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ソラボシ! ~青空(そら)駆けるホウキ星~  作者: 沙φ亜竜
第2翔 わち、恥ずかしい
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-4-

 トークイベントを終えて魔女ホテルに戻ったあと。

 アリサさんは一緒に舞台に上がったヒミカたちを引き連れて、いつもどおりカフェテリアで紅茶を飲んでいるフェリーユさんとママさんのもとへと向かった。

 ボクたちファミリアー陣もアリサさんたちに続いて、カフェテリアに入っていく。


「あら、みなさんお揃いで。そんなに険しい顔をして、いったいどうしたのかしら?」


 ママさんが普段と変わらない優しい笑みをたたえながら、突然ドタドタと飛び込んできた侵入者たちにも動じないゆったりとした口調で声をかけてきた。

 その隣では、フェリーユさんも紅茶をすすりつつ、同じように穏やかな視線をボクたちのほうに向けている。


 そんなふたりを前にしても、怒りの形相を崩さないままのアリサさん。

 すぐ横にはヒミカたちホウキ星が、背後にはボクたちファミリアーの面々が並んでいる。


 アリサさんは、ママさんとフェリーユさんの目の前のテーブルに、叩きつけるよう両手をついた。

 そして身を乗り出しながら、呆然とした表情を浮かべているふたりに向かって荒げた声をぶつける。


「おふたりとも、聞いてください! あのフレイムって人、ひどすぎます!! どうにかなりませんか!?」


 アリサさんがカフェテリアに来た目的は、ママさんとフェリーユさんにお話があるからだった。

 その内容は、今ぶつけた言葉のとおり、フレイムさんについてだ。


 アイカさんのもとへ行って運営委員会に直接文句を言ったほうがよさそうではあるけど、大きなイベントを運営する側としては、雑誌社とのつながりなんかもあったりするものだろう。

