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狭霧綺譚

ミスト・フェノメナ

作者: 円坂 成巳

 私はたぶん帰れない。

 何があったのか、伝えるためにこの手記を残す。

 誰にも届かないかもしれないがそれでも何かを残したい。


 私は私立K大学で准教授を勤める芳村というものだ。超常現象を暴き解明することでお茶の間でそれなりの人気を博してきた。

 ここには、テレビ番組の撮影を兼ねて調査に来た。

 桐里という土地で不思議な現象があるというので、夏の番組の特集に当てるべく調査に来たのだ。

 美しく幻想的な霧。人が消失するという噂。そして、村に伝わる霧にまつわる伝説。なかなか面白い題材だ。

 超常現象ハンターとして売り出してきた私だが、今回は新しい分野を開拓できるかもしれない。


 きっかけは、ある依頼者だった。彼はこの村の住人で、消えた家族について調査して欲しいと私に依頼してきた。

 彼は、田村竜吉、村の農家の三男坊で、家族が昨年に桐里の山の中で行方不明になったのだという。竜吉は、山に秘密が隠されているはずとそう主張していた。

 立入禁止になっている黒守山に何かが隠されている、山頂の祠が怪しいのだと。本人も山に入ったことはあるが、何も見つけられなかったという。また、確認したが、警察も捜索には入ってはいた。一日で黒守山の捜索は切り上げられていたようだが。

 テレビで超常現象解明のネタを扱うようになり、依頼を持ちかける相談者が増えたが、大抵は、断っており、今回も初めはそうした。

 それでも依頼を受けたのは、田村竜吉の失踪がきっかけだ。もともと彼の言葉には不気味なほどの凄みを感じていた。そして、彼が失踪した後、荷物が届いた。

 竜吉が失踪前に調べていた村のこれまでの行方不明事件のスクラップと、村の伝承をまとめた資料であった。

 資料を読み込み、私は一気に村の謎の虜になった。

 行方不明者の数を調べてみると明らかに異常であると感じた。本当に何か特殊な原因を突き止められるかもしれない。まさかとは思うが村ぐるみの犯罪といったフィクションめいた可能性さえ感じた。

 最近は、超常現象ネタも飽きられており、私が出演する番組の視聴率も下がっていた。何か新しい話題が必要であった。オカルトの調査中に犯罪を暴くことができれば、一躍注目の的になる。そうでなくとも、センセーショナルな問題提起ができれば儲け物だ。仮に何も見つからなくても、有名科学者にも解明できなかった怪奇スポットとして番組で取り上げられても面白い。

 そうして、我々は機器を積み込んだ小型バスで、研究室の研究生とテレビスタッフとともに、村に乗り込んできたのだ。


 この村では霧にまつわる伝承や伝説が多い。今回は、プロデューサーと相談し、地元の伝説を上手く絡めた構成にすることで、視聴者の興味を引くことを考えていた。

 山に入るに当たっては、山の持ち主である黒沢家に承諾を得ようとした。しかし、当主には会えず、手紙を受け取っただけだった。淡白なものだ。手紙には、狭霧山には好きに入ってよいが隣の黒守山に入らないように、何が起こっても責任はとれない、とだけ書かれていた。狭霧山は黒守山の隣にあるこの辺りの観光スポットとなっている美しい山だ。行方不明者は実はこの山で多い。

 我々はこの狭霧山の麓にキャンピングカーを停めて、二棟のキャンプを張った。霧の出やすい初秋、紅葉は始まっておらず緑が残っている。

 調査はまずは一週間という予定だった。初めの二日間は気持ちのいい秋晴れだった。狭霧山を登山しながら、目ぼしい場所を撮影し、登山客や村人にインタビューを行った。

 三日目、四日目で霧が出て、ムード満点の画が充分に撮れた。

 この村の霧の景色は本当に美しい。胸を打たれる気持ちなど久々に感じた。

 霧を捕集し成分の分析も行った。もちろん、持ち運びできる機材には限界があり、簡易な分析しかできてはいないのだが。結果は当然ながらただの霧、ただの水としか言いようがない。こういった分析も、真剣に調査しているというポーズには大切だ。


