また会った。
オッサンを帰してやってから3日がたった。
オッサンはどうしただろうか?
カナリアちゃんにプロポーズしたのだろうか?
未だに騙されているのだろうか?
「またボーッとしてるな。サユ。お前、この前の人間を相手にしてから変だぞ?」
フェンリーが私の顔を覗き込みながら言った。
「そうかな?何かモヤモヤしてる感じではあるけど。久しぶりに人間に会ったから、気が抜けてるのかも。」
再び夕飯を作る手を動かしながら、そう返事する。
そうだ。
久しぶりに人に会ったから。
それがクズ野郎共と泣き虫なオッサンだったから、気が抜けたんだ。
今までと同じ
オークとして
この山の長として
いつもの日々を送るだけだ。
そう納得していると何だか不思議な叫び声が聞こえた。
「ガゥアゥア!グガァ?(人間だ!と思う?)」
なんだそれ。
【人間だと思う】
って何?
は?
人間だと判断出来ない様な奴なの?
よく分かんないんだけど。
「グオォォォ!(なんだそれ!)」
「ギャギャギャース?(人間?違うの?どっち?)」
「ドルルゥゥア!?(新種じゃね!?ヤバくね!?)」
って山の魔物達も混乱しちゃってんじゃん。
新種の場合、不味い事になる。
下手に強い個体が殺られたり、食われたりすれば相手の強さがハネ上がりかねない。
なので、こんな時は私が出陣する。
「ブギョョォォォォ!ブキョォォラァァァ!!!(長の私が出陣する!他の奴等は手を出すな!)」
本当に、この鳴き声、もう少しどうにかなんないのかな?
そして、不思議な叫び声の方向に走り出す。
そして見つけた。
泣いてるオッサンを
「って!オッサンかよ!?」
なんでだ!?
なんでオッサンがいんのさ!?
入らないって言ったよね?
約束したよね?
次は無いって、殺すって言ったよね?
なんで此処にいるのさ!!
しかも、
なんでそんなにボロボロなのよ
なんでそんなに血だらけなのよ
なんでそんなに泣いてるのよ
胸がザワザワする
「オッサン、なんで此処にいんの?山に入れば殺すって言ったよね?山に入らないって約束したよね?まさか、この前置いてった山の麓からそのまま山に入って迷いこんだなんて事ないよね?なに?どーゆう事?その傷は?どうしたの?全部説明して?」
今の私には余裕がない。
畳み掛けるように一気に話す。
今のオッサンは、山の魔物が人間だと判断出来ない位にボロボロだから。
服も、体もボロボロで血に塗れていて、
左腕が変な方向をむいていて、
泣いて顔から出せるもの全て出していて、
見るも無惨な姿だから。
私の全身の血が沸騰しそうだ。
「ズビッ ごめ゛ん、ごめんな゛ぁ、 ズゾッ 信じなくて、ごめんなざい。ズズッ 助げてぐれたのに、忠告じてぐれたのに。ズゾッ 俺の為に、心配じてぐれたのに。ごめんなざい。
心配じてぐれて、ありがどう。」
とガラッガラな声で泣くオッサン。
よく分からない。
オッサンは私に謝りに来たのか?
何のために?
もしかして、カナリアちゃんに振られて
私が言ってたことが本当だと分かって、
【信じなくてごめんなさい】と謝りに来たのか?
マジか。
次に山に入れば殺すって言ったのにさ。
わざわざそんな報告っつーか、謝罪に来るとか。
カナリアちゃんに振られて、私との約束も忘れたのか?
でも、まぁ、私に謝罪しに来ただけなら良いだろう。
許してやろう。
振られたオッサンも可哀想だし、殺さずに帰してやろう。
にしても、この怪我は何だろう?
うちの山の魔物には手を出させてない。
って事は此処に来るまでに付けられたんだよね?
