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結局、週末はかぼの騒動のせいで予習どころの騒ぎではなかった。
実習のために、図鑑でも眺めて食える草の目星をつけておこうとか思っていたのだが、そのために外に出ても出かける先にかぼがついて来て、あれこれとのべつまくなし話を始めるから、調査にならない。
せっかくだからとかぼに野草について訊ねてみても、結果は芳しくなかった。かぼいわく、いくら彼女でも超自然的に様々なことを知っている訳ではなく、あくまで世の中の知識は人生の先輩程度だ、ということだ。
つまりが、野草については割と一般的なレベルでしか知らないらしい。
世の中の大局的な情報は勝手に取り入れるが、たとえば野草の名前まですべてが頭に記録されるわけではない、ということか。
まったく、おかしなうえに役にも立たないものに取り憑かれてしまった。
月曜日、実習となるのは三~四時限目。
「名簿順で班分けするぞー」
授業の合間の休み時間の後、再び教室に入ってきた担任、朝比奈がやたらはりきって声を上げた瞬間。
「なんだ。行き当たりばったり食用植物を探す授業なのか。こんな時ばかり予習をするなんて、メグはズルっこだの」
「────!!」
自分の席に座っていた巡の真横に、かぼがいた。
ガタン!!
思いっきり立ち上がってしまう巡。
「静かにしとけ、メグ。心配せんでも、他の者にわちの姿は見えておらんよ。だがぬしがわちを、ここにいる者として扱えば、他の者にも見えてしまうぞ」
「~~~~!!」
「おいおい成瀬。どうしたあ?」
急に立ち上がった巡に、朝比奈が呆れたように声をかける。クラスメイトも何事かと巡を見るが、確かに誰もかぼの存在に気付いていない。ように見える。
「……あ」
引っ込みがつかなくて、巡は逡巡する。
「あの……トイレ」
ドッと教室が沸いた。
「そりゃあ外に出る前にはトイレタイム取るつもりだけどな。今すぐか?」
むしろ休み時間に行っておけと言わんばかりだ。実際その通りだが。
「が、ガマンできません!!」
教室中から笑いが起こる。なんで自分がこんな目に。
行って来いよと笑う担任を尻目に、巡は脱兎のごとく教室から逃げ出した。もちろん、その後にはかぼもついてくる。
「学校にはついてくるなって言っただろ!」
授業中、誰もいない男子トイレの中で、巡はかぼに怒鳴りつける。いくら人がいないとはいえ、あまり大声を出すのはどうかと思うが、巡にそんなことを考える余裕はない。
「学校とやらを見てみたかっただけだ。ケチケチするな。さっきも言ったが、他の人間にかぼは見えておらんよ。ただ、メグがかぼに話しかけたりすれば、その場にいる皆に発見されてしまうだろうがの」
「どういう意味だ?」
かぼは、どこで憶えたのかビシっと人差し指を立てる。
「わちらはぬしのように逢魔の力のない者にはまず姿から見えない。だが、見えにくい、というだけで、そこに存在するのは確かだ。ぬしにはわちが見えているだろ? だからな、ぬしが皆の前でかぼと話をしたとすると、皆そこに何かがいるものだと認識する。そうやって意識をされれば、ほとんどの人間にわちの姿は見えてしまうのだよ」
もともと魔物を認識する力のある者には、その姿は視覚として捉えられる。だが、その力のない者でも、そこに誰かがいるのだと脳に情報を送って意識すると、見えてしまうものらしい。特に、これからの時期は。
早い話が、逢魔の力を持つ人間とそうでない人間の差は、その程度ということだ。
力のない者は、そこに何かがいるという情報を受けることで、後天的に魔物を目で見ることができる。対して逢魔は、それがなくとも自発的に魔物を発見してしまう。
「メグを介してわちの存在を知った者は、もうメグなしのわち単体も認識できるようになるがの。もうその人間にとって、わちは"そこにいる"存在になるからの」
なんという不安定な存在。
しかしそれでは、かぼのように一見魔物に見えないようなものを発見してしまった場合、見分けがつかなくて困りそうな気がする巡だ。たとえばもしもかぼが普通に街中を歩いていたとしたら、巡は誰かに「あんなところに小さい子がひとりでいる」などと言ってしまうかもしれない。その場合、言われた人間はどうなるのだろう。「あれ、さっきまで誰もいなかったような気がするんだけど勘違いか」みたいなことになるんだろうか。
なんだかとても面倒くさい。
まあそれはともかくとして。
今の問題は目の前のかぼだ。
「だったらボロが出ないうちに帰れ!」
巡は怒鳴るが、かぼはどこ吹く風。
「いいじゃないか~。ボロを出すも出さないもメグ次第だぞ? わちのことは知らん振りを決め込めば良いだけの話だ」
帰る気はさらさらないらしい。
ここで長く話をしていても、何事かと疑いをかけられるだけだ。
「~~~~~~~……」
問答していても仕方がない。というか、多分お話にならない。
「絶対、変なちょっかいかけるなよ……」
それだけ言うと、かぼは任せろとばかりに胸を張った。
何というか……先が思いやられる。