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ヒミカに対する痛い視線や罵倒する声は、日に日に激しくなっていった。
そのたびにヒミカは落ち込み、ボクの手をぎゅっと握って肩を震わせていた。
数日ほど経つと、検査入院していたアリサさんも退院し、メロディさんにつき添われながら魔女ホテルに戻ってきた。
いつも集まって話していたメンバー――すなわち、ヒミカ、オードリアさん、ミルクちゃんと、そのファミリアー陣が、ホテルの廊下でアリサさんを出迎えた。
「アリサちゃん、お帰り~!」
「ただいま、ミルクちゃん!」
アリサさんには、普段どおりの明るさが戻っていた。
「大変でしたねぇ~。もう大丈夫なんですかぁ~?」
「うん、バッチリ! 検査入院なんて暇で暇でイヤよね~。帰ってこれて、ホントよかったわ!」
オードリアさんにも笑顔で答えるアリサさんは、以前となにも変わらないように思えた。
だけど……。
「よかった……」
控えめに声をかけたヒミカを一瞥すると、アリサさんの表情は一変して、不快さをあらわにする。
そして、ぷいっと顔をそむけたかと思うと、ヒミカの横をすり抜けて歩き始めた。
去り際、アリサさんは嫌悪感を多分に含んだ苦々しい声をしぼり出す。
「あんたなんかと話したくないわ。……この、卑怯者!」
アリサさんはそのまま振り返ることなく、部屋の中へと消えていった。
メロディさんも慌ててそのあとに続く。
残された面々は、黙ってアリサさんを見送ることしかできなかった。
アリサさんの姿が見えなくなると、視線はヒミカへと向けられた。
必死に歯を食いしばり、涙をこらえている様子のヒミカ。
そんな彼女に、ぼそりと痛い言葉が突き刺さる。
「……やっぱり、ヒミカさんが……」
「こ……こら、マリア!」
つぶやいたのは、オードリアさんのファミリアー、マリアさんだった。
それを聞き咎め、オードリアさんが叱咤の声をぶつける。
「えっと……わたくしたちも、部屋に戻りますねぇ~」
引きつった笑顔を張りつけたまま、オードリアさんはマリアさんの手を引いて部屋へと戻っていった。
「あっ、それじゃ……ミルちゃんたちも戻るねっ! ばいばいっ!」
ミルクちゃんとサリーさんも、そそくさとこの場を立ち去った。
一気に静まり返った廊下……。
残されたヒミカも、のろのろと歩き始め、自室へと戻る。
ボクも黙ってヒミカに続いた。
部屋に入ってドアを閉めると、ヒミカはベッドに突っ伏し、嗚咽を漏らしていた。
アリサさんは、明らかにヒミカを疑っているようだった。
マリアさんも疑いの念を抱いているみたいだったし、それを叱責したオードリアさんも、同じように考えているという可能性は高い。
ミルクちゃんがそそくさと部屋に戻ったのだって、ヒミカを疑わしく思っているからだったのかもしれない。
実際どうなのか定かではないけど、信頼して心を許し合っていると思っていた仲間たちに、どうやら疑われているらしいという現状。
それを、ヒミカは重く受け止めたのだろう。
この期に及んで涙を抑えられるような強さを、今のヒミカが持ち合わせているはずもない。
そんなヒミカを支えてあげなければならない立場のボクではあったけど……。
どうやって声をかけていいかわからず、ただヒミカの上下する背中を見つめ続けることしかできなかった。
☆☆☆☆☆
ぎくしゃくとした雰囲気ながらも、仕事はしなくてはならない。
今日はスターウィッチに参戦するホウキ星たちの握手会が行われていた。
ヒミカに関する噂は、一般の人にまで伝わっているようだった。
純粋に「頑張って」と声をかけてくれる人が多いのは確かではあったけど、中にはあからさまに罵ってくる人もいる。
