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ボクたちは、トークイベントをこなしたあと、別の都市へと移動した。
二戦ごとにこうして滞在地が変わるのは少々面倒ではあるものの、観光気分も味わえて楽しい要素でもあった。
レース自体は一ヶ月に一度だけ。移動したあとも撮影会や握手会といったイベントに出る必要はあるけど、それ以外は自由に生活していいことになっている。
ボクとヒミカは、街に繰り出してショッピングを楽しんだり、都市から少し離れた観光地なんかを巡ったりもして、それなりに有意義な日々を送っていた。
今年度のウィッチレースが始まって二ヶ月、表彰台にこそ上っていないものの、上位での争いも経験したヒミカ。
どうやらヒミカの知名度も徐々に高まってきているらしく、たまに声をかけられるようになっていた。
そのたびにヒミカは顔を真っ赤に染めてうつむき、ボクの手を引いて逃げるように走り去ってしまう。
ヒミカはもうちょっと、愛想よくすることを覚えないといけないとは思う。
だけど、このままでいてほしいと考えてしまうのも事実だった。
ヒミカが人気者になって、ボクから離れてしまうのが、怖いのだ。
もちろんファミリアーをしているのだから、ヒミカから離れるなんてことがあるはずもないのだけど。
もしボクが男だとバレたら、どうなるかはわからない。
ついつい悩みの渦に沈んでしまいそうになる。
でも、ヒミカに余計な心配をかけたくないボクは、すぐにそういった考えを振り払うのだった。
やがて、第三戦の開催日となった。
会場の盛り上がりは、舞台となる都市が変わっても同じように凄まじかった。
ウィッチレースは本当に多くの人から愛されているのだと、その熱気から感じられた。
ボクはヒミカのファミリアーとして、必死に頑張っているつもりだ。
ヒミカだって、汗びっしょりになりながらも華麗さを失ってはいけないというホウキ星としての使命をしっかりと果たしつつ、一生懸命戦っている。
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
「…………」
ヒミカが黙々と飛ぶ。
――バリバリバリバリバリバリッ!!
「トロトロ飛んでるんじゃないわよ!」
アリサさんが、ヒミカとぶつかるかぶつからないか微妙な位置取りで駆け抜けていく。
むろん、ヒミカも追いすがる。
――ホワワワワワワワワワワオン!!
「にゃははっ! ふたりがぶつかってリタイアしてくれたら、ミルちゃん、漁夫の利ゲッツなのだっ!」
ミルクちゃんがふたりの様子を眺めつつ、それでも超高速で風を切る。
――キュイイイイイイイイイイン!!
「わたくしも、そうなればいいと思いますわ~」
オードリアさんも、いつもと変わらぬ間延びした口調で喋りながら、耳をつんざくような飛行音を響かせる。
「わち、ぶつからない。アリサさんなんかに、負けない」
「あたいを『なんか』呼ばわりとは、いい度胸ね、ヒミカさん!」
「にゃははっ! もっとやれもっとやれ~!」
「そしてそのあいだに~、わたくしがまとめて追い抜いてしまいますわ~」
「ちょ……っ! ほんとに追い抜いていくんじゃないわよ! オードリアさんにも、ぶつけるわよ!?」
「やっちゃえやっちゃえ~!」
「いいですわよ~? 近寄ってきたタイミングで、ホウキの先端を弾いてしまいますから~」
「……オードリアさん、それ、反則」
「あら、そうでしたわね~。……ちっ」
「にゃははっ! オードリアちゃん、実は腹黒っ! アリサちゃんみたいっ!」
「な……っ! あたいは全然、腹黒じゃないわよ!」
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
――バリバリバリバリバリバリッ!!
――ホワワワワワワワワワワオン!!
――キュイイイイイイイイイイン!!