 ここまでは順調だった。問題はいかにもっともらしいストーリーを考えつくかどうかだ。

 黒守山で何か発見できればという期待はあったが、何もないかもしれない。芯になるストーリーは考えておかねばならない。なぜ、行方不明者が多いのかを説明するストーリーを。

 今回ならば、登りやすい狭霧山には幾つもの登山コースがあるが、油断して奥の山脈に入りんでしまい遭難してしまう、さらに、この地域では地形や気候上、突発的な霧の発生が多いことが拍車をかける。この辺りが模範的な説明になる。だが、視聴者を満足させるにはもう少し興味を引く何かがあった方がよい。村の人が消える伝承をいくつか紹介するとともに、人が不可解な消え方をした最近の事件も紹介し、不思議さをアピールする。原因不明だが方位磁針が効かなくなるスポットがあるという、ありきたりなネタも考えていた。私が業界で人気を得ることができたのは、科学で解明できる部分を説明しつつも、謎は謎として残した絶妙なストーリーを構成できたことにあると思っている。

 捏造とは違う。事実と虚構をミックスし、皆が欲しがるストーリーを作ることが大事なのだ。

 40歳を過ぎ、専門の生物学の分野ではもはや大成できないことが自分でもわかっていたが、テレビに取り上げられたことが幸運だった。たまたま何年も生態調査していた湖でネッシーのような怪獣の噂が流行し、さらには番組に調査協力を依頼されたことで超常現象ハンターとして認知されるようになったのだ。おかげで、客寄せパンダとしてではあるが、有名私大の准教授職を射止めることができた。

 このまま、うまく行けば教授も夢ではないのだ。


 そして、黒守山だ。

 入るのが禁忌とされるこの山に、竜吉がいうように何かがあるのではと期待していた。見つからない遭難者は、必ず何処かにいるはずなのだ。何処か遠くで生きている人もいるのかもしれないが、恐らくは遺体で何処かに残っていると考えるのが自然だろう。消えてしまうわけはない。

 立ち入り禁止の黒守山に人が、または遺体があると考えれば自然だ。

 その理由は迷信じみた因習かもしれないし、儀式かもしれないし、はたまた、想像を超えた犯罪かもしれない。

 もちろん何も見つからない可能性はあるが、見つかれば儲け物だ。


 黒守山に入るかタイミングを伺っていたが、そもそも人が来ることはほとんどない。いつ山に入っても誰にも気づかれることがなさそうだ。

 テレビスタッフからは、霧に紛れて山に入ってしまえば村人にも見つからないのではと意見が上がった。

 確かにそうだ。

 山に慣れているスタッフの一人は危険だと言ったが、霧が晴れていない今がチャンスと思えた。

 私と番組スタッフ四名、研究生一人の計六名で黒守山の頂上を目指すこととした。何の変哲もない山路だった。山頂には何事もなくたどり着いた。曲がりくねってはいるが単純な一本道。竜吉が怪しいと主張していた山頂のお堂はこじんまりとしており、拍子抜けするほどだった。黒塗りの木造の小さなお堂。


 お堂の扉は施錠されておらず、緊張しながら扉を開く。

 中を懐中電灯で照らすと、中は意外と清掃されており、奥には祭壇のようなものがあった。そこには人の頭ほどの大きさの歪な石が置かれていた。

 それだけ、ただそれだけだった。

 お堂の床に何か隠されていないか、周りはどうか、下はどうか、探しても何も見つからない。

 気持ちが冷めていく。

 我々は一体何を期待していたというのか。


 もちろん、一週間で山を調べ切れるはずがないことはわかっていた。だが、我々は妙な高揚感に包まれていたため、その反動か、お堂になにもなかったショックで調査のモチベーションを一気に失っていた。

 気落ちしながら山を降りた。

 山を降りているとき、だれかが見ているとカメラマンが言った。私もたしかに見られていると、そう感じた。余所者を村人が監視しているのかもしれないと話した。この霧で監視など無理だと頭ではわかっていたが、どうしても見られているという感覚が拭い去れなかった。

