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どうするべきか運営委員会でも意見が分かれたものの、スターウィッチの祝勝パレードは例年どおり行われることになった。
去年フェリーユさんが三度目のチャンピオンとなった際のパレードは、最終戦が行われた首都ミラージュムーンを挙げての盛大なイベントだった。
今年も同様に、最終戦の舞台は首都であるここミラージュムーン。
とはいえ、今年は例年とは状況が違う。
なにせ、チャンピオンが今年で引退してしまうのだから。
それどころか、年間二位となったママさんまでもが引退。
素直にお祝いのパレードを、という流れに運営委員会側が二の足を踏んでいたのも、ごく当たり前と言えるだろう。
でもフェリーユさんは、例年どおりパレードをするよう提案した。
ただ、例年どおりではない部分もある。
祝勝パレードでは通常、パレード用の大きなオープンカーに豪華な衣装で着飾ったスターウィッチのチャンピオンとそのファミリアー、運営委員会側の数名が乗って、都市の大通りをゆっくりと走る。
沿道に集まった数限りないほどの観衆からの惜しみない拍手と賛辞を受け、大きく手を振りながら笑顔を返すのが、チャンピオンとしての役目だった。
だけど、今年はそれを変えることにした。
フェリーユさんは、ママさん、ヒミカ、アリサさん、オードリアさん、ミルクちゃんも、そのパレードカーに乗せたいと言い出したのだ。
それだけではなく、そのホウキ星たちのファミリアーである、ボクたちまでも一緒に、と……。
いくら大きなパレードカーとはいっても、さすがにぎゅうぎゅう詰めになって狭苦しくなるのでは、と思ったのだけど。
「例年はパレード用の飾りやら花やらも乗せられ、衣装も目立つように大きな装飾をつけていた。それをやめれば、みんなで乗っても大丈夫だろう」
そう言って、フェリーユさんは是非にとお願いした。
アイカさんはその提案を快く承諾した。そのほうが盛り上がると思ったからだろう。
そんなわけでボクは今、パレードカーに乗っている。
華やかな雰囲気漂う大通りには、たくさんの垂れ幕やノボリなども立ち、歓声が飛び交い、紙吹雪までもが舞っていた。
空を飛ぶレースであるスターウィッチの祝勝パレードなのに、どうして車に乗るのだろう?
そう思わなくもなかったけど、実際に乗ってみると、確かにこのほうが盛り上がるというのも頷ける。
もしパレードでまでホウキに乗って空を飛んでいたら、魔女と観衆たちの距離も遠くなるし、遅い速度で飛び続けることもできないから一瞬で通り過ぎてしまう。
レースのようにコースを何周も回るという手もあるけど、そんな目まぐるしいパレードでは、観衆の目も追いつかないだろう。
パレードカーの上では、拮抗した争いを演じた次世代のホウキ星四人と、そのファミリアーであるボクたちが、沿道からの声援に応えて手を振っている。
「あたしはもう、去りゆく身だからな。パレードでは脇役に回ることにするさ」
「わたくしも、そうさせていただきますわね」
フェリーユさんとママさんのふたりは、微かな笑みを浮かべながら、パレードカーの隅で控えめに座っているだけだった。
その代わりに一番綺麗な衣装、すなわちフェリーユさんが着るはずだった衣装を着てパレードカーの中央に立っているのは、ふたりに続く三位となったヒミカだ。
華麗さこそ失われてはいないけど、その衣装は大きな飾りなどを全部外しているため、過去のパレードを見たことがある人からすれば地味な印象となるだろう。
それでも、観衆たちの盛り上がりは例年となにも変わらない……いや、例年以上となっているようだ。
パレードカーに乗っているメンバーは、大きな歓声が響いてくる中、和気あいあいといった様子で会話も楽しんでいた。
「……わち、チャンピオンになったわけでもないのに、こんな衣装、ちょっと恥ずかしい」
わずかに顔を赤らめながら、ヒミカがつぶやく。
パレードの衣装はなかなか豪華ではあるけど、露出度も少々高めだった。
周りに重くなるほどつけられていた飾りをすべて取っ払ってしまったから、というのも原因としてはあるのだけど。
それを着る羽目になったヒミカは、ずっとこんな感じで恥ずかしがり続けている。
「いいじゃない、ヒミカさん。女性は見てもらって綺麗になるものよ!」
アリサさんがヒミカに笑いかける。
「う~、でも……」
「アリサさん、だったらあなたが着てもよかったんじゃないかしらぁ~?」
オードリアさんが口を挟んでくると、アリサさんは即答を返す。
