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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第一話 【逢魔が時、来たる!】
9/63

…… 9 ……

 実習の最初に、巡たち六年一組の面々が向かったのは、巡がかぼと出会ったあの雑木林だった。

 確かに学校のすぐ裏手だし、野生の植物も多い。ちなみにこの辺りの土地の所有者は、藤乃木学園の理事長である。実習の事前承諾も完璧だ。

「先生の目の届かないところに行くんじゃないぞー。三十分で集合な」

 朝比奈の合図と共に、持たされたストップウォッチを確認しつつ、それぞれの班があちこちに散る。が、この年頃の子供たちだけに、そこいらの雑草を引っこ抜けばいいと決め込んで遊びに走る者から、何とか食べられる物を探そうと必死になる者までと、反応はまちまちだ。

「きのこは採取禁止な。触るのもダメなのがあるから気をつけろ。それと、採ったものは、一度は自分で口に入れてもらうからな~」

 朝比奈の言葉に、生徒たちは「うげ」と表情を変えて、そこそこ真面目に探し出す。もちろん毒性のある物は外すつもりだが、朝比奈はやると言ったことはやる教師だ。食わせると言ったからには、それが雑草でも本当に食わせる。


 まったく予習できなかった巡は、班で固まってあれこれと探しながらも、かぼの方をチラチラと気にする。この前まで眠りこけていたこの場で、かぼは楽しそうにひとりで遊んでいる。確かに皆にかぼの姿は見えていないようだが、逆に蹴り飛ばされたりしないのだろうかと思うが、これが器用にお互い避けているというか、自然と接触しない。


 いや、アレを心配している場合じゃない。


 巡は植物の採集に集中力を戻した。

「成瀬~。この赤い実って、良く見ない?」

 同じ班の女子に声をかけられて、巡はしげしげとそれを眺める。背の低い木に小さく実る柔らかい実は、確かにどこかの家の庭で見たことがあるような気がする。けれど、それが食べられるかどうかはわからない。一見食べられそうに見えなくもないが、今ここで試してみるのは厳禁されている。毒のある物だと困るからだ。

「取っていってみる?」

 いくつかの実を、潰さないように採ってビニールの袋に入れた。

 あちこちを目で追っていた朝比奈は、そんな巡たちの様子も視界に入れている。

 ──いいもの見つけたなあ。

 朝比奈は声に出さずにほくそ笑む。その木は一箇所にしかないようだから他の班は気付いていないようだが、あれはそのままで食べても甘いし、薬にもなる実だ。巡は全然予習など出来なかった様子だが、ひとつはクリアしたらしい。


「メグ~、メグ~」

 かぼに呼ばれて、巡は無言のまま彼女に近付いた。

 遠目では気付かなかったが、そこには小さな川が流れている。街に流れる河川と合流しているのかもしれない。

「この草、見たことあると思うんだがの~」

 気付けば植物採集に参加しているかぼだ。誰にも聞いてはいけないという決まりだが、結局かぼも植物には明るくないらしいから、まあいいだろう。

「たしか食べられると思ったんだがの。しかしこんな形だったかのー?」

 怪しいことこの上ない。が、突っ込みたくてもこの場では叶わない。

 まあいいやと、それを根ごと引っこ抜いて、数本を仲間のもとに持って帰る。


 そうこうしているうちに、三十分が経過した。


 全員を集合させて、学校に帰るまでで一時限終了。それから、後半の植物選別が始まる。大したことをする訳でもないのだが、全員スモッグと三角巾着用だ。


「この班は……変わったもの持ってきたなあ」

 各班をまわる朝比奈は、巡の班に来て面白そうに顎に手を当てた。

「ユスラウメにマコモに、こりゃパセリか。あんなところに生えてるんだな。ほぼ当たりだが……惜しいな。マコモは、秋になれば何にでも使える食材なんだけどな」

 かぼが言っていた草を手にしつつ講釈する朝比奈。しかしこの担任、何気に野草に詳しい。

「ユスラウメはそのまま口に入れてみろ。甘いぞ。同量位の塩で漬けておいても薬になる。パセリは……言わずと知れた、だな。ルールだから一度は食ってみな」

 うえ、と嫌な顔をする面々。パセリが単独で好きだという人間は少ない。いわゆる付け合わせのパセリとは姿が違ったから気付かなかった。わかっていたら採って来なかったのに。でも試食からマコモは外してくれたのだから良しとしなければ。マコモは薬草にもなるが、若干刺激が強いから扱いに注意が必要なのだ。

「一応かぼのも正解だったろ? 間違いじゃなかったろ? 季節が違っただけだものな。偉いだろ? な、メグ? かぼだってやればできるのだからな!」

 ちょろちょろと巡にまとわりつきながら、身振り手振りをくわえてまくし立て、えへんと胸を張るかぼ。

 本当にコイツは、他人にバレたら困る自分の立場をわかっているのか。

「うるさいな、わかってるよ! 少し黙ってろ!!」

 つい、振り向きもせずに怒鳴ってしまった。

 ピタリと止む、教室内の喧騒。


 しまった。


「……それはオレに言ってるのかな?」

 笑顔が引きつる朝比奈教諭様。

「いや、違……その」

 かぼの存在には気付かれなかったが、代わりに妙な誤解を生んでしまった。

「先生に意見してくれる勇者な成瀬君は、後片付け当番決定な。皆の取ってきた収穫物の残り回収して、放課後教員室に持って来いよ」

 バシバシと巡の肩を叩く朝比奈。そういう行動を取る時の担任が本気で怒っていないことを皆知っているから安堵するが、何故巡が急にあんなことを怒鳴ったのか、クラスメイトにはわからない。

「なんだよ、どうしたの成瀬。パセリ、そんなに嫌いだったっけ?」

 肝を冷やしたらしい同じ班の男子が、大げさな仕草でこそこそと耳打ちをしてくる。

「ちが、いやえーと、うん、昨日ちょうど家でパセリも食べなさいって口うるさく言われて、それ思い出しちゃって」

「成瀬の家って、パセリも食べなきゃいけないんだ……」

 言い訳が苦しい。

 なんとかごまかせたようなそうでもないような、けれど他に適当な言い訳も思いつかない。本当に失敗した。


「うっかりだの~、巡は」

 ニヤニヤと巡をつつくかぼ。

 ――誰のせいだと思ってる!!!

 今度こそ声を上げずに、かぼと視線も合わせないように注意を払いながら、それでも巡は肩を震わせた。


 もう絶対に学校になんて連れて来ない。

 巡はかたく心に誓った。

 誓ったところで勝手についてきてしまうのだから、どうしようもないのだが。




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