私に謝罪に来るために大怪我したとか、胸くそ悪いから治してやろう。
オッサンに近づいて治癒魔法をかけてやる。
「治してくれたのか?」
治癒魔法で喉も治ったオッサンから発せられる声は、普通の聞き取り易いオッサンの声だ。
「オッサン、カナリアちゃんに振られたかどうかは知らないけど、約束を破るな。山に入れば殺すって言ったよね?」
オッサンに真剣に語りかける。
「分かってる。約束も覚えてる。ズビッ今から俺があんたに殺されるのも分かってる。
でも、殺されても良いから、ズゾッあんたに謝りたかったんだ。お礼を言いたかったんだ。スンッ
ちゃんと、あんたに直接会って謝りたかったんだ。
生まれて初めて心から心配してくれたあんたに、心配してくれた ズズッ あんたがくれた言葉を信じなかった事、謝りたかったんだ。
他のやつに殺される前に、謝りたかったんだ。お礼を言いたかったんだ。
俺は、殺されるならあんたが良い。」
って、未だに鼻水をたらしながら話すオッサン。
なに?
他のやつに殺されるって?
殺されるなら私が良い?
なんだ?
訳が分からなくなってきた。
とりあえず、天気も悪くなってきたし、夜になっちゃったし、
うちの洞窟に連れて帰ろう。
フェンリーに会わせない範囲で、洞窟の入口までなら問題ないだろう。
とにかく、これは詳しく聞くべきだ。
「舌を噛まないように気を付けて」
私はあの日と同じ様にオッサンを担いだ。
オッサンは無言で、抵抗もなく私に担がれた。
そして私とフェンリーが暮らす洞窟に着いた。
あー、ちょうど雨が降ってきた。
オッサンを雨が入らない位置にジャイアントベアーの毛皮を敷いてから座らせてやる。
とりあえず、温かいスープを出してやろう。
温かい物でも腹に入れれば、落ち着くだろう。
夕飯のスープを器に入れてオッサンに手渡してやる。
オッサンは素直に受け取り、
「ありがとう」
と両手を暖めながら、少しずつスープを飲んでいった。
「美味い。美味しいよ、本当に、美味い。ありがとう。ありがとう。優しくしてくれて、俺みたいなやつに優しくしてくれて、本当に、ありがどう。」
また泣き出したよ。
オッサン。
涙腺弱すぎないかい?
お話が聞きたいのだが。
オッサンの顔に布を押し付けて顔を拭いてやる。
「お礼も謝罪も沢山聞いた。受け取った。だからもう良いよ。それよりも、話を聞いてもいい?」
オッサンは鼻を啜りながらも頷いた。
「オッサンが私との約束を覚えてたのに山に入ったのは、私に謝罪とお礼が言いたかったから?」
オッサンは頷いた。
「そっか。じゃあ他に帰ってからの事が知りたい。カナリアちゃんはどうしたの?さっきの怪我はどうしたの?他のやつに殺されるって何?ゆっくりで良いから、断片的にでも良いから、教えられる事だけ教えて?」
隣に座り、出来るだけ優しく問いかけてやる
「ん。街に着いて、カナリアちゃんに会うために直接ギルドに行ったんだ。そこで、受付の業務中だったカナリアちゃんにプロポーズした。そしたらさ
【あんた誰?結婚なんてするわけないじゃない。あんたみたいなオッサンと】
って言われてよ。周りの奴らにも笑われてよ・・・グスッ」
あー、なるほど。
皆の前でのプロポーズだからね。
カナリアちゃんとしては、他のキープ君達を全て捨ててオッサンに嫁ぐ気でもなけりゃ、頷くわけにはいかないわな。
ここであやふやにしても同じ。
他のキープ君達に怪しまれるし、今後寄ってくる男も減る。
典型的な悪女じゃないかよ。
マジで哀れだぞ。オッサン。
私は無意識にオッサンの背中を撫でていた。
オッサンは鼻を鳴らし、言葉を続けた。
「あんたが言ってくれた事が本当だって分かって、後悔した。あんたは心配してくれたのに。助けてくれたのに。あんたを信じなかった事、後悔した。
すぐに謝りに来たかった。でも、あんたとの約束があるし、どうしようか悩んだ。
その時、仲間 いや、違う。俺を捨てて逃げた奴らに会った。俺は怒った。何で俺を見捨てたのかと。
そしたらさ、あいつら
【お前が俺達を囮にして逃げたんだろ!】
【俺たちが必死に戦っている間に!】
【この裏切り者!】
って俺を罵ってよお。俺は必死に弁解したよ。でも、誰も信じてくれなかった。ギルマスも。
【貴方の様な裏切者をギルドに在籍させるわけにはいかないわ。冒険者登録を剥奪します。】
なんて言われてよ。カナリアちゃんにも蔑んだ目で見られて。
あっという間に【裏切者のドズ】なんて呼ばれるようになってよ。
あんただけだって分かったんだ。
俺の話を聞いてくれたのも。俺の心配をしてくれたのも。あんただけだって。俺の人生で、唯一、あんただけが本当に俺に優しかったんだって。
気づいたんだ。
だから、殺されても良いから、あんたに謝りたくてこの山を目指したんだ。
直接、あんたに謝りたくて、許してほしくて。
お礼を言いたくて、会いたくて。夢中でこの山を目指したんだ。
でもよ、この山に来るまでに
『裏切者に制裁を!』
なんて言って攻撃されるようになって。
気がつけばもうボロボロだった。何人にも何人にも攻撃されて、痛くてよ。
もうダメだと思った時、あんたが来てくれたんだ。」
鼻を啜り、冷えたスープを飲むオッサン。
そんなオッサンを見ながら、私は怒りを抑え、正気を保つのに全力を注いでいた。
なんだそれ。
あのクズ野郎共が、オッサンを囮にして逃げたクズ野郎共が、オッサンを傷つけた?