「あたいは、ごめんだね。こんな恥ずかしい格好、できるわけないわ!」
「あう、ひどい……」
ヒミカはそれを聞いて、余計真っ赤になって縮こまってしまう。
「あははっ! ヒミカちゃん、気にしちゃダメだよっ! 今日の主役はヒミカちゃんってことになったんだからっ!」
ミルクちゃんもヒミカを囃し立てる。
といっても、ヒミカが主役になったのは、四人でジャンケンして負けたからだったりする。
「いや、今日の主役は、お前たち四人全員だぞ?」
「そうですわね。わたくしたちの分まで、観衆のみなさんを楽しませてあげなくてはなりませんよ?」
フェリーユさんとママさんが、いつもどおりの笑みを絶やさないままツッコミを入れてきた。
「そうですね、せっかくですから、衣装も交代で着るとか……」
運営委員長であるアイカさんまでもが、そんなことを言い出す。
さすがに冗談だろうけど……。
「いえ、冗談というわけでもないですよ? 結構いい考えかな~なんて」
『ですが、着替えはどうするんですか?』
イタズラっぽい笑みを浮かべたアイカさんの言葉に、世話係の双子、マナミンとカナミンが声を揃えて質問する。
「そうね。ここで着替えちゃえばいいんじゃないかしら。観衆も喜びそうですし。もちろん、大きな布かなにかで隠してはあげますよ。マナミン・カナミン、そのあたりの準備はお願いするわね」
『はい、わかりました』
「わ……わかりましたじゃな~い!」
なにやらおかしな方向に話が進んでいるのを、アリサさんが鬼の形相で止めに入った。
それにしても、清純派を目指しているとは思えないその表情を、こんなにも大勢の観衆の前でさらしてしまうのは、ちょっとどうかと思う。
きっと明日のホウキ星関係の雑誌には、アリサさんの恐ろしい形相の写真が、大きく引き伸ばされて掲載されてしまうことだろう。
やっぱり冗談のつもりだったようで、アリサさんの反応を見ると、アイカさんは心底面白そうに笑い転げていた。
……あっ、今フラッシュが……。
どうやらアイカさんも、雑誌に大口を開けて笑っている写真を掲載され、恥ずかしい思いをする結果になりそうだ。
「ふふふ、相変わらず楽しい人たちです」
「でも来年からはわたしたちも~、その一員になってたりするわけだし~」
ヒミカたちに遠慮して控えめに話し合っているふたりの声が、微かに響く。
フェリーユさんのファミリアーであるリリアンさんと、ママさんのファミリアーであるプリンさんだ。
ふたりはそれぞれ、フェリーユさんとママさんのあとを受け継ぎ、来年度からスターウィッチに参戦する予定なのだという。
「リリアンの実力は、あたしもよく知っているからな。お前たちの良きライバルになるぞ! ……激しくドジなのが玉にキズだが」
「あらあら、うちのプリンだって、かなりのつわものですよ。優勝候補と言っても過言ではないですわ。……喋り方がなっていないのは、少々問題ですけれど」
フェリーユさんとママさんは、誇らしげにそう語っていた。
若干、不安材料まじりではあったけど。
スターウィッチに出場するホウキ星たちのファミリアーは、その人の弟子とも言うべき魔女であることも少なくない。
その場合、師匠であるホウキ星が引退したら、あとを継いで新たなホウキ星となる道も用意されているらしい。
「これからも、末永くよろしくお願い致しますね」
「スターウィッチを~、マジ盛り上げるってゆーか~、ぶっちゃけわたしが最強、みたいな~?」
ずっと伝説級のホウキ星についていたふたりは、次のレースから初参戦になる身とはいえ、なんだか落ち着き払っていた。
ファミリアーとして舞台には上っていたのだから、場の雰囲気も充分にわかっている。
伝説級と言われるホウキ星から直接手ほどきを受けた彼女たちは、確かにいいライバルとなるだろう。
ふと見ると、ヒミカはまだ顔を真っ赤に染めたまま、背中を丸めて縮こまっていた。
ボクはそっとヒミカに耳打ちする。
「ヒミカ、自信を持ちなよ。チャンピオンじゃなくても、ヒミカは三位のホウキ星なんだから。フェリーユさんとママさんが引退したら、実質ヒミカがホウキ星のトップなんだよ? ね? だからさ、もっと胸を張って!」
ボクの言葉に、ヒミカは……。
バシバシと大きな音を立て、頭部への容赦ない平手打ち攻撃を開始した。
「……って、ヒミカ!? いったい、どうしたっていうのさ!?」
「ふん。どうせわちは、ペッタンコ」
バシバシバシバシッ!
……あ……胸を張って、って……。
「いや、あの、そういう意味じゃ……」
バシバシバシバシバシバシッ!
