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ロビーに着くと、もうほとんどの人が集まっているようだった。
魔女やファミリアーたちでざわついているロビーの一角には、マイクが用意されている。
アイカさんや他の運営陣の姿はまだ見えないけど、すぐに現れるはずだ。
ボクは心なしか痛く感じられる視線を受けながら、ヒミカとともに人波の外れのほうまで進み、アイカさんの到着を待つことにした。
周囲の視線がボクに向けられているのを、ヒミカも気づいているからだろう、彼女は黙ってボクの手を強く握ってきた。
ボクも口をつぐんだままヒミカの手を強く握り返す
セスナ、大丈夫? うん、大丈夫だよ。
手のひらを伝って、そんな会話が交わされるかのように。
マナミンとカナミンを従えたアイカさんがロビーに足を踏み入れたのは、それから一分もしないうちだった。
「さて、みなさん。最近噂になっておりましたので、お気づきかとは思いますが、先日、ヒミリエリュフィーカさんのファミリアーであるセスティリアフォルナさんに、わたくしども運営委員会側から身体検査を受けるように要請を出しました」
アイカさんの登場で静まり返っていたロビーに、微かなざわめきが広がる。
やっぱり、そうなんだ。
といった言葉をつぶやく人が多いように感じた。
「……お静かにお願いします」
騒がしくなり始めていたロビーは、アイカさんの言葉で再び静寂を取り戻す。
「それなのに、身体検査を受けに来たのは、セスティリアフォルナさんに変装したヒミリエリュフィーカさんでした」
続くアイカさんの言葉に、またもやざわめきが広がる。
先ほどまでのざわめきよりも、さらに大きな響きとなっていた。
「これはいったい、どういうことでしょうか?」
問いかけは、ヒミカへと向けられていた。
ロビーにいる全員の視線が、一斉にヒミカを捉える。
「それは……、ん……」
ボクの隣で言葉を詰まらせるヒミカ。
「それでは、噂の当人であるセスティリアフォルナさんに、直接質問させていただきたいと思います。正直にお答えくださいね」
アイカさんが鋭い視線をヒミカからボクのほうへと移す。
それに合わせて、周りの目もボクへと集中したように思えた。
ボクはアイカさんにまっすぐ視線を返し、同時に素直な答えも返す。
「はい。わかりました」
ヒミカはボクの言葉を聞いてもなにも言わない。
ただボクの手を握り続けるだけ。
これ以上嘘をつき通すことはできないと、ヒミカも覚悟を決めたのだろう。
「ヒミリエリュフィーカさんが変装して身体検査に来たというのは、セスティリアフォルナさんに身体検査を受けさせたくなかったということ、つまり、あなたは身体検査をされては困る身だということ。違いますか?」
「……いえ、違いません」
核心に近づいてきた質問に、ボクは一瞬戸惑いながらも、力強く答える。
もう覚悟は決めているんだ。
早くスッキリさせてほしい。
そんなボクの願いが届いたのか、アイカさんはトドメとも言うべき質問を繰り出してきた。
「それでは単刀直入に訊きます。セスティリアフォルナさん、あなたは男性ですね?」
周囲の視線が、ボクに突き刺さる。
ヒミカが握る手にも、よりいっそうの力がこもる。
ボクは大きくひとつ息を吐き出すと、アイカさんの目をじっと見据えたまま、そっと自分の頭に手をかける。
ウィッグのピンを外して本来のショートカットの髪型をさらけ出すと、ボクはハッキリ大きな声で、真実の答えを口にした。
「はい、ボクは男です」
ボクの答えを聞いた魔女やファミリアーたちは、口々に思い思いの言葉を唱え始めた。
「男性がウィッチレースの世界に潜り込んでいたなんて、許せない!」
「セスナさんが男? そんなの、ありえないよ! だって、あんなに可愛いじゃない!」
「でも、男だよ!? 信じられない! こんなこと、前代未聞だよ!」
「どうすれば、いいのかしら?」
「決まってるじゃない! 追放よ、追放!」
「魔女とファミリアーは一心同体なんだから、ヒミカさんも追放されるってことよね?」
「ええ~? さすがにそれは、かわいそうじゃない?」
いろいろな意見が飛び交う。
ボクが男だと知ったら、全員が全員、否定的な目を向けて排除しようと考えるに違いない、と予想していた。
でも、中にはボクやヒミカを擁護してくれるような意見もまじっていることに驚く。
とはいえ、おそらく処分を免れることはないだろう。
覚悟はもう、できている。
ふと見ると、目の前にはヒミカと一緒にいることの多かったライバルたち三人が並んで立っていた。
「すごいですわねぇ~、セスナさん。男性だったなんて、わたくし、全然気がつきませんでしたよぉ~」
「にゃははっ、そうだね~! それだけの演技ができるなんて、素晴らしい能力だとも言えるよねっ!」
オードリアさんとミルクちゃんは、いつもと変わらない明るい口調で、ボクに話しかけてくれた。
こっちのほうが拍子抜けしてしまうほど、ふたりの様子は普段どおりだった。
もちろん、ファミリアーの三人も普段どおり、それぞれのパートナーの傍らで穏やかな表情を浮かべている。