 まだ参戦してさほど年月の経っていない、若手扱いされているアリサさんたちだけで意見したとしても、聞き入れてもらえない公算が高い。


 そう考え、ここへ来た。

 ホウキ星たちの中でもトップクラスのおふたりに話して、味方についてもらおうという魂胆だった。


 落ち着き払った雰囲気ではあっても、フェリーユさんやママさんだって女性だ。

 勝手に写真を撮られ、きわどい写真なんかを雑誌に掲載されることには憤りを感じているに違いない。

 だから絶対に味方になってくれるはずだ。

 ボクたちは確信を持ってここまで来たと言ってもいい。


 それなのに、おふたりから返ってきた答えは、アリサさんの出鼻をあっさりとくじくものだった。


「どうにもなりませんわね」


 相変わらず優しい笑顔のまま、そうきっぱりと言いきるママさん。

 フェリーユさんも涼しげな表情を浮かべ、ただ目をつぶって頷いていた。


 そこへ、ふたりの女性が近寄ってくる。

 彼女たちの持つトレイには、それぞれ四人分の紅茶とケーキが乗せられていた。


 ママさんのファミリアー、プリスチェリアマリンさん――通称プリンさんと、フェリーユさんのファミリアー、リリシェリナクランメリアンさん――通称リリアンさんだ。

 ふたりはボクたちの目の前のテーブルに、ティーカップとケーキ皿を並べていく。


 プリンさんは行動が雑な印象で、紅茶がこぼれてしまわないか、ケーキが倒れてしまわないか、心配になる感じだった。

 対するリリアンさんは慎重に運んでくれてはいるのだけど、手が微かに震えていたりして、こちらはこちらで心配になってしまう。

 全員分の準備が整ったところで、


「とにかくみなさん、落ち着いて、ね? お紅茶の用意もできたようですし、座りましょう」


 ママさんが席を勧めてくれた。

 ボクたちは言われるまま、席に着く。

 ママさんはさらに、お辞儀をして下がろうとするプリンさんとリリアンさんにも、


「あなたたちも、自分の紅茶とケーキを持ってきなさいな。わたくしたちと一緒に食べましょう」


 と、優しい笑顔をたたえたまま、続けてそう声をかけた。




「おっ、いいの!? やりぃ~!」


 少々戸惑い気味ではあったものの、プリンさんは素直に喜んで返事をしていた。

 プリンさんは日焼け気味な小麦色の肌をしていて、喋り方が若干気になる感じの人だった。


 ウィッチレースの世界は基本的に礼節を重んじる。そのため、言葉遣いにはうるさいのが普通だ。

 だけどプリンさんは、そんなことにはお構いなし。パートナーであるママさんに対してさえも、常にタメ口で喋る傍若無人さを誇る。

 実力があることは認めるけど、ママさんのファミリアーじゃなかったら、追放されてもおかしくないのではなかろうか。


 とはいえ、喋り方こそ礼を欠いているものの、ママさんの言うことだけはよく聞くし、レースに対する姿勢だけは誰よりも真面目。

 だからこそ、ママさんもなにも言わないでいるのだろう。

 もっとも、二十五歳の年齢なのに日焼けサロンで肌を焼いているという話を聞いたママさんは、さすがにこめかみをピクつかせていたけど。


「わたしって~、ママさんと違って、肌年齢若いし~」


 なんて言っていたのだから、相手がアリサさんやフェリーユさんだったら確実に手が出ているところだろう。


「ぶっちゃけ~、三十路越えとは違う人種っていうか~」


 ここまで言われても爆発しなかったママさんの穏やかさは、賞賛に値すると言える。




「あ……えっと……わたしも、ですか……? ありがとうございます。それでは僭越ながら、ご一緒させていただきますね」


 もう一方のリリアンさんのほうは、少々戸惑いながら頷いていた。

 こちらはプリンさんと違って、丁寧な言葉遣い。

 若干おどおどしすぎではあるけど、好感の持てる印象だ。


 ただ服装についてだけは、どうしても気になってしまう。

 どうやらリリアンさんは魔法少女系のアニメが大好きらしく、フリフリひらひらの可愛らしい衣装を身にまとっていて、腰には魔法のステッキまで下げているからだ。

 言うまでもなく、そんなステッキを振るっても、魔法が使えたりするわけではないのだけど。


 また、リリアンさんには少々――というか、かなりドジな面もあるようで、なにやら失敗してフェリーユさんに怒られている姿を何度も目撃している。

 さっきボクたちのティーカップやケーキを準備したときは大丈夫だったけど、お皿を割ったりなんて日常茶飯事。

 なにもない場所で転んだり、レース中でもファミリアーとしての指示を間違ったり、トラブルメーカーなのは否めない。


 それでも、フェリーユさんのファミリアーをしているだけあって、潜在的な素質は高いのだとか。

 ヒミカに魔女の素質があると見抜いてこの世界に引き入れてくれたフェリーユさんが言うのだから、おそらくは間違いないのだろう。




 プリンさんとリリアンさんは、一度カウンターまで戻って自分たちの紅茶とケーキを持ってくると、ボクたちやママさんと同じテーブルの席に着いた。

 ママさんとフェリーユさんは、いつも一番大きなテーブルで紅茶を飲んでいる。

 そのおかげで、総勢十二名となった現状でも、みんなで同じテーブルに着くことができた。


 リリアンさんはお約束どおりカップとお皿を落として割ってしまい、その後始末をしてから席に着いたわけだけど。

 そんな待ち時間は、アリサさんの頭を冷やすのに充分な役割を果たしたとも言えるのかもしれない。

 ともかく、プリンさんとリリアンさんが席に着くと、ママさんはいつもどおりの温かな笑顔をたたえながら口を開いた。




「……あの人ね、そんなに悪い人ってわけでもないのよ」


 そう前置きしてから、ママさんは語り始めた。