ボクの弁解の言葉に、ヒミカは聞く耳を持ってはいないようだった。
「にゃははっ! やっぱりヒミカちゃんとセスナちゃんは、仲よしだね~!」
ミルクちゃんが楽しそうにはしゃいだ声を上げて飛び跳ねていたけど、容赦なく叩かれ続けているボクとしては、それどころではない。
「と……とにかくさ、ヒミカ」
ボクが真剣な表情で見つめていることに、ヒミカも気づいてくれたのだろう、彼女は平手打ち攻撃の手を緩める。
……緩めるだけで止めないってのは、どういうことだよ……。
そんなツッコミを入れたかったけど、ボクはぐっと堪える。
「これからも一緒に、頑張っていこう」
ヒミカの手をぎゅっと握ってそう言うと、微かに潤んだ瞳がボクをじっと見つめ返してきた。
……ボクがヒミカの手を握ったのは、平手打ちを止めるという意味もあったのだけど。
一瞬の沈黙のあと、ヒミカは顔を逸らした。
「ふん。仕方ないから、一緒に頑張ってやる。だからセスナ、ずっと一緒にいろ」
「……うん、もちろんだよ」
やっといつもどおりの調子に戻ったのか、命令口調でボクに応えてくれたヒミカ。
ボクは、素直に頷いていた。
☆☆☆☆☆
こうして、史上最高の盛り上がりを見せた祝勝パレードは終わった。
今年度のウィッチレースは終わりを告げ、やがて来年度のウィッチレースが始まっていく。
来年度とはいっても、十二ヶ月かけて争われるレースだから、来月にはもう開幕戦となるのだけど。
フェリーユさんとママさんは、運営委員会の一員としてウィッチレースに関わっていくことを決めたようだ。
どうやら、アイカさんからずっとお願いされていたらしい。
確かに運営委員会のメンバーは、レースの規模を考えると少なすぎた。
アイカさんやマナミン・カナミンが、忙しく走り回っている姿を、ボクもよく見かけていたし。
伝説級のホウキ星であるフェリーユさんやママさんが運営側に加われば、さぞや心強いことだろう。
たったふたり増えるだけ、というわけじゃない。
彼女たちを支持する周りの人たちの心をも、味方につけるということになるのだから。
少数精鋭主義の運営委員会としては、観戦する人たちが問題などを起こしたりせず、素直にレースを楽しんでくれることこそが、一番ありがたいに違いない。
また、ヒミカはもちろん、アリサさんやオードリアさん、ミルクちゃんも、引き続き来年度のスターウィッチのレースに参戦することが決定している。
新たに加わるリリアンさんやプリンさんも含めて、今年以上に白熱した戦いが繰り広げられることだろう。
ボクはそんな中に身を置くヒミカを一生懸命サポートして、これからもずっと一緒にこのウィッチレースの世界を楽しんでいこうと、心に誓っていた。
……ところでボクには、思うところがある。
ボクはこの先ずっと、ヒミカのファミリアーとして女装し続けなくてはいけないのだろうか?
魔女ホテルに戻り、ふと疑問を漏らしたボクに、ヒミカはすかさず言葉を返してくる。
「当然。セスナはわちの下僕」
……やっぱり、そういう扱いなんだ。
そういえば、ミルクちゃんにこのあいだ言われたな……。
「セスナちゃんってさ、ヒミカちゃんの金魚のフンみたいだよねっ!」と。
他のみんなも同じような感想を持っているのだろうか、その場にいたアリサさんやオードリアさんも、否定することなく笑っていた。
そりゃあ、いつでもヒミカにくっついているのは確かだけど、いくらなんでもそんな言い方はないと思う。
わずかばかりではあっても、ボクだって成長しているのだから。
まだウィッチレースの世界に飛び込んだばかりの頃に味わった飴玉の味が、なぜだか不意に蘇る。
ふたりで寄り添い歩きながら交代で舐めた、鮮やかなピンク色に染められたさくらんぼ味の飴玉。
春の訪れを感じさせる、ほのかな甘酸っぱいフレーバーが、記憶の中で口いっぱいに広がる。
そうだ。
慎ましやかにそっと寄り添い合うさくらんぼのような、ヒミカにとってのそんな存在になりたい。
ボクはそう切に願うのだった。
「セスナ、とりあえず、ラズベリークレープ食べたい。おごれ」
「……はいはい。それじゃあ、今日は天気もいいし、オープンカフェにでも行こうか」
なんというか、ヒミカが相手だと、甘さ控えめで酸っぱさだけが際立ちそうな気がしなくもないけど。
でも、ま……これはこれでいいか。
頭上には、天まで突き抜けるほどの温かな青い空が、ボクたちを包み込むようにどこまでもどこまでも広がっていた――。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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