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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第一話 【逢魔が時、来たる!】
7/63

…… 7 ……

 ブラブラと道を歩く巡の後を、かぼはトコトコとついてくる。

 悶々とした体の巡とは正反対に、かぼの表情は呑気なものだ。何気に楽しそうでもある。

 昨日の夕方からの騒動のせいで、巡は夜もまともに寝付けなかったというのに、かぼの方は人間ではないと自称している割に、まさに爆睡状態だった。もっとも、最初に出会った時も幸せそうに眠り込んでいたのだけど。


「大体、なんでお前はあんな木の上に絡み付いてたんだ」

 後ろにいるかぼを振り返ると、彼女はキョトンと巡を見返した。

「別に、騒ぎが少なくて寝心地の良さそうなところを選んだだけだ? 何しろなあ、わちが眠りに就いたのは、これから生の刻が来るという時期だったからの」

「何の関係がある」

 なんだ、そんなこともわからんのか、とかぼはまた何かを悟ったような表情になる。わからないもなにも、巡にとっては魔物などという存在に出会ったのさえ初めてなのだから、その何たるかだってわかりようがない。

「生の刻が来て魔物の力が弱まるとはいえ、全ての人間に魔物が発見されないというわけではないからな。うっかり寝こけているうちに、もしも生の刻にわちらが発見されて、それで騒動が起こったとしたら、人間の持つわちらに対する負の感情に勝てないからの」

 うっかりすれば、そのマイナスのパワーにかき消される魔物も出てくる。だから魔の刻に属する者たちは、生の刻には皆一様にその姿を隠そうとするのだ、とかぼは語った。

「それにわちらは、生の刻の住人を脅かさないように、気を遣ったりもしていたのだぞ~、これでも。急に見知らぬ物体が出てきたりしたら、人間は驚くだろ」

 それをやってくれたではないか、昨日。それとも魔の刻になるのだから、もう解禁という訳か。

「かぼは、千年間眠りっぱなしだったって訳か?」

「いやあ~、たまには目を覚ますがの。メグと会う前に目覚めたのは、うん、百年ほど前に一度……かの? そうやって永いこと眠って待つしかなかった身なのだからな、少しは労われ」

 と言われても、どのように労わればいいのか巡にはさっぱりわからない。

「む」

 急にかぼが、表情を険しくした。

「なんだよ」

「これは……この匂いは」

 これまでにない俊敏さで、かぼはグルリとかぶりを振った。

「あそこに見えるアレは」

 かぼの視線の先にあるのは、成瀬家御用達の天笠和菓子店だ。

「あれに見えるはもしや、しゅーくりーむというヤツではないか!?」

 かぼが、店頭に山積みに陳列されているビシッと商品を指差した。

 本当だ。巡はいぶかしげな顔をする。なんだって天笠、和菓子店のくせに洋菓子にまで手を出しているのか。

「しゅーくりーむとなーーーっ!!」

 かぼは、加速装置起動と言わんばかりの瞬発力で駆け出した。

 が。


 ドタ――――――ン。


 景気良く、前のめりに転ぶ。

 由美香にはかせてもらったフリルのワンピースのスカートがめくれ上がって、またもかぼちゃパンツが丸出しになった。

 しかし屋根まで跳躍可能なこの幼女、なぜ普通に路上でコケるのか。狙っているのか。

「メグ……わちの……わちのことはいいから……早くぬしはしゅーくりーむを……」

「シュークリームは逃げないけどな。なんで僕がお前にシュークリームを買ってやらなきゃならないんだ」

 路上に倒れたままのかぼを、巡は冷たい視線で見下ろす。

「なんてケチんぼなんだ……」

「ていうかお前、最後に目覚めたのが百年前って嘘だろ」

 ギクリと、かぼが硬直した。

 シュークリームという存在を知っているあたり、結構最近外をウロついていたんじゃないのかと巡は想像する。

 かぼは、ははは、と乾いた笑いを洩らした。

「いや、そうだの、オホン。訂正するなら、メグの前に最後に人間と会話したのが百年前かの……多分、おそらくは……」

 まったく。

 巡はため息を洩らす。

 別に隠すようなことでもないのに、と思わなくもない。そうまでして人の同情を引きたい訳か? それにしても、殆ど眠って過ごしたと言う割に、あまりジェネレーションギャップを感じないということに、巡は今気付いた。

「なんでお前、それなりにこの世界に馴染んでるんだ? 全然生きてた時代が違うんじゃないか?」

 生きてた、という言葉が合っているかどうかはともかくとして。

「そりゃあ、わちらはいわゆる物の怪というか物の化だからの。世界の変動は、眠っていても勝手に吸収してしまうのだよ。だから世界への適応は早い」

 偉そうに語るが、とりあえずは起き上がってくれないものか。

「物の化?」

 かぼは、ようやく起き上がった。

 本人はまったく無頓着そうなので、巡は仕方なく身体についた砂を払ってやる。放っておいたら、通りすがりの人にどう思われるかわからない。

「魔物にも色々あるがの。最も多いわちらのような魔物は、いわゆるこの世界の物質が転じて魂を持った存在だ」

 木とか、火とか水とか石とか。人間が作った物から生まれる者もいる。

「人の言う座敷童子とかな。あれは家に憑く霊のように言われることもあるが、要は家から生まれた物の化だ。そういう、物質が転じて意志を持つようになった物の化は、世の情報を感知するのも得意なのだよ。自然と取り入れてしまう、と言うべきかの。もっとも、感知したくない変化さえも、取り入れなければならない例もあるが」

「なんだよ、それ」

「そのうちわかるだろう」

 ニヤリと笑ったかぼは、あらためて和菓子店を見やる。

「ぬしが植物採集に行きたいというから、こうして付き合ってやってるのだぞ。褒美のひとつも寄越してくれても良さそうなものだがの」

 こんな時ばかり子供らしい仕草で、かぼは指をくわえる。

 ひとりで出かけようとしていたのに勝手について来られた巡にしてみれば、不本意極まりない言い分だ。というか思い出した。週明けにある実習のために、巡は近所の雑草を観察に来たのだった。

「そうだ。こんなことをしてる場合じゃない」

 巡はさっさと歩き出した。

「メ~グ~」

「うるさいな。そんなに欲しければ、お前に甘い母さんにでも買ってもらえばいいだろ」

 歩みを止めない巡に、かぼは仕方なく再びトコトコと追いついて歩き出す。

「親睦を深めるために、二人でしゅーくりーむを食べたかったのにの~」

 そういうことは、自分で金を払って買ってから言ってくれ。

「メグはかぼに冷たいの。なんでだ?」

「常識で考えてくれ」

 普通、急に現れた得体の知れない者にたやすく心を許す人間は少ない。巡の家族が変わっているだけだ。だが、この魔物に常識などという言葉が通じるはずもないということを、巡はそれを口に出してから思い出した。

「今度の逢魔が時は……人間も魔物も苦労しそうだの」

 かぼはボソリと呟く。


 それはおそらく、頑なな人間のせいで。

 でもだからって。


 こんな時代が来ることへの覚悟なんて――少しも出来て、いないのに。




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