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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第一話 【逢魔が時、来たる!】
5/63

…… 5 ……



 冗談だよ、と言ってくれる人間の代わりに、おやつを持った由美香が入ってきた。

「おまたせ~。天笠さんのとこの羊羹で良かった?」

 近所の天笠あまがさ和菓子店は成瀬家の馴染みだ。にしても母、チョイスが渋すぎる。対して飲み物がアイスレモンティーというあたりが、何が何だか。

 由美香は持ってきたトレーを一度巡の勉強机に置くと、壁際に立てかけてあったローテーブルをいそいそと部屋の中央に設える。

「かわいいのね~。お嬢ちゃん、お名前は?」

 ニコニコと笑う由美香に、少女もニコニコと笑い返す。

 そしてクルリと、巡に向き直って囁いた。

「わちの名前、何がいいのかの」

「!?」

「わち、特に名前など持っておらんでの。ぬし、適当に決めてくれ」

 なんだって!?

「そんなこと急に言われたって、無理に決まってるだろ!」

 あくまでボソボソと。何かを囁きあう二人を、由美香はニコニコと見守る。

「ほれほれ、早く決めんと、母に疑われてしまうぞ。人間には普通名前があるモノだからの。わちが人間でないなどと、どう説明する気かの」

「~~~~ッ!」

 友達として家に上がりこんだからには、名前くらい聞かれるのは当然かもしれないが、巡はそこまで考えていなかった。というか、相手に名前がないなどと、思いつきもしなかった。

 でも名前って。

 名前……。


 ……名前……。


「……………………かぼ」


 ようやく出た一言に、少女はくるりと由美香に向き直って笑った。

「"かぼ"だ」

「かぼちゃん? 可愛らしい名前ね~」

 そうか?

「どこの子なの? この辺じゃ見ないわよね。最近引っ越してきたとか。こんな夕方までお出かけしてて大丈夫なの? おうちの方、心配してない?」

 由美香、母パワー炸裂。

 悪びれずに質問攻めにする由美香に、たった今かぼという名のついた少女はひたすら笑顔で対応した。

「家も家人もないから大丈夫だ。わちはずっと雑木林で木にぶら下がっていたからの~。おかげで衣食住にも困る勢いでな。良ければここに住まわせてもらっても全然かまわんのだが」

 おいおいおい!

 母親にバラしたくないんだろなんて脅しておいて、台無しじゃないか!

 相変わらず、巡の叫びは声にならない。

「あらまあ……大変なのねえ」

「母さん!」

「まあ別に、わちは人間と違って飲み食いせんでもちーとも困らんのだがの、やはり潤いは欲しいではないか」

 そうねそうねと、由美香は頷く。わかっているのか、この母親は。

「永い間寂しい思いをしてきたというのにの~、この男は、すこぶるわちを邪険に扱うのだよ、母上」

「まあ……ごめんなさいね、私の教育、何か間違ってたかしら」

 間違っているのはこれまでの教育ではなく、母自身の感覚ではないか。

「わちが人間ではないからと言っての~。人間でなくたって、犬でも猫でもクンクンにゃーにゃーと鳴いていたら、つい連れ帰ってしまうのが、健全な子供の精神というものではないかのお?」

「ああ、そうね、そうよね。でもゴメンなさいね、私、子供たちが一度カモを拾ってきた時に、元の場所に戻して来なさいって怒っちゃったことがあったのよ~」

 数年前、それで巡は大泣きした。美しいというか、今となっては少々恥ずかしい思い出だ。

 それはともかく。

 人間ではないと自称する少女と、それを華麗にスルーする母。このやりとりが理解できない巡を、頭の固い人間と分類してしまっていいものか。もっとも、巡は彼女が人間ではないという証拠のようなものを見せられている当事者だから焦っているが、案外母親という人種は幼い子供の虚言にはおおらかだ。自分の子供ならともかく。

「カモは野生だでな。その判断は正しいよ、母上。だがわちは渡り鳥ではないのにの~」

「そうよね~。いいわよかぼちゃん。いくらでも我が家にいてちょうだい!」

「母さん! 何言ってんだよ!」

「だってかわいそうじゃない。人間じゃないんなら別に大丈夫でしょ。養子縁組とかの必要もないんだし」

 母、あなたの脳はブラマンジェなのか。

 全部冗談だとでも思っているのだろうか。いやそうなんだろう。だが、ここで母が冗談のつもりで了解してしまえば、本当にこの魔物はここに住み着いてしまう。ような気がする。

「じゃあ今日からご飯はひとり分余計に作らないとね。腕が鳴るわ~。楽しみにしててね!」

 由美香は上機嫌で、部屋を出て行った。

 ……そんな馬鹿な……。

 一体どういうつもりか。母もこの少女も。

 本当にこいつがここに住みついたら母はどんな反応をするのかと、巡はただただ頭を抱える。その時になってやいやいと説明を求められても、巡にはどうすることもできない。もちろん、今ここで責めたてられたところで同じことだが。

「ものわかりの良い母上だの。とてもぬしの母とは思えん」

「冗談だと思ってるだけだ!」

 多分、きっと。

「そうかの?」

 そんな巡に、少女はただ笑う。相変わらずの余裕の笑みだ。

 バレたら困るのは巡だなどと脅すようなことを言っていた割に、彼女はまったく正体を隠すつもりがない。むしろ積極的に自白しているあたり、わざとやっているとしか思えない巡だ。

「ところで~。『かぼ』か、なかなか良い名前ではないか。良く思いついたの」

 よく言う。思いつかなかったらどうするつもりだったのか。

 彼女のことだから、その時はその時でのらりくらりとかわすつもりでいたのかもしれないが。結局自分だけがムダに慌てる羽目になるのは変わらないのだろうと、巡はため息を漏らす。

「考えに考え抜いた、お前にぴったりの名前だ。可愛いだろう」

 半ばやけくそになって、巡は返す。台詞に反して、その表情と声音は大変に険悪だ。

「可愛いか、そうだの。かぼか、かぼ……。うん、可愛い名前だの」

 否。

 巡はこの少女を初めて目にした時に最初に視覚で認識したものを、思いつきでその口上に乗せてしまっただけだ。

 すなわち、巡の眼前に広がった「かぼちゃパンツ」を。

 名前の由来がかぼパンであることなど知る由もない少女は、自分についた名前にご満悦なようだ。


 聞きたいことなんてまだ山ほどある。

 前途の多難を感じて、巡はふたたび深い深いため息をついた。




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