ギルマスもカナリアも?
私に謝罪するために山を目指したオッサンを攻撃したクズ野郎がいる?
オッサンをあんなにボロボロにしやがった、クズ野郎共がいる?
逃がすべきじゃなかった。
全員殺すべきだった。
街はどこだ?
ギルマスはどこだ?
カナリアはどこだ?
オッサンを囮にしたクズ野郎共はどこだ?
オッサンを攻撃したクズ野郎共はどこだ?
殺す。全部殺してやる。
オッサンを、私のオッサンを傷つけた存在は全て。
私が全力で叩き潰す。
真っ黒な気持ちでいっぱいになった私に気づきもしない、オッサンが言葉を続けた。
「早くあんたに会いたかったんだ。他のやつに殺される前に、あんたに会って謝って、感謝して死にたかったから。あんたにちゃんと会えて良かった。
俺、あんなに必死になって頑張って走ったの初めてだ。」
なんて、照れた様に笑うオッサンに、力が抜けた。
真っ黒な気持ちが一瞬で無くなって、代わりに暖かい気持ちが溢れてくる。
胸が【キュン】ってなった。
顔に血が集まってくみたいで、
可愛いなぁ。愛しいなぁ。
って思って
守りたいなぁ。側にいたいなぁ。
って思って
泣かせたくないなぁ。
って思った。
オッサンはカッコイイわけじゃない。
泣き虫だし、弱いし、騙されやすいし、正直者だし、臆病だし。
でも、凄く愛しい。
死んでも良いから私に会いたくて
痛い思いをしても、必死になって走って来たなんて。
最高の口説き文句だと思う。
本人にその気は無くても。
どうしよう。
オッサンが欲しい。
側にいてほしい。
他のやつに渡したくない。
笑顔でいさせてあげたい。
と、欲が顔を覗かせたその時、
「・・い、おーい!サユ、そのオッサン気に入った!こっちに連れてこーい!」
と洞窟の奥にいたはずのフェンリーから声がかかった。
オッサンが驚いた顔をしてる。
「あー、んとね、大丈夫。安心していいよ。私の師匠だから。オッサンを気に入ったみたいだし。大丈夫。大丈夫。」
と頷きながら手を引いて立たせてやると
「サユ?サユって名前なのか?俺もサユって呼んでもいいか?」
なんて聞いてくる。
師匠の正体やら安全やらよりも私の名前が気になるんかいっ!
そーいえば、自己紹介してなかったわ。
「ああ、自己紹介してないもんね。私はサユ。この山の長だよ。師匠の方が強いけど、実際に治めてるのは私。名前は好きに呼んでいいよ。オッサンの名前も教えてくれる?」
「長なのか?だから強いんだな。サユか。サユ、サユ、サユ、サユ。ん。覚えた。俺は【ドズ】だ。オッサンじゃなくてドズって、呼んでくれ」
って、何だか微笑まれたんだが、
オッサン、いや、ドズや。
何度も名前を呼ぶのは辞めてくれ。
照れる。凄く照れる。
キュンとしたばっかりだったのに、ノックアウトされた気分だ。
ちくしょう。
同じく返してやろう。
「ドズ、ドズ、ドズ、ドズ。うん。大丈夫。私も覚えた。」
っちくしょう!
