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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第五話 【いのち短し】
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…… 6 ……



「ちと、早すぎたかの」

 なは、と、かぼは笑う。

「別に今すぐという訳じゃあない。ただ、一生を共に歩むのは難しいなと思っただけだ」

「……」

 その予定もないうちから、別れの予告などするものではない。

 けれど、長い時を生きるかぼにとって、巡の一生は短すぎる。かぼの感覚でのんびりしていたら、巡だけがどんどん先を行ってしまうような気がして。

「なんで……そうなるんだよ」

 しかし巡にとっては、あまりに唐突過ぎる話だ。

 勝手に人の前に現れておいて。振り払っても振り払っても、しつこくつきまとった上に、居候まで決め込んだくせに。最初から別れることを前提にしているなら、どうして自分についてきたりしたのか。

 巡には、それがわからなかった。

「出会ったこと自体は、かぼのせいじゃなかろ」

 それはそうだが。

「出会ったのは偶然。別にお互いの意志じゃない。なのに出会ってしまったのだとしたら、その出会いはとても大切なものだ。違うか?」

「……」

 誰も、別れるために出会うわけじゃない。

 けれど、出会いの数だけ別れも存在する。どんなに近しい人間にも、いずれは。どれだけ長い時を共に過ごした後でも、いつか必ず、最終的には命の終焉という形で。

「出会ったのなら、仲良くしたいじゃないか。別れる悲しみに脅えていたら、誰とも巡り会えなくなってしまうぞ」

 理屈はわからなくはないが。巡は、実感として、まだそれがわからない。


「それならあ~」

 間延びした声が、巡たちの会話を遮る。

 芽衣だ。

「メグが結婚しなければいいんじゃない? ずっとこのままこの家にいれば、新しい家族の心配なんてする必要ないし、私たちはみんな、かぼちゃんのことを怖がったり邪魔にしたりしないんだし~」

 にっこりと、まるで罪を感じさせない芽衣の笑顔。

「大丈夫だよ~。そしたら、メグの面倒は私が一生見てあげるしぃ」

 芽衣、煩悩丸出しだ。

 多分彼女は、本当に一生巡の傍にいられたらいいと考えているのだろう。巡が結婚しなければ、自分が妻のように寄り添って一生面倒見るつもりでいるのかもしれない。

 ブラコンパワー炸裂で、無茶を言う。

「……芽衣……」

「おいおいおい、そりゃちょっと無理あるだろ」

「ええ~」

 この姉弟がヤバい道に曲がっていかないよう、一応、倫理上制止してみる律儀な朝比奈。

「でもさ……でも」

 巡が大人になることも、それで新しい社会や家庭と出会うのが事実なのだとしても。

「別に、四六時中一緒にいなければいけないってわけでもないだろ? 例えばちょっと離れた所にいたとしても、時々顔を見せ合うくらいのことは出来るはずじゃないか」

「ま、それはそうなんだがの……」

 同じ家の中で暮らすことが出来ないにしたって、時々会うことくらいはできるはずだし、もしかしたら、魔物と一緒にいるのを気にしない人との運の良い出会いだってあるかもしれない。なのにかぼは、巡の傍から忽然と姿を消すようなことを言う。

 けれど実際かぼは、いつかそうなるだろうという前提で巡に話をしていた。たとえどういう状況になろうとも。


 かぼが傍にいたら巡が生きにくいとか、そんなのは多分、言い訳だ。


 別れを恐れていたら、出会うことなど出来ないと。そう言いながらもかぼは、いつか来る本当の別れを、恐れていた。

 それは本当に、単なる気持ちの問題だけれど。


 かぼがずっと巡の傍にいたとしたら。

 いつかかぼは、巡の死に行く姿を、見送らなければならないことになる。


「わちも、ミズに偉そうなことは言えんの」

 置いていかなければならないミズに。置いていくことを恐れるミズに、偉そうに説教していた自分も、本当はこんなに臆病者だ。

 巡がこの世から消え去るのを目の前で見届けるくらいなら、そんな死に別れがまだ彼方であるうちに、離れてしまった方が楽だと。そうしてどこか、遠い空の下で。ヤツは元気かな、そろそろいい年になったかなと、思い馳せていた方が。

 もういい加減生きてはいないだろうなと、想像だけで済ませられた方が、どれだけ楽かと。


 これまで何度、そうやって親しい誰かを見送ってきたことか。

 何度、それを逃げてきたことか――。


 どれだけ繰り返しても、それに慣れることはない。

 それだけ繰り返しても。

 かぼの魂が、磨り減ってしまうことはない。

 消耗し、自分自身が消えてしまうこともかなわないまま、これからもずっと続いて行く、ただ繰り返される、出会いと別れ。


「なんなら、メグが選んでもいいぞ。かぼが去るのを見送る悲しみを選ぶか、それとも、ぬしがこの世から去るのを見送るかぼを悲しませる方を選ぶか。好きにしていい」

 そんな。

 そんな風に、言われても。

「ずるいよ……」

「そうだの、ずるいの」

 そんな風に巡に選ばせようとするかぼは、たしかにズルいのかもしれない。

 けれど、いつか来るそれだけは、紛れもない事実だ。


 かぼの次に年長である朝比奈が、ため息と共に肩をすくめた。

「まあまあお二人さん。そんなに焦って話を進めなくたっていいだろ」

 ほんの少し張り詰めたような空気の中、巡とかぼは朝比奈に視線を移した。

「今すぐって話じゃないだろ? そりゃ物の怪にとっては十年くらいあっという間かもしれないけどさ。まだまだ二人は、一緒にいていいはずなんだからさ」

 巡は、頷いた。

 深く考えすぎていた頭を、フルリと振る。

「うん。まだ、その話は後にしようよ」

 意味も無く、引き伸ばしたい訳じゃない。

「僕が大人になって、それまでずっとかぼと一緒にいて、ちゃんとものを考えられるようになってからだって遅くはないだろ。僕にはまだ、無理だ」

 別れというものを考えるのも、それに対する結論を出すのも。

 今しなければいけないことじゃない。

「そうか」

 別にかぼも、今すぐ結論を出したがっている訳ではない。ただ事実として、いつか来るそのことを、巡に伝えておきたかっただけだ。



 いつか巡にも、かぼの言っていたことが、わかる時が来る。

 人と共に歩み続けるが故に孤独な、かぼの思いも。

 けれど愛さずにはいられない、人と彼女とのつながりも。

 人という、永い時を歩む命の、自分はその儚い断片でしかないということも、だからこそ、その儚さゆえに、命は愛おしいものなのだということも。


 それを少しずつ拾い集めながら過ごすこれからを。

 巡はただ、かぼと一緒に歩いていけばいいのだ。


 いつかどこかで訪れる、その時まで。




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