ヒミカの手を痛いくらいに握り、「アリサさんにあんなことをするなんて許せない!」と恨みの視線と怒声をぶつける人までいた。
アリサさんの熱狂的なファンに違いない。
そんな言葉を受けるたび、ヒミカは顔をしかめ、泣き出しそうな表情になる。
ボクはヒミカの肩にそっと手を添え、少しでも気分を落ち着かせようと努めていた。
罵声を向けられたりはしたものの、握手会自体はとくに何事もなく終了した。
他のホウキ星たちも含めた全員の握手会の場だったため、ヒミカに怒りの念を持っていたとしてもイベントを妨害するわけにはいかないという理性が働いたのだろう。
でも握手会が終わると、その状況も一変してしまう。
控え室へと戻ろうとしたヒミカを、大勢の人たちが取り囲んだのだ。
突然のことに戸惑い、おろおろするばかりのヒミカ。
ぎゅっと、ボクの手を握ってくる。
ボクもヒミカの手を握り返した。
取り囲む人たちはみんな、ヒミカに怒りの表情を向けていた。
「この卑怯者! 恥ずかしくないのか!?」
ひとりの男性が怒鳴り声を上げる。
それを皮切りに、取り囲んでいた人たちが一斉に怒号を吐き出し始めた。
「おい、ヒミカ! お前、ホウキに細工をしたり薬を使ったりするなんて、ひどすぎるぞ!」
「ウィッチレースの世界から除名されるべきよ!」
「そうだそうだ!」
「あんたなんかに、ウィッチレースで飛ぶ資格なんてないわ!」
「そのとおりだ! お前なんか、やめてしまえ!」
勢いに任せて思い思いの罵声をヒミカに浴びせかける人々。
ヒミカは必死に涙が溢れ出してくるのを堪えている。
「や・め・ろ! や・め・ろ! や・め・ろ!」
人々の意思はひとつとなり、やめろコールが鳴り響いた。
ヒミカは耳を押さえてしゃがみ込んでしまう。
ボクはヒミカの小さな背中を見つめながら、そっと肩に手を添えることしかできなかった。
「ちょっと、みなさん! もう、やめてください!」
さすがに耐えかねたボクは、顔を上げて群集に懇願する。
だけどその声は、四方八方から襲いかかるやめろコールによって、かき消されてしまうだけだった。
コールの声は、どんどんと大きく重ね合わせられていく。
あまりの声量に、ボクですら脳が壊れてしまいそうな錯覚に陥る。
ましてや怒声を向けられている当人のヒミカにとって、どれほどの苦痛となっているか、ボクには想像もつかなかった。
ヒミカはしゃがみ込んだまま、ただただ肩を震わせていた。
床には涙の粒が、ボタボタと止め処なくこぼれ落ちていく。
そんなとき――。
「いい加減にしないか!」
十数人もの人が声を合わせて放っていた、やめろコールにも負けないほどの大声が、辺りに響き渡った。
その、澄んでいながらもどんな喧騒にさえ負けない力強い響きに、やめろコールを叫んでいた人々は一瞬で口をつぐみ、周囲は静寂に包み込まれる。
声の主はフェリーユさんだった。
フェリーユさんは人垣をかき分けるようにツカツカとこちらに歩み寄り、ヒミカの肩にそっと手をかける。
「ヒミカ、大丈夫か?」
続けて優しい口調で語りかけると、ヒミカを支えるようにして立ち上がらせた。
「ん……、大丈夫……」
ヒミカは赤くなっていた目をこすりながら答える。
それを聞いたフェリーユさんは、温かな微笑みを浮かべて頷き返していた。
フェリーユさんに続いて、ママさんに連れられる形で、ウィッチレースの運営委員長であるアイカさんと世話係のマナミン・カナミンのふたりも、群集のそばまで歩み寄ってきた。
その横には、事故の被害者であるアリサさんまでもが控えている。
全員揃うのを見届けたのち、フェリーユさんは取り囲んでいた人たちを睨みつけるように視線を巡らせた。