ヒミカを含む若手の注目ホウキ星たちは、四つ巴のバトルを演じていた。
四人は飛び方もそれぞれ個性的だ。
アリサさんは、『マッハハンドのアリサ』との異名が示すとおりなのか、相手にぶつかってでも追い抜こうとしてくる、パワフル系。
バリバリバリと空が割れるような飛行音を響かせることから、『稲妻アリサ』との呼称があるほど激しい飛び方をするのだ。
ミルクちゃんは、元気いっぱいな飛び方で見ているほうも楽しくなるような、パフォーマンス系。
くるくると回転しながらの飛行は、ミルクちゃんの必殺技だ。(なにが必殺なのかはわからないけど)
オードリアさんは意外にも(と言ったら失礼だろうか)、緻密なライン取りを心がける、ロジック系。
どうやら、ファミリアーのマリアさんがきっちりとコースを図面で把握し、綿密な計画を練ってレースに臨んでいるらしい。
そしてヒミカは基本に忠実な、オーソドックス系。自己流で身につけたわりには、突出した飛び方のクセなどもない。
ただ、反射神経はずば抜けているようで、ぶつかってくる勢いのアリサさんを軽くあしらっている。
ちなみに、ママさんとフェリーユさんは、すでにかなり前方にいる。
ヒミカたちを引き離してトップ争い中だ。
なお、ママさんはブレのない綺麗な飛び方で人々を魅了する、エレガンス系。
その実、空気抵抗を最小限に抑える効率さも兼ね備えている。
フェリーユさんは、気合いと勢いでねじ伏せる、マイティ系。
アリサさんと違うのは、絶対に他人を巻き込んだりしないクリーンなレース運びができるという点だろうか。
もっともアリサさんだって、ぶつかった相手を吹き飛ばしてリタイアさせるようなマネはしない。
ルール上、ギリギリ許される範囲をしっかりと考えて、あえてぶつけていく感じなのだ。
……頭に血が上ったら、どうなるかは保障できないけど。
「ほら、ヒミカさん、ぶつけちゃうわよ! ……と見せかけて、ラストスパート!」
――バリバリバリバリバリバリッ!!
「わっ、ずっこい! さすがアリサちゃん、卑怯者っ!」
――ホワワワワワワワワワワオン!!
「わたくしにはマネできませんわね~。と言いつつ、ヒミカさんを置き去りですわ~!」
――キュイイイイイイイイイイン!!
「ぐぅ、しくった」
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
四人がゴールラインを超高速で駆け抜けていく。
第三戦のレースは、第二戦とさほど変わりのない結果に終わった。
優勝はフェリーユさん、わずかの差でママさんが二位。
表彰台の最後のひとつには今回もアリサさんが上っていた。
四位以下は、アリサさんと同様に注目度も高い、若手の三人が並ぶ。
順番としてはミルクちゃん、オードリアさん、ヒミカの順だった。
実力が拮抗している直接のライバルたちの中では最下位となる六番手だったヒミカ。
それでもレース後のヒミカの笑顔は、まるで優勝したかのように明るいきらめきを放っていた。
ホウキ星としてスターウィッチのレースに出場して空を飛んでいることが、本当に嬉しいのだ。
小さい頃から様々なものに興味を持つヒミカではあったけど、その中でも魔法で空を飛ぶことには驚くほど執心していた。
村を訪れた魔女さんのホウキを譲り受けてからは、レースで必要なホウキの立ち乗りの練習に、ボクもよくつき合わされたものだ。
ボクはヒミカが飛ぶのをただ黙って見ていることしかできなかったのだけど。
ウィッチレースでは飛んでいる姿の美しさも重要だから、ボクが客観的に見て感想を言うことを求められたりもしたっけ。
その頃は、まさかヒミカが本気だとは思っていなかった。
それが今や、こうしてスターウィッチのレースで上位争いをしているなんて。
ほんと、信じられない。
懐かしい思い出に頬を緩めながら、ボクは表彰台に上っている三人のホウキ星たちを眺めていた。
インタビューの時間には、今回は表彰台に上った三人だけではなく、オードリアさんやミルクちゃんとともにヒミカも記者に囲まれていたけど、今はボクのそばに戻ってきている。
このまま控え室に戻って着替えたあとは、魔女ホテルに帰ってゆっくり休む。
今日の仕事はこれで終わりだから、疲れを癒すためにもしっかりと休まなくてはいけないのだ。
「それじゃ、戻ろう」
「うん」
ボクは、まだレースの余熱が残っているのか汗が止まっていないヒミカにタオルを渡すと、彼女を促して歩き出した。
ふと、控え室へと続く通路の手前に、見知った数人の姿があることに気づく。
それはミルクちゃんとそのファミリアーであるサリーさん、そして、あのいやらしいカメラマン――フレイムさんと、アシスタントのキララさんだった。
