…… 15 ……
戦闘体勢に入りつつも、ミーシャは腑に落ちない様子で、かぼの方を見た。
「一体何がどうなってやがるんだ?」
かぼの敵なら自分にとっても敵だろうというくらいの判断はしているのだろうが、騒ぎに気づいてこの場に現れただけのミーシャには、事情がまったく読めていない。
「物の怪を、ほ、許せないヤツが、はっ、魔物でな……と!」
「……はあ?」
襲い掛かってくる魔物をかわしながらのかぼの言葉は、聞き取りにくいというか、意味を汲み上げにくい。
「物の怪と人間の馴れ合いが気に入らないっていう人間が、降魔の力で魔物を操って、かぼを襲ってるんだよ!」
代わりに、巡が答えた。
「なんだあ、そりゃあ……」
「話は後でいいから、さっさと加勢しろ!」
いくらかぼが身軽でも、魔物の数が多くては、避け切れない。一度動きを止められたらピンチは間違いないだろう。
「……まあとにかく、こいつらは倒していいという訳だな」
ミーシャは納得したらしい。
「ずいぶん簡単に言ってくれるな」
ミーシャの出現に一瞬目を見開いた氷村だったが、それでもどこか余裕のある表情だ。まだまだ自分の方が有利であるとでも確信しているのか。
巡は、どうしたらいいものかと考えあぐねる。しかし、どうやっても自分は足手まといにしかならないだろうと自覚しているから、おいそれと手を出したりは出来ない。魔物の倒し方など知らない自分が加勢したところで、返り討ちにあってかぼに余計な手間をかけさせるだけだろう。
でも、だけど。
ジリ、と。無意識に足を動かしたところで、視界の隅に物凄い勢いで駆け寄ってくる人影を捉えた。
「メグ~~~!!」
「芽衣!?」
それは、部活で家を留守にしていたはずの、姉だった。
普段のおっとりさ加減からは想像もできないような勢いで走ってくる芽衣。塩の入った特用袋を抱えて全力疾走する姿は頼もしいというか、変というか。
「なんでこんなところに」
「朝比奈先生から連絡受けたんだよお~! メグが危ないって!」
そういえば、朝比奈は使い魔を巡の家に置いていったのだった。しかし、家からは普通に出かけてきたはず。ということは何か、あの西洋人形が、こっそりと巡たちの後をつけて来ていたということなのだろうか。いつの間に。
「メグ、私も加勢……」
巡の近くまで駆け寄ろうとしていた芽衣を、そこに佇んでいた女子高生が、やんわりと押さえつけた。
「……!!」
「ジャマはダメだよ。んーと、お姉さん?」
大した力も持っていなさそうな女子高生なのに、芽衣を背後から押さえつける力は、振り解こうとしても、ビクともしない。
「大丈夫」
少女が、呟いた。
「えっ……?」
その呟きに、一瞬動きを止めてしまった芽衣。
「センセは優しいから、手さえ出さなければ、巡君には危害を加えないよ。絶対。だから安心しててほしいんだけどな」
このまま巡も芽衣も動かなければ、彼らが魔物に襲われることは無いということらしい。もちろんかぼとミーシャだけは逃れられはしないだろうが。
「彼らは物の怪だもん。人間と一緒にいたって、お互い不都合が沢山生じるだけなんだよ。センセは、それを回避したいだけ。物の怪の存在によって、いつかあなたの弟さんが傷つくことになるのを、知っているから」
少女は、芽衣に優しく笑いかけた。
「沢山裏切られるし、沢山裏切らなければならなくなる。人間と物の怪である限り」
少女は囁き続ける。
巡と芽衣だけは、助かる。
かぼとミーシャを放っておきさえすれば。
芽衣はブルブルと首を振った。
「そういう問題じゃないのよぉ!」
バシンと、少女の手を振り払う。
「巡に手を出したら、そりゃあ許さないよ! でもかぼちゃんだってうちの大事な家族だし、ミーシャちゃんだってお友達なんだから! 同じことだよ!!」
裏切るとか傷つくとか、この女は何を言っているのか。
芽衣には理解できない。
「そんなの、人間同士だって同じじゃない!」
芽衣は、巡の方へと駆け出した。
「メグ、加勢するよ! 朝比奈先生も来てくれるからぁ!」
駆け寄る芽衣に、巡はハッとなって頷いた。
何の迷いも見せない芽衣の姿に、躊躇の気持ちが霧散した。足手まといを恐れていたら、何も出来ない。自分ひとりでは無理でも、芽衣がいるなら、二人で何か小さな助けにくらいなれるかもしれない。
少女は、そんな二人の様子にため息をついて、微笑んだ。
「……いい子だねえ」
クスクスクス。
小さな笑い声をもらして、トントンと片足のつま先で靴を鳴らす。
そこからさらに、数体の魔物の影が生まれ、巡たちの許へと這い寄って行った。