「調査の結果が出たので、ここにお知らせする。先日の一件だが、ヒミカは犯人ではない!」
フェリーユさんが高らかと宣言する。
ママさんも、いつもの優しげな笑顔で、大きく頷いていた。
「詳細につきましては、わたくしのほうからお話します。アリスミシェルラテレサさんの事故の原因は、ヒミリエリュフィーカさんによるものではありません。それは確実に判明しました」
アイカさんがフェリーユさんの言葉を引き継ぐように語り始めた。
取り囲んでいた人たちの中から、「じゃあ、犯人は誰なんだ?」という声が聞こえてくる。
「犯人なんて、いなかったのです」
アイカさんはきっぱりと、そう言い放った。
彼女の説明によれば、燃料タンクの中に入っていた木の実は、アリサさん本人が誤って落としてしまったものなのだという。
レースの数日前、アリサさんはひとりで飛行練習をしていた。
その途中で、アリサさんはホウキのマナオイルが少なくなっていることに気づいた。
ファミリアーであるメロディさんは買い出しに行かせていたから、自分で給油するしかなかった。
マナオイルは多めに作ってあったので、アリサさんはそれをホウキに注ぎ込んだ。
給油したあと給油口にフタをしようとしたアリサさんは、手を滑らせ、フタを地面に転がしてしまった。
坂道だったこともあり、コロコロと転がっていく給油口のフタ。
アリサさんは焦った。
マナオイルは空気に触れると徐々に魔力が抜けてしまうため、なるべく早く給油口を閉める必要がある。
それに、虫などが入ってしまっても問題が出るだろう。
そこで、近くにあった木から葉っぱと実をもぎ取り、その葉っぱの上に重しとして木の実を乗せる形で一旦給油口を塞ぎ、転がったフタを取りに向かった。
転がったフタを無事に拾い、アリサさんはホウキのもとへと戻った。
葉っぱと木の実をどかして、フタをはめようとしたのだけど。
またしても手が滑って、木の実がポチャンと給油口の中に落っこちてしまった。
ん~、ま、いいか。べつに問題ないわよね。
そう考えたアリサさんは、そのままフタを閉めてしまった。
これが、マナオイルに木の実が混入した真相だった。
次いで、睡眠導入剤についても語られた。
アリサさんは体調の悪い日が続いていて、レース当日だけでなく、その前日にも風邪薬を飲んでいたらしい。
勝手にメロディさんのポーチをあさり、風邪薬のビンを取り出して飲んだのだけど。
使い終わったビンをポーチに戻す際、たまたま似たような透明のビンだった睡眠導入剤を間違えて入れてしまった。
アリサさんは寝つきも悪いようで、たまに睡眠導入剤も使っていたとのこと。
意外とデリケートなんだな、アリサさんって。
ちょっと失礼かもしれないけど、ボクはそんな感想を抱いてしまった。
「だから、あたいの自業自得だったのよ」
アリサさんは相変わらず腕組みを続けたまま、悪びれた様子もなく言ってのけた。
「そういうわけですので、みなさん、この件に関しては忘れていただけるとありがたいです」
アイカさんは、周囲の人々に言葉を向ける。
さらに、
「ウィッチレースの運営委員会としても、今回の集団暴行未遂事件を、なかったことにしたいと思いますので」
少し強めの口調で、彼女は続けざまに宣言した。
つまりは、ヒミカに対する行為をなかったことにするから、これ以上騒がないように、と念を押しているのだ。
脅しの意味合いも含んだアイカさんの言葉ではあったけど。
ヒミカを取り囲んでいた面々としては、自分たちが勘違いしてこんな事態を引き起こしてしまったわけだから、それを受け入れるしかなかったのだろう。
ひとり、またひとりと、彼らはバラバラと散っていき、ボクたちの周りには優しい笑顔をたたえる数人だけが残された。




