第三の軍隊
エヌビアン共和国。大統領ヨーデル・ザビによる独裁国家。ヨーロッパで一番治安が悪い。
この国では現在独裁国家を破滅に導く革命軍とそれを阻止する政府軍との内戦が続いている。
ラグエルはそんな危険な国に潜入している。その理由はこの内戦を終わらせるためだった。
依頼者はイタリアマフィアユピテル。ことの発端は11月10日。サマエルと共にミラノ空港に降り立った時だった。
その時ラグエルは依頼の電話を受けた。
『ヨーデル・ザビを暗殺して内戦を終わらせろ。方法は任せる』
エヌビアン共和国はイタリアマフィアに活動資金を提供している。それだけではなく、暗部組織とエヌビアン共和国は密接に関わっている。内戦が続くとその活動資金が途絶えてしまうため早い段階で内戦を終わらせたいというのがユピテルの考えである。
だが独裁者ヨーデルを暗殺したら活動資金が途絶えるのではないかとラグエルは心配した。
「独裁者の生存よりユピテルが侵略した方が手っ取り早いということですか。本当に狂っていますね」
ラグエルは電話を受けた日エヌビアン共和国に密入国した。
12月10日。午前1時。潜入捜査から1か月が経過した頃、ヨーデル暗殺の準備が整った。
現在ラグエルはホテルでノートパソコンを操作している。モニターに表示されているのは洋館の見取り図。爆弾の設置個所。右クリックするとシミュレーション映像が再生された。
洋館は全壊。シミュレーション映像を観ると爆弾で洋館は崩壊するらしい。その結果を見て苦笑いしていると彼の携帯電話が鳴った。
「ラグエルですが」
『ユピテルの構成員メアリーと申します。業務連絡です。もうシミュレーション映像は観ましたよね』
「はい。完璧な爆破シーンでした」
『それはよかったです。爆弾は既に洋館に設置しました。計算通りに行けば洋館は倒壊します』
「爆弾はどのタイプでしょう。時限爆弾ですか」
『いいえ。爆弾はクマのぬいぐるみに偽装しました。偽装は計算の結果完璧であると判断されました』
「計算ですか。そういえばこの前にイタリアマフィア武力抗争。僕の土産を使ったそうですね」
『はい。サーモですね。面白い爆弾でした』
「効果は9月に起こした爆弾事件で実証済み。気に入ってくれたら幸いです」
サーモ。人間が発する熱に反応して爆発する爆弾。サーモグラフィが内臓されており爆弾を解除せずに爆弾から離れると爆発する。また二つ以上の熱を感知した場合でも爆発する。
ラグエルは電話を切り変装の準備をする。
この1か月は長かった。潜伏中のホテルを爆破されること10回。銃撃戦に巻き込まれること20回。多くの修羅場をラグエルは切り抜けてきた。
その間イタリアマフィアユピテルから活動資金の融資を受け、国内の銃器販売ショップや変装道具を購入した。
午後2時ラグエルは長身の女性に変装してヨーデルと接触する。
白髪の長い髪に大きな胸。服装は黒いスーツ。ラグエルは新聞記者ミル・ザーボンとしてヨーデルと接触していた。
「それでは大統領。革命軍から脅迫メールが届いたとのことですが、そのことについてコメントをいただけませんか」
「いきなりその質問か。あんなメールは日常茶判事。気にも止めないな。ところで君はかわいいな。これから政府専用車でお茶会に出席する予定なのだが一緒に来ないか」
「それはいいですね。ぜひ出席させてください」
チャンスだとラグエルは思った。ラグエルは2週間前ヨーデルの周りに盗聴器を仕掛けた。そのため彼はお茶会のことをあらかじめ知っていた。そのお茶会で爆破テロを起こせば暗殺は終了する。
ミル・ザーボンはヨーデル・ザビと同行しお茶会の会場へと向かう。
午後3時。お茶会が西洋風の館内で行われた。会場内には政府軍上層部の人間たちが集まっている。
その洋館の周りは政府軍が警備のため囲んでいる。このような状況で爆破テロは起きないと参加者たちは思っていた。あらかじめ爆弾が仕掛けられていたとは知らず。
爆破が起きるまで30分。彼らはお茶会を楽しんだ。
ラグエルはいたるところに飾られたクマの人形を見て頬を緩ませる。どこもシミュレーション映像と同じ場所に爆弾人形が設置されている。
そして爆破が起きる直前ラグエルは電話を受けるために洋館から遠ざかった。
「上手く行けばいいのですが」
その言葉の直後洋館から大きな爆音が鳴り響いた。爆発に驚き警備をしていた政府軍たちは茫然として燃えている館を見つめていた。
ラグエルは爆弾をクマの人形に仕込んだ。その爆弾人形をいくつか置いていき、一斉に爆発させた。
ラグエルは人ごみから離れてユピテルのボスに電話する。
「どこに爆弾を置いたら倒壊させることができるのかを計算したのはユピテルのメアリーでしたね。シミュレーションと同じタイミングでした」
『凄いだろう。内のハッカーも』
「それとそっちにサマエルはいますか」
『ああ。彼にはメアリーにハッキングを教えてもらっているよ。代わろうか』
「いいえ。結構。それなら彼に二つの伝言です。一つはユピテルのアジトに手紙を送ります。今月中に帰国することになったらその手紙をウリエルたちに渡してください。もう一つは帰国する日が決まったら教えてください」
『君はまだ帰国しないのか』
「はい。僕にはまだ仕事が残っていますから」