 深い深い霧に包まれた。一面の白闇であった。

 登るときとは比較にならないほどだ。この霧では遭難者が出るのも仕方がないと感じる。

 一本道で迷いようもないが慎重に慎重に下山する。

 何度か点呼を取った。

 無事にキャンプまで辿り着いたときには、心底ほっとしたものだ。


 そして、愕然とすることになる。

 キャンプから人が消えていた。

 誰もいなかった。

 もしかすると村か町に買い出しにでも出かけたのかもしれないと我々は考えた。

 携帯電話はそもそも通じないが、衛星電話を持ち込んでいたのでかけてみる。

 しかし、繋がらない。

 誰かがコーヒーを飲もうとしたのだろう、携帯コンロにやかんがかけっぱなしだ。

 食べかけのカップ麺もあった。

 その日、キャンプにいた面々はだれも帰ってこなかった。


 次の朝も同様に霧であった。

 衛星電話だけだなく、ラジオも通じない。

 気候情報が全くわからない。

 村に出ようと考えたのは当然のことだ。

 誰でもいいから外部に連絡を取る必要がある。

 いなくなったスタッフや研究生は遭難した可能性があり探してもらわなければならない。


 しかし、出れなかった。霧から出れなかったのだ。町にも村にも出れなかった。歩いているうちに必ずキャンプに戻ってきてしまうのだ。

 車を使っても同様だ。

 閉じ込められたとそう思った。

 霧の中で、何度も同じ道に戻ってきてしまう。

 この霧には人の報告感覚を狂わせる何かがあるのだろうか。


 そうして、数日がたった。おそらく5日ほどだ。昼も夜もない白い空間。食糧も燃料もはまだ十分にあるが気持ちが保たない。

 この数日、村人には一切出会っていない。

 我々はここに来たことを後悔していた。


 この数日間、村に出る方法ばかりを探ってきたが、発想を変えてみた。黒守山に登ってみるのだ。

 もう一度黒守山に登ってみるしかないと、そう思った。

 この霧と、我々の閉じ込められた現状を打破するために。

 しかし、黒守山に登る試みは、失敗に終わった。登るどころか山に入れないのだ。帰ってきてしまう。

 我々はキャンプを中心におおよそ百メートルほどの円の中に閉じ込められていることがわかってきた。それがわかったからといって何の意味もないのだが。


 初めに、一番若い研究生がいなくなった。

 食糧確保のため、釣りに出るといって。

 研究生は、霧の中に人影が見えたと言っていた。死んだ父が見えたと。


 次にカメラマンが消えた。

 彼は、霧の中に、帰りを待っているはずの妻がいると呟いていた。


 そう霧の中に何かいるという感覚は、どんどん強くなってきていた。

 観察されているのだと、そう思った。観察しにきてはずの我々が観察されているとは何たる皮肉か。

 誰もここには興味本位で入り込むべきではなかったのだ。


 なぜこんなことになっているのか、この霧はなんなのだ。頭の中がぐるぐるとまわった。

 これまで、霧の中に消えていった人々もこうして消えたのだろうか。

 伝承の中には、霧の中から帰ってきた人が、何年も過ぎてから年もとらずに突然帰ってくる話があった。我々もそうなるのだろうか。

 我々は初め、キャンプに残った面々が消えたと考えていたが、外から見れば我々が黒守山に入り、そして消えたということになっているのではないか。

 おそらくそうなのだろう。

 伝承の中に、何かヒントはなかっただろうか。状況を打開するヒントは。

 考えるが、何も思い浮かばない。


 残ったテレビスタッフ三人も次々と消えていった。

 残りは私一人だ。孤独だ。


 霧の中に故人を見た。私の亡くなった三男が微笑んでみていたのだ。次は私が消える番なのだろう。


 だから、こうして手記を書いている。意味があるかはわからないが、消える前にだれかに何かを残したいのだ。

 先ほどから、キャンピングカーの扉をトントンとノックする音が聞こえる。

 手記を書き終えたら扉を開けようと思う。

もはや連作シリーズ化してきた。今回はSFっぽさを狙おうとしたのですが、あまり上手くいっていないですね。ラスト付近は広げず終わらせようと必死になって手抜き感がある。

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