…… 22 ……
千年以上の長い時を、その血を絶やさずに生き続けてきた魔の子供たち。
その末裔である氷村が、身をもって知っている事実。
母体である人間に受け入れられなかった物の怪は、意趣返しのようにふたつの血を分けた子供を作り上げた。そうしてもなお、彼の居場所がどこかに出来るでもなく。更なる仕返しのように、人間は彼もその血を受けた子供もその母親である少女も、受け入れなかった。
そして彼は。
積み重なった怒りと屈辱を突き崩すかのように、一帯の人間を残さず滅ぼし。
結果、その集落は廃村となった。
その後彼は、自分と同じ物の怪たちによって、その魂を消された。
物の怪たちが一丸となって、彼に向かってきた訳ではない。
けれど、どこでどの物の怪と遭遇しても。怒りに満ちた目が、彼に襲い掛かった。
人間から生まれた物の怪であっても、人間よりは身体能力に優れ、魔の力を持ち、おいそれと他者に滅ぼされる存在ではない。けれど大なり小なりの力や属性の差こそあれ、同属である魔の刻の住人達に数の力で来られたら、単体の彼が勝てるわけがなかった。
自分たちの立場をも危うくする彼の行動を許す者は、ひとりとしていない。社会を持たない物の怪たちの中でさえ、まるでそうと示し合わせているかのように。彼を生かしていて良い存在だと認識する者は、誰もいなかったのだ。
彼は自分の所業によって、物の怪の中でも居場所を失った。
彼はこの世から消えて無くなり。
ひとつの集落が滅びた。
これが、互いに歩み寄れなかった生と魔が招いた、当然の結果だった。
「生は魔に、魔は生に裏切られる。それはもともと、相容れることのない道を行く者同士だからなのだろう。だから」
だから。
どうせ傷つけあうくらいなら、最初から共に歩むことなど考えなければいい。
だから問うた。
どういうつもりで、お前たちは共にいるのかと。
そして、もしも。
もしも、それでも共に行こうとするならば。そこに、何者にも引き裂かれることのない絆をしっかりと作り上げていけるようにと。
それが、彼と、彼の前を生きていた先達の、本当の願いだ。
そんな絆が、本当に存在するのなら。
違う存在である者同士が、それでも同じ時を過ごさねばならない時代は、必ずやってくるのだから。
「それを実現するために、私たちは命を繋いできたのかもしれないと、そう思うこともある。だからこそ、私は私の手が届くごく僅かな範囲だけでも、干渉して生きて行きたいと考えた」
生と魔が傷つけ合うことなく、できれば共に、ひとつの時代を過ごして行けるように。
そうでなければ、ふたつの血を持つ自分たちが悲しすぎる。
魔の刻が進めば、生の刻の住人たちは、じわじわと危機的立場に追われて行く。そうした時に憤りを向けるとすればその先は、魔の刻の住人たちだろう。お互いを侵食し合ってしか繁栄できない対の存在なのだから、仕方がない。
そうあってもなお、築ける信頼が。
確かにあるはずと信じたい氷村の思いは、ただの感傷だろうか。
もとより、誰も理解することの出来ない思いではある。けれどそれでも、人も物の怪も、長い時間の中にあって変わって行くものなのだと信じていたいのだ。
そして、次に来る魔の刻は、これまでとは違う。
魔物たちと、良くも悪くもちゃんと対峙していけるよう、土台を作り上げようとしている人間がいる。藤乃木たちのように。
生も魔も、昔のままではないのだ。
そんな組織からのバックアップを受けて、氷村は生と魔の絆に関わりながら生きて行ける。ひとりでは、到底出来ないことだった。
「社会そのものを変えたい訳じゃない。私はそんな大それたことをやり遂げられる力などは持ち合わせていない。だが、放っておけば起こりうる悲しみを、ひとつでも減らせるようにと願うことは出来る」
氷村は願い、その願いに則ってこれまで行動してきた。
そんな彼に、巡やかぼが見せた姿は、救いとも希望とも言えるかもしれない。
「君たちのその絆が、永く続くものであることを願うよ。裏切られる回数は少ない方がいい」
「……」
ずっと以前からこんなことを繰り返してきたのであろう氷村は、おそらく何度も裏切られてきたのだろう。裏切られるとはすなわち、信じているということだ。
真の絆を確かめるために、危機的状況をその手で作り上げて。
それでも揺るがないものを、見せつけてほしくて。
理由もわからず襲い掛かられる恐ろしさは、巡たちも痛感している。そうなった時に、自分の隣にいる物の怪を頼り支え合うのか、それとも畏怖するのか。巡たちは、自然な流れで前者となった。そしてそうはならない者たちも当然いるだろう。
「これからも続けるの?」
「ああ」
巡の質問に、氷村は即答する。
「相容れない存在と馴れ合うのもそれを避けるのも、それは個々の自由だ。相容れないのならせめて、攻撃的な手段はそっくり己に返ってくるということを肝に銘じなければならない。そして共存を選ぶのであれば、それもやはり、それ相応の覚悟が必要であることを知ってもらわなければ困る」
個人の問題で済まなくなる前に。
「今年度いっぱいは藤乃木で教鞭はとる。だがその後は各地を歩き回ることになるだろう。それは藤乃木からの打診でもある」
当然のように言う氷村に、朝比奈は肩をすくめた。
「大胆なことをするモンだな、あの爺さまも……」
本当の本気で、生と魔のバランスを保つために全力を注ぐ気でいるのだ。
その組織というヤツは。
「反感も恨みもあるだろう? 過激派の存在もある。せいぜいへし折られないように、気をつけてくださいよ」
皮肉めいた朝比奈の言葉だが、彼は本気で言っている。彼なりの気遣いであることは、氷村にも理解できているだろう。
「過激派の件は藤乃木が裏で動いているし、私自身のことも心配はいらない。とうに覚悟は出来ているし、自分で望んだことだ」
物の怪の血を引く数少ない人間である氷村が、自分に出来ることを。
それが、背負ってきた自分のものですらない悲しみを軽減できる術ならば。
余さずすべてを語った氷村が見せる微かな笑みは、決意も悲壮さも内包させていながらも、余裕のある力強いものだった。