言った私が照れたよコレ!
何で平気だったのドズ!
とドズを睨んでみると
顔を真っ赤にしたドズが居た。
「お、俺、女に名前呼ばれんの、初めてだ。」
ちょっと待って!
ドズ!
私を女の枠に入れちゃうなんて!
私が言うのもなんだけど、
オーク相手に顔を赤くするなんて、ちょっと可笑しいよ!?
どんな人生送ってたの!?
「おーい!イチャついてないで、さっさと来いよ~!ワシ、暇~!」
何て言うドラゴン野郎のせいで、二人とも真っ赤でギクシャクしちゃったよ!
フェンリーの前に着いた途端、ドズは腰を抜かした。
予想通りの反応だよ。
フェンリーもニヤリと笑ったし。
「え?は?え?ド、ド、ドラゴン?なんでここに?は?え?」
やっぱりドズはテンパってるね。
「ドズ、このドラゴンが私の師匠のフェンリー。んで、この洞窟で一緒に暮らしてるの。フェンリー、私達の話聞いてたんでしょ?自己紹介要らないよね?」
とフェンリーの方を見た私に
「一緒に暮らしてるのか?サユが、このドラゴン様と?もしかして、・・・二人で?」
ん?なんだ?
どうした?眉間の皺が凄いよ?ドズ?
「あー、一緒に暮らしてるけど、祖父と孫娘みたいなもんだ。気にするな。ドズ。ワシはフェンリーで良いぞ。なあ、ドズ。お前、ここに住め。話は聞かせてもらった。街には戻れんだろう?ワシはお前を気に入った!だからここに住め!今、寝床を作ってやるからな!」
と、また人の話を聞かずに、バシバシと岩を叩き崩して寝床を作るフェンリー。
多少強引だけど、私としては嬉しいことだ。
ドズをこの洞窟に住ませる事が出来る。
側にいられるってことだ。
ドズを見てみると
「そうか。孫か。フェンリーな。俺も一緒に暮らすのか。そうか。そうか。ん?俺も一緒に?」
って、納得したかと思えば、驚きすぎて理解できてなかった!?
「そうだね。街には戻れないだろうし、他の奴らに攻撃されるだろうし。フェンリーが既に寝床作っちゃってるし。これからよろしくね。ドズ」
と、逃げ道を無くす。
「あ、あ、ああ!た、助かる!ありがとう!これから、よろしく!サユ!フェ、フェンリーも!
・・・なんか二世帯同居みたいだな」
良かった。ドズも受け入れてくれたみたいだ。
後半は小さすぎて聞こえなかったけど、微笑んでるみたいだし、不満では無いだろう。
皆で住むに当たって、約束ごとを決めた。
寝る場所とは別に個人の部屋を用意したので、そこには勝手に入らない事。
ドズの目の前で人間を殺さない事。
ご飯はサユが作ること。
ドズは出来る限り、サユを手伝うこと。
侵入者が来たら、フェンリーはすぐさまドズを呼び、匿うこと。
侵入者の排除は今まで通り、サユが行うこと。
ドズは勝手に出歩かない事。
どこかに行くときはサユかフェンリーに必ず声をかけ、防御魔法を重ね掛けしてもらう事。
ドズは防御魔法をかけたフェンリーの鱗のお守りを手放さずに身に付ける事。
ドズはこの山の生物には一切手を出さない事。
大体こんな感じだ。
特に最後のは大切なことなんだけど、ドズは自分で
「ああ、平気だ!俺は弱いからな!ゴブリン2匹にやられそうになる位だから!ビビりだから!自分から手を出したりしない!」
と胸を張って言われたよ。
ちょっと情けないよね?
でも、そこが可愛いんだよなぁ。
ビビりなのも、弱いのも、オッサンなのも、何だかもう、全てが可愛い。
愛しい。
恋は盲目って本当だね。
そして、私たちは洞窟で
【変竜の異名を持つドラゴン】と
【異世界の記憶を持つオークの女の子】と
【ビビりで泣き虫な人間のオッサン】で
三人暮らしを始めた。