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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第四話 【魔と降魔】
56/63

…… 23 ……



「生かしておくべきではなかったかな……」

 かぼが、ぽつりと物騒なことを呟いた。

「え?」

 何を、と、巡がかぼを見つめる。

「情に流されて、わちはあの時、子供を連れて逃げたがな……」

 その結果、どれだけの永い間、その子供たちは過去の悲しみと矛盾を背負って生きてきたのか。

 ほんの気まぐれと同情。それが、時代を越え連なる悲劇を生み出したのではないか。


 だが、かぼのその言葉には、氷村は軽く首を振った。


「そうでもないさ。確かにその事件、その当時に居合わせた人々と魔物には悲劇だったかもしれないが、我々子孫にとっては、あくまで過去の記憶でしかない」

 けれど、その過去の悲しみを自分のことのように記憶し、胸を痛めたのも事実で。だからこそ、同じ場所に存在する生と魔のあり方を変えたいと、氷村は考えた。

 悲しい過去があるからこそ、それを背負わなくていい未来を作れたならと。

 悲しみの中にあって、それは前向きな考え方だった。

「もっとも……私が子供を作りさえしなければ、人の中にある魔物の血は、私で終わるはずだがな」

 何故祖先たちは、ずっと血を繋いできたのだろうと、氷村も考えたことはある。

 しかもこれまでずっと、一代に、たったひとりだけ。

 二人以上の子供を持たず、けれどその血を絶やすことなく。

 そこには何がしかの意味も、あったのか。

 人の中の魔物の血を、木の根のように増やすことを恐れたのかのかもしれない。けれども、それを消滅させないようにと。

「本当のところは私にもわからんがね。だから私は無責任でも、私でこの血を終わらせてもいいと考えている。だからこそ、この時代において、自分に出来ることは全部してから終わろうと」

 無責任というか、血を残すことを強制された記憶は一度もないし、強制された祖先もいなかっただろうと思う。けれどそれでも血を残してきたことに、意味があるのは間違いないのだろうが。

「確かに少し、悲しかったかもしれないな。この血をここで終わらせてもいいと思うくらいには。だがだからこそ、生と魔を近づけようなどと考えもした。これは私だけではなく、連綿たる祖先全ての願いだ」

 君は歴史を変えたのかもしれないよ、と氷村は言った。

 しかしかぼは、苦笑しながらため息を漏らす。

「だが、わちはぬしのやり方には口も出せないが、感心もしないぞ」

 理由もわからず襲われた立場としては、当然だろう。氷村の出した魔物によって消滅の危機ですらあったのだ。それについては、氷村は否定もせずに唇の端をつりあげた。たしかに加減はしていたが、もしもという事態が絶対に起こらない訳ではないのだ。

 だがだからこそ、最初から覚悟もしている。


 魔物や人類の、敵となることも。


 氷村がそういうつもりであったから、藤乃木も氷村にそれを求めた。

 それでいいのだ。

「別に、問題ないわよ」

 それまで黙っていた少女が、陽気に口を開いた。

「だからセンセには、私がついているの。ひとりで悪者にならないで済むようにね」

 藤乃木高校に通うこの少女は、自身の力ゆえに氷村の本質と行動を知るに至り、高校に入学して以来ずっと氷村の手伝いをしてきた。藤乃木たちの作り上げた機関に属する若手であり、藤乃木が氷村につけた助手のようなものだ。

 藤乃木が彼女を氷村の助手につけたのは、他意があっての事ではないかもしれない。けれど、彼女の中にはきっと、彼と添い遂げる理由、もしくは答えがあるのだろう。

 彼女だけは、何があっても氷村の味方だ。例え世界が敵に回っても。

 ゆえに彼は、ひとりではない。


「そろそろ行くか……鳳」

 おおとりと呼ばれた少女は、かぼに向けていた視線を歩き出した氷村に移した。

「は~い」

 やるだけやって、飄々とそこから立ち去ろうとする氷村だったが、ふと足を止めて巡たちの方へと振り返った。

「ああそういえば、あのシュークリーム屋の主人にも、探りを入れるような真似をして済まなかったと伝えてくれ」

 彼がミズと接触していたのは確認済みだったが、それ以外の物の怪の影は、彼の周りにはまるで無かった。年齢のせいもあるかもしれないが、性格的にも落ち着いて安定しているようだったから、もしもこの先再び物の怪と接触するような事態が起こったとしても、彼なら上手く対応できるだろう。

 探りを入れられていることに気付いていたのだろうに、脅えるでもなく怒るでもなく、それこそ、水面のような人物だった。

「わかった……」

 シュークリーム屋にされてしまった荘二郎を気の毒に思いつつ、巡は否定せずに苦笑した。よほどシュークリームが、広くない店内で目立っていたのだろう。


 騒がすだけ騒がせて、あっという間にその場を去ってしまった氷村を見送りながら、地面に尻をついたままの朝比奈は盛大なため息をついた。

「疑問も文句も何もかも、藤乃木の爺さんが引き受けてくれるんだろうなあ……」

「……あ……」

 良く見れば朝比奈は、その肩を血で染めたまま座り込んでいる。通常重症といえる傷だが、その場にいた皆、きれいに忘れていた。

「痛いか? 担任」

 オロオロと、どうやって傷を手当していいかわからずに逡巡する成瀬姉弟と対照的に、しげしげとその傷を眺めるかぼとミーシャ。

「これが痛くなかったら、オレがおかしいよな。……まあ、いいさ」

 予想済みの傷だ。

 朝比奈に死の危機が訪れた時に、巡やかぼたちがどう出るか。その賭けのようなものだったのだから。

 それにこれからは、こんな傷が増える時代になる。確実に。


「しかし、悲しいもんだね。人間から出来た物の怪ってのも」

「……そうだな……」

 神妙になって呟く朝比奈の言葉に、かぼはどこか、遠い場所を思い馳せるような眼差しで、静かに頷く。

 そんなかぼの表情の変化を、巡はどう捉えていいのか計りかねるかのように、静かに見つめていた。




<第四話・了>




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