍類。衣装箪笥は部屋の隅っこに追いやられた、慎弥の部屋。ここに来るのもしばらくぶりだ。
……懐かしくて「ほんとに汚いな」とか危うく口にしかけたけど、ぎりぎりで我慢した。
床面を見渡し、床に敷かれた絨毯が見えている一角を発見。周囲の本を適当にどかしてから、凛々子さんに教えられたのを思い出しつつスカートを敷いて座る。慎弥はそれを興味深そうに見つめた後、PC前のデスクチェアに腰かけた。
……っていうか、よく初対面の女子を家に上げたなこいつ。
高校からここまでは歩いて三十分ほどの道のりだった。慎弥はわざわざ毎日、徒歩で通学している。ちなみに俺は電車を使っていた。まあ、こいつの家からだと若干、駅まで遠いのは事実なのだが。じゃあバス使えよ、っていう。おかげで足が痛い。
「それで、どんな話なんだ?」
「あ、はい。これは私じゃなくて、私の友人の話なんですけど」
「………」
しかし、前からの知り合いの前で「私」とか言うのは恥ずかしい。とりあえず口調に関しては「敬語使っておけばなんとなくそれっぽい」作戦で乗り切るつもりだ。
紗羅がなるべく物に「お」を付けろって言ってたのをヒントにしたのだが、便利だなこれ。
俺は慎弥に、今置かれている状況をかいつまんで話した。知人にかけられた呪いに巻き込まれて被害をこうむり、その家に匿われたこと。呪いに悪魔が関係していることと、悪魔について知りえたことを。
性転換や、羽々音家の名前、それから真夜という個人名? はぼかしたが、これである程度は伝わるはずだ。
「なるほど、その『お友達』は随分と厄介ごとに巻き込まれているだな」
「はい。それで困っているみたいで、なんとかしたくて」
「ふむ。……君としての懸念点は、その子が騙されているのではないか、ということだね?」
椅子をぐるりと回して、慎弥が俺をじっと見つめる。細められた目から彼が真剣モードになっていることを感じながら、俺は頷いた。
そのために一人で会いに来たのだ。本気で紗羅たちを不審に思っているわけではないが、可能性は考慮しておいた方がいいと思ったから。だから、登校中の紗羅にも連絡せずに外出した。
さすがに凛々子さんには外出の許可をもらう必要があったが、彼女は割とあっさり単独での外出を許してくれた。ついでに「お渡しし忘れていたのでー」と真新しいスマートフォンまで渡してくれたのだった。どうやら新規に契約したものらしい。
「それで、どう思いますか?」
「……ありえなくはない、と思う」
口元に手を当て、考えるようにしながら慎弥は答えた。
「君が聞かされた悪魔の話については筋が通っている。だから、おそらくこれは真実だと思う。ただ、そのお友達を保護した家の事情や、過去の出来事については曖昧な点が多いな」
「というと?」
「例えば『過去に悪魔との因縁があった、だから恨まれた』。じゃあ、ピンポイントでその家が狙われたのはどうしてだ? 古い時代の因縁程度なら、他の家にだってありそうなものなのにわざわざ呪うだろうか。もっと深い理由があるか、あるいはその家が代々同じ悪魔に呪われている、と考える方が自然じゃないか?」
なら、彼女たちはそれを隠しているのか。隠しているとしたら理由はなんなのか。
「あるいは、最初からでまかせという可能性もなくはない。悪魔の性質、という一般的な情報を併せて伝えることで、その子の置かれた状況自体に虚偽があると思わせないようにしている、とか」
「……やっぱり」
疑おうと思えば疑うことができてしまうのか。
慎弥の淡々とした言葉を聞いて、俺はどこか気落ちしてしまった。もしかしたら否定して欲しかったのかもしれない。
「まあ、あくまで可能性の話だよ」
息を吐いた慎弥が椅子に背を預ける。ぎしり、と聞きなれた音が耳に届いた。
「でも、君の話は興味深い。もう少し詳しく聞きたいな」
「本当ですか?」
それは助かる。持っている情報はほとんど話したと思うが、詳しい人間からすれば必要な情報が欠けているかもしれないし、あるいは他に必要な情報があるなら紗羅たちから聞いてくることもできる。
「ああ。だから、とりあえず飲み物でも持ってこよう。適当に待っててくれ、悠人」
「ああ、わかった」
やっぱり慎弥に相談して良かった。俺はそう思いながら彼に軽く答えて――。
「え?」
固まった。
振り返る。部屋の入り口に立った慎弥が、眼鏡の奥でしてやったりという顔をしながら立っていた。
「ふむ。やっぱり詳しい話を聞く必要がありそうだな」
と、そんな事を呟きながら。




