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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第四話 【魔と降魔】
49/63

…… 16 ……



 かぼを囲っていた数体の魔物のうちの一体に、景気良く塩が撒かれた。


「な……!」

 一番驚いたのは、応戦していたかぼだった。

 ググと妙な音を立てて一瞬縮こまった魔物が、塩の飛んできた方向へと振り返る。一応動物と同じように、視界というものはあるらしい。

「何をやってる、メグ、芽衣!!」

 塩をたたきつけた張本人である巡と芽衣に、かぼは怒鳴りつける。

 一瞬手の止まったかぼの正面の魔物を、ミーシャの爪が切り裂いた。

「止まってる暇はねえぞ、かぼ。数が増えてる」

「すまん。けどな」

 塩を撒かれた魔物は一瞬ひるんだが、攻撃対象をかぼから二人へと移した。ズルズルと、しかし歩くよりも速い速度で巡たちの方へと向かう。魔物は塩の浄化能力に弱いが、それを撒いたり盛ったりしても、それは忌避剤にしかならない。塩のある場所で、魔物は留まったりはしないからだ。

「メグ、芽衣!!」

 しかし巡と芽衣は、ぎりぎりでその魔物の背後にまわり、それを二人がかりで全身で抱きしめた。押さえつける角度的に、魔物は巡たちに牙を剥くことも爪を振るうこともできなかったが、一歩間違えれば大惨事だ。

「グ、グ、グ」

 どこから出ているかも定かでない、唸るような音。

 巡と芽衣が全身で締め付けている部分から、魔物がグズグズと崩れ始めた。

「!?」

 魔物は砂のように崩れ落ちて、影のように地上を這いずった後で、消滅した。

「メグ……!?」

 魔物の一体を握りつぶしながら、かぼは二人に驚愕の視線を向ける。

「塩」

 全身塩だらけなんだ、と巡は呟いた。

 巡と芽衣は、小川で全身を湿らせた後に、塩をその身体に振るっていたのだ。

「半ば塩水みたいになっても効くんだねぇ……」

 妙な部分に感心している芽衣。

 すべての魔物が塩や聖水だけで消滅するわけではない。が、この魔物はその程度だということだろう。賭けとしてはいささか危険すぎるが。

「僕たちだって力にはなれるから、こっちのことは気にしないでいいよ」

 さらに、紙袋の中から塩を掴み出す巡に、新たな魔物と向き合うかぼはそれでも鋭い視線を向ける。

「危険なことに変わりはないだろうが! 一歩間違えば死ぬぞ、メグ!」

「それでも、何も出来なきゃ後悔する!」

 これからだって、こんなことがないとは限らないのだ。今日、今だけの話ではない。逢魔が時において、魔物の増加に伴い、人間の悪意だって、絶対に生まれる。今の氷村たちに限ることなく。

 それに対応できる力をつけなければならないと、巡は思う。少なくとも、自分たちは今、時代の移り変わりという事実をもう知っているのだから。


「美しい自己犠牲の精神かな?」

 氷村は笑った。

「別にそれでも構わないが、命を粗末にするのはどうなのだろうな。逃げて永らえた方が得策という場合もあるんだよ、少年」

 バカバカしい、と氷村は呟く。

「命を張ることの意味すらまだわかっていないだろうに。そうやって安易に命を投げ出した挙句に、君はいつか裏切られる」

 安易なんかじゃない。

 そう言いたかった巡だが、多分、死ぬということを本当に理解していないという点では間違いではないだろう。けれどそんなの、関係ない。だって、命を捨てるつもりなんかない。ただ、全力でぶつからなければならない時があって、今がまさにその時だ、というだけだ。

「物の怪諸君にしたってそうだ。君らは何度、人間に裏切られたかな。襲われ、追いやられ、生きていく場所を奪われて。それでも生の刻の住人を信じた挙句に消された者も多いだろう。所詮」

 人間と魔物は、相容れることなど出来ないのだよ。

「それはそうだろうな」

 かぼは呟く。

「頭の固い者は、人間にも魔物にもいるものだ。だがわちは、メグを裏切らん。裏切る理由がない。裏切らない理由があるとすれば、信頼されているから、それだけだ」

「そのために、自分が消えるのも構わないと?」

「消える気など、さらさらない」

 危機的立場で命を捨てるのは簡単だ。

 けれどそれでは、相手の信頼を受け止めていることにはならない。

 生きていたいし、生きていて欲しいから、今この場で彼らは誰かを信じるし、頼る。そして頼りにしろと身体を張る。それは、自己犠牲なんかではない。


 そうやって、浄化の手段を持たないはずの巡と芽衣だって、魔物をやっつけて見せた。

 もしも自分たちが倒れたら、何の意味もないことを、彼らは知っていたのだ。


「フン……」

 まだ足りないらしいな、と、氷村は呟いた。

「これで最後にしたいものだが」

 ズズズ、と、これまでに無いほどの巨大な影が、氷村の足許から生まれる。

「まだ出るか……」

「ありゃあ、単体じゃちと難しいぜ」

 かぼとミーシャが、揃って舌打ちする。


「氷村さん……!!」

 氷村の後方に、朝比奈が現れた。全速力で駆けつけたらしく、肩が上下している。

「もうやめろ!!」

 氷村の脇をすり抜けてかぼたちの方へと向かおうとする朝比奈の肩を、氷村が掴んだ。

「氷村さん!!」

 朝比奈の肩を掴む、氷村の手の強さに朝比奈の動きは止められる。そんな彼の耳元で、氷村は唇の端を吊り上げて囁いた。

「なら、お前が死ぬ役を引き受けるか?」

「氷村さん、あんた……」


 二人から距離を置くかぼたちの位置では、氷村が朝比奈に何を囁いているのかは聞き取れなかったが、氷村が本気でかぼたちを消そうとしている、それだけはよくわかった。

 だからうっかりすれば、朝比奈も巡も芽衣も、死ぬ。

「担任! ぬしはメグを護ってくれ! 魔物はわちが何とかする!!」

 かぼは怒鳴ったが、朝比奈は氷村の手を振り払って駆け出した。

「悪いが聞けないな。君やそこの河童くんは、浄化が出来るんだろう? なら、そのためにこの魔物を押さえるのは、オレの役目だ」

 先程までの魔物の倍はあろうかという魔物に向かって、朝比奈は走る。彼にも浄化ができない訳ではないが、体力的に一番余裕があるのは彼だったし、あまり大きくない能力なら、魔物を閉じ込める結界の作成の方に使った方が良いと判断したからだ。

 ようやくこれまでの魔物を全て消し去った後のかぼたちに、あまり余力がないのも事実だった。


 しかしあっさりと、朝比奈は己が飛びついた魔物に組み敷かれた。

「担任!!」

「先生!!」

 地面に仰向けに倒れつつ、朝比奈はそれでも笑ってみせる。

「手早くお願いするよ……」

「ぬし、ずいぶんと危なっかしく器用だな……」

 朝比奈と魔物は、小さな結界の中にいる。魔物と組み合った瞬間に、彼は瞬時に己を中心として魔の力を抑える結界を展開したのだ。

 その瞬発力に関心する暇もなく、氷村と女子高生を除く全員が、魔物を縛る朝比奈の許へと一斉に駆け出した。




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