「汗に濡れた疲れきった表情も、なかなか素敵だゼ!」
まだ疲れの抜けきっていないミルクちゃんにカメラを向け、フレイムさんは容赦なく何度もシャッターを切る。
しゃがんで斜め下から見上げるようなアングルで、サリーさんを伴って通路を歩く姿を次々と写真に収めていた。
そのとき、微かに風が吹き込む。
それに合わせてミルクちゃんのスカートが大きく波打つと、ふわっと舞い踊るようにめくれ上がり、健康的な太ももがあらわになった。
その様子も、容赦なく撮り続けるフレイムさん。
「おっと、パンツまで写っちまったかな? へっへっへ」
ファインダーから顔をずらし、いやらしい笑いをミルクちゃんへと向ける。
「もう、エッチなんだからっ! もし写ってても、雑誌とかには使わないでよねっ!」
両手でスカートを押さえながら、ミルクちゃんは微かに頬を染める。
「へへっ、わかってるさ。ま、いい写真が撮れたってことで。お疲れさん!」
「うん。そちらもお疲れ様っ!」
いやらしい笑顔のままのフレイムさんが軽く手を振ると、ミルクちゃんも手を振り返し、通路の中へと消えていった。
「ほんと、あのカメラマンって嫌だよね」
控え室で着替えを終えたあと、ボクは通路を通りかかったミルクちゃんに声をかけた。
「ふえっ? ああ、フレイムさんね。あれがあの人の仕事だもん。ミルちゃんたち魔女は、撮られるのが仕事なんだよっ!」
いつもどおりの明るい声で、ミルクちゃんはそう答える。
彼女の後ろにはファミリアーのサリーさんも控えめに立っていて、ボクとヒミカに気づくと軽く会釈をしてくれた。
「前にもそう言ってたよね。でも、さっき、撮られてたでしょ? その……下着まで見えてそうな写真とかも」
ボクはさっきからずっと心に溜め込んでいた怒りを吐き出すかのように、一気にまくし立てる。
そんなボクの様子を、ミルクちゃんは意外なほど穏やかな表情で見つめていた。
「パンツは支給されてる見られてもいいのだったし、べつに恥ずかしくはなかったけどねっ。フレイムさんは絶対にそういう写真を使わないって、わかってるから。そりゃあさ、勝手に撮られちゃうのはちょっと……って思うけど、ある程度は許してあげてよっ!」
「……確かに昨日ママさんから話を聞いて、かわいそうだとは思ったけど、だからって勝手に写真を撮っていいって理由にはならないよ」
ボクはなおもミルクちゃんに食ってかかる。
ヒミカが写真に撮られることをすごく嫌がっているように思えたからだ。
ヒミカは自分で主張なんてできないだろうから、ボクがどうにかしないと、といった使命感に駆られていたのかもしれない。
そこで不意に、サリーさんが控えめな声を添えてきた。
「……フレイムさんのアシスタントをしているキララさんは、わたしの親友なんです……」
キララさんは、亡くなったフレイムさんの妻、アンナさんに弟子入りしていた魔女で、スターウィッチのレースではアンナさんのファミリアーもしていた。
だけど魔力欠乏症という病気にかかってしまい、やがて飛べなくなった。
その時期とアンナさんが亡くなった時期は、ほぼ同じ頃だった。
キララさんはもともと、フレイムさんとアンナさんの家に居候としてお世話になっている身だった。
アンナさんがいなくなり、自分も飛べなくなった。だからそのまま家にいることは、さすがにはばかられた。
出ていくしかない。
そうキララさんは決意していた。
ところが、フレイムさんはそんなキララさんを引き止め、家に住み続けてもいいと伝えた。
だからこそ、せめて少しでも役に立てるようにと、キララさんはフレイムさんのアシスタントを始めたのだという。
サリーさんは、昨日ママさんの話を聞くよりも前に、親友であるキララさんからこの話を聞いていた。
おそらくミルクちゃんも、それをサリーさんから聞いていたのだろう。
ホウキ星はアイドルのように華麗で美しい存在である必要がある。
その一瞬の輝きをも逃すまいと、写真に撮り続ける。
それはアンナさんに対する贖罪の念が強いことの表れでもあるのだと、サリーさんは語った。
最愛の妻を亡くしたフレイムさんがホウキ星たちの写真を撮ること。
そこにはアンナさんへの罪滅ぼしの意味も込められていたのだ。
「……ですから、あんな喋り方をしていますけど、いやらしい目線でわたしたちを見ているなんてことは、絶対にないんです……」
サリーさんの言葉に、ミルクちゃんも大きく頷いた。
「ま、ヒゲ面だから、笑い方が微妙にいやらしく見えちゃったりするんだけどねっ!」
ボクとヒミカは、彼女たちの言葉をただ黙って聞いていることしかできなかった。