「フレイムさんの奥さんは、スターウィッチのレースで戦っていたホウキ星だったの」


 続けられた言葉に、ボクは驚きの表情を隠せなかった。

 フレイムさんの奥さんは、スターウィッチのホウキ星として活躍していた、アンジェリーノルシーナさん――通称アンナさんだった。

 だった、と過去形なのは、今はもう亡くなってしまっているからだ。


 ウィッチレースは近年、極限まで安全性が高まっているのはよく知られているとおり。

 レース中の事故で亡くなったわけではないということは、なんとなく予想できた。


 アンナさんは二年前、フェリーユさんやママさんと優勝争いを演じていた年に、交通事故で亡くなったらしい。


 レースの安全性は高まっていても、多くの人が使う自家用車の走る道路にまで、完全な安全設備を整えられるはずもない。

 それなりに安全面を考慮して、車道と歩道のあいだに衝撃を吸収する素材で作ったしきいを備えている場所も増えてはいるけど、事故には様々なケースがある。

 道路の設備だけですべての事故を防ぐのは不可能なのだ。


「あ……知ってる。アンナさんって、すごく綺麗な人だった……」


 アリサさんがつぶやく。


「ええ、そうね」


 たおやかに微笑むママさん。

 そのままの笑顔で、さらに話を続けた。




 アンナさんが亡くなった二年前、フレイムさんはすでにカメラマンの仕事をしていた。

 でも、今のようにホウキ星たちの写真を専門に撮っているわけではなかった。


 当時のフレイムさんは、自然の美しさに魅了された、野山を駆け巡って雄大な景色や動植物の撮影をする風景専門の写真家だった。

 今のフレイムさんからは、まったく考えられないな。

 ボクは正直、そう思った。


 妻であるアンナさんは、自分の勇姿を写真に収めてほしいと常々願っていた。

 対するフレイムさんは聞く耳を持たず、結局アンナさんの願いは叶うことなく、はかなくも散ってしまった。


 アンナさんが事故で死線をさまよっていたそのとき、フレイムさんは山にこもって写真を撮っていた。

 そして山から戻ったフレイムさんを迎えてくれたのは、もう決して笑うことのない妻の変わり果てた姿だった。


 最愛の妻を亡くしたフレイムさんは、どうしてアンナさんの願いを叶えてやらなかったのかと、流れる涙を隠しもせず大声で泣き叫び、心の底から悔やんだ。


 事故に遭ったとき、スターウィッチのレースを終えたアンナさんは自分で車を運転して自宅へと戻る途中だった。

 レースに出場する魔女たちは通常、魔女ホテルに滞在する。といっても、それは強制ではない。


 十二歳未満という制限のあるリトルウィッチに参戦する魔女たちに関しては、基本的にまだ学生だからということもあり、ほとんどの人がレースのある日だけ開催地に来ている。

 また、トゥインクルウィッチやスターウィッチに参戦する魔女の中にも、アンナさんのように結婚していて自宅がある場合など、レースが終わると帰っていく人はいる。


 レース以外にも握手会などのイベントのたびに招集されるため、帰宅するのはあまり効率がいいとは言えないのだけど。

 アンナさんが魔女ホテルを使わず、家に帰るようにしていたのは、旦那さんであるフレイムさんと少しでも一緒にいたかったからなのだろう。


 そんなある日、アンナさんはレース後の帰り道に事故を起こしてしまった。

 レースで疲れ果てていたことも原因となったのかもしれない。

 フレイムさんは、もし自分がずっとそばにいたなら車の運転もしていただろうから、妻が事故に遭うこともなかったはずだと考え、思い悩んでいた。


 後悔の念に打ちひしがれていたフレイムさんに力を与えたのは、今アシスタントとしてずっとそばにいるキララさんだった。


 アンナさんのファミリアーをしていたキララさんは、事故に遭ったとき、同じ車の助手席に乗っていた。

 ファミリアーとして支える身ではあったものの、免許のないキララさんには、疲れたアンナさんの代わりに運転することができなかった。

 キララさんもそれを悔やみ、自分だけが助かってしまったことで深い苦しみを背負っていたのだ。


 それなのに――。


「アンナさんの勇姿は撮ることができなかったけど、スターウィッチには数多くのホウキ星がいます。そんな彼女たちの姿を写真として残すことこそが、アンナさんへのせめてもの罪滅ぼしになるんじゃないでしょうか?」


 自分自身も苦しみを抱えているというのに、無理してまで優しい笑顔を浮かべながら向けられたキララさんからの言葉……。

 彼女の温かい想いに触れ、フレイムさんはホウキ星たちを撮影するカメラマンになることを決めたのだという。




 ママさんの話が終わっても、しばらくは誰も声を出すことができなかった。


「ふ……ふん! だからって、見えそうなほどきわどい写真を撮ってもいいって理由には全然ならないです!」


 アリサさんは強がった口調で言い捨てる。だけどその声は、微かに震えていた。


 言われてみれば確かに、フレイムさんの写真を見て一番感じる印象は、ホウキ星たちの美しさ、可憐さ、勇壮さ、といったものだった。

 きわどい写真も載せられたりはしていた。

 それでもそれは、あくまでたくさんある写真の一枚という場合が多く、一番目を惹く位置には必ずと言っていいほど、レース中の勇姿を捉えた美しくも清々しい写真が掲載されていた。


 フレイムさんは、ヒミカたちホウキ星に、今は亡き妻の面影を重ねているに違いない。

 ヒミカもきっと同じような思いを抱いているのだろう、黙ったままボクの服の裾をそっと握っていた。


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