ただアリサさんだけは、むすっとしたまま腕を組み、なにも話しかけてはくれなかった。
アリサさんの心の中には、否定的な思いが渦巻いているに違いない。
だけど、そういう人がいても仕方がないだろう。
ボクは若干寂しい気持ちを覚えながらも、厳しい現実として素直に受け止めていた。
ともあれ、オードリアさんたちの声を聞いて、ヒミカの表情もわずかに緩んでいるように思えた。
なんとなく他の人たちの視線も和らいだように見える。
と、誰かがこんなことを言い出し始めた。
「あれ? でもそうするとヒミカさんとセスナさんって、一緒のベッドで毎晩……。きゃ~っ!」
辺りの雰囲気はそのまま、ボクとヒミカを冷やかす方向へと変わっていく。
さっきまでのように痛い視線を受けるのは嫌だったけど、これはこれでちょっと、恥ずかしい……。
ボクもヒミカも、真っ赤になってうつむいていた。
「みなさん、静粛に!」
業を煮やしたのだろう、井戸端会議をするおばさんたちのように騒がしくなっていたロビーに、アイカさんの凛とした声が響く。
「セスティリアフォルナさんの処分を発表します。ウィッチレースの伝統を汚すことになりますし、やはり、ヒミリエリュフィーカさんともども、今までに獲得したスターウィッチの全ポイントをはく奪、失格とし、さらにウィッチレースの世界からは追放処分と……」
淡々と宣言するのアイカさんの声を、ボクはヒミカの手を握り合い、唇を噛みしめながら聞いていた。
これですべてが終わってしまう……。
そう考えると、涙が込み上げてくる。
ヒミカのわがままで田舎村から出てきて、もう一年近く経つ。
そのあいだに、いろいろなことがあった。
それらが、あたかも走馬灯のように脳裏をかすめゆく。
楽しかったこと、つらかったこと、そのすべてが思い出となって押し寄せてくる。
長いようで短かった日々。
総じて考えてみると、とても充実した毎日だった。
でも、仕方がない。
今日でこの生活も終わるのだ。
諦めの境地にたどり着いた、そんな気持ちだった。
そのとき――。
「待ってくれ!」
長いスカートを優雅に揺らめかせながらアイカさんのもとへツカツカと歩み寄り、大声を上げて宣言を止める女性が現れた。
それは、ボクとヒミカをこのウィッチレースの世界に導いてくれたホウキ星、フェリーユさんだった。
「ウィッチレースは確かに、ここ数十年のあいだずっと男子禁制の流れになっていたが、規則としてそう決まっているわけではない」
呆然と見つめ返すことしかできないアイカさんを目の前に据えて、フェリーユさんは語り始める。
「そもそも最初は、鳥が翼を羽ばたかせて飛ぶように大空を華麗に舞うレースというイメージで、ウィングレースと呼ばれていた。レースの出場者もサポートするパートナーも、半数以上が男性だったそのレースから、ウィッチレースの歴史は始まったのだ」
過去の歴史について言及するフェリーユさんを、アイカさんはただ黙って見つめていた。
「そこから長い年月が流れるあいだに魔女のレースとして定着し、ウィッチレースとなっていった。それに伴い、パートナーもファミリアーと呼ばれるようになった。だが、ウィッチレースと呼ばれるようになったあとも、男性には参戦させないという規制はなかったはずだ」
フェリーユさんは、大げさな身振り手振りを交えながら、アイカさんだけでなくこの場にいるすべての人に説き聞かせるかのように、言葉をロビーに響かせていく。
「何十年も前には、ファミリアーとして男性が入ることも多く、ごく少数だが、レース自体にも男性が参戦したという記録まである。スカートをはくのは伝統となっているのか、女装して参戦していたみたいだが、運営側も観客もそれを認めた上でレースとして成立していた」
「そ……そうなんですか?」
突然のフェリーユさんの登場で勢いを失くしていたアイカさんだったけど、思わず、といった様子で訊き返していた。
「ええ、そうですわね」
答えたのは、ママさんだった。
ママさんもフェリーユさんを後押しするように、いつもの優しい笑顔をたたえながら、アイカさんを見据える。
アイカさんは今、運営委員長という役職を担っている。
とはいっても、その地位に就いてからはまだ四~五年といったところらしい。
それに対し、ママさんはスターウィッチに参戦してからでも、十年近く経つ。
リトルウィッチやトゥインクルウィッチに参戦していた時代もあったはずだから、魔女としてのキャリアはもっと長い。
そんなママさんに意見されれば、運営委員長のアイカさんであろうとも、無視することはできないのだろう。
「ですが、昔と今では時代が違いますし……」
勢いは失っていたものの、アイカさんは反論を返す。
自分の役割はしっかりと果たさなければ、という思いがあったのかもしれない。
その声を聞いたママさんは、微笑みを浮かべながらも黙っていた。
フェリーユさんがすっと一歩前に出て、ママさんが言葉を続けるのを制したからだ。
そしてフェリーユさんは再びアイカさんに視線を向けると、ゆったりした穏やかな口調で語り始めた。




