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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第四話 【魔と降魔】
41/63

…… 8 ……



 シンが巡になすりついてきた理由は、一瞬後に明らかになった。


「……なんだ、これ!?」

 シンを抱きかかえたまま思わず叫んだ巡の視線の先。部屋の壁から、真っ黒な影のようなものが、染み出してきた。

 液体にも固体にも見えない、黒い何か。それがゾロゾロと染み出してきて、何かの形を成そうとしている。壁の向こうには、シンが寝ていたはずのかぼの部屋がある。この影の気配に気付いて、脅えたシンは巡の部屋に飛び込んできたのだろう。

「魔物だな」

「魔物!?」

 落ち着き払ったように見えるが、かぼの声のトーンが低い。

「力は……さほど強くはないの。シン、変化しろ」

 かぼの命を受けて、巡にしがみついていたシンが、急速に人の形へと変化し始めた。

「うわ……」

 支えきれずに、巡は大きくなり始めたシンを抱えたまま尻餅をついてしまう。

 ドタンと大きな音を立ててひっくり返った巡の上に乗ったまま、人間の姿となったシンは目を見張って影の方へと振り返った。

「何なんだこりゃ! なんで魔物が!?」

「シン……痛い……ッ」

「あ、悪い」

 巡の声を受けて慌ててその場から立ち上がったシンに向けて、かぼが鋭い視線をそれでもやんわりと向ける。

「シン、ぬし、魔を浄化する力は持っているかの」

「いやー……」

 かぼの言葉には、シンは申しわけなさそうに首を振る。

「オレ純粋に猫なもんでさー。逃げる以外の防衛手段持ってないんだわ」

「だろうな……」

 魔物に、物理的な攻撃は通用しない。

 かぼたち物の怪が、滅多なことでは消滅しないのと一緒だ。その上、魔物と呼ばれる連中は、かぼたちのように、依存する何かを持たないため、魔物を消滅させようとするなら『浄化』するしかないのだが。

「わちの浄化能力だけで、何とかできそうかの……」

 かぼはぼやく。

「な、何なんだよ、かぼ! これは!」

「魔物だ魔物! 話はあと!!」

 巡の叫びを一蹴するかぼ。確かに、今は呑気にこの影の説明をしている場合ではない。

「塩か聖水でもあればな……」

 うぞうぞと形を成す黒い影は、四肢をうごめかす獣のように見えなくもなかった。二本の足で立とうとしているから人間のようだとも言えるのだが、不自然に揺らめくそのシルエットは、とても人間とは言いがたい。


「塩ならあるわよ~」


 のんびりとした声音と共に、部屋のドアが勢い良く開いた。

 姉、芽衣がそこに立っている。

「滅せよ、悪魔ぁ~!」

 拍子抜けしそうに力の入っていない台詞と共に、あまりにも不釣合いな素早さで、黒い影に向かってひと掴みの塩が投げつけられる。

 行動だけは電光石火だ。

「~~~~~~~~~~!」

 声にならない声というか、奇妙な音を立てながら、黒い魔物はグググ、と身体をふたつに折り曲げた。どうやら苦しんでいるらしい。

「メグに変なことする奴は~、私がやっつけちゃうからねぇ」

 両手でガッツポーズの芽衣。その拍子に、左腕で抱えていた塩の入った紙袋の中身が、全て床に零れ落ちた。というかぶちまけられた。その量ほぼ1kg。

「芽衣……」

 しかし、その光景に頭を抱えたのは巡ひとりだ。

「よし」

 芽衣の塩投げを受けて、かぼは魔物に向かって両手を思い切り広げた。

 バシンと、その両手で、自分の身長の倍ほどもある魔物を左右から押さえつけるかぼ。そこからベコリとへこみ始めた魔物を、今度は上から押さえつけて、さらにへこませる。それはまるで、綿菓子を手で押しつぶしているかのような光景だ。

 何度も何度も繰り返して小さくなった黒いものを、最終的に、両手でギュウ、と押しつぶした。


 再び開いた手の中には、もう何も残っていない。

 手品のようだ。


「…………」

 あまりにもシュールな光景を、眉間にしわを寄せて見つめていた巡。

「浄化完了、だの」

 浄化。あれが。

 巡の知識上の、いわゆるフィクション上の『浄化』とは、大分違う。

「助かったぞ芽衣。いいタイミングだったの」

 かぼの言葉に、芽衣はぶちまけた塩を蹴散らしながら、巡の方へと駆け寄り、その肩を両腕で抱きしめた。

「だって、メグの部屋に来ようと思ったら、かぼちゃんの部屋から変なものがはみ出てたんだもん。蠢く黒い影っていったら幽霊しかないじゃない~? だったらお塩で撃退できるだろうって思って、慌てて台所から持ってきたんだよ」

 黒い影イコール幽霊。芽衣らしい判断である。しかしさっきは悪魔とか何とか言っていたような気もするが。細かいことは気にしないのだろう。

 それにしても姉、素晴らしい瞬発力だ。

 動く影→幽霊→塩という三段活用も瞬時に行っている。しかも今回は、その個性的な判断がドンピシャだったのだから、運がいいというか、もともと彼女の実力なのか。

「ていうか、なんなんだよ、これは……」

 巡がこんな風に、はっきりと魔物を見たのはこれが初めてだ。かぼたち物の怪とは違う、意志の薄い魔物。巡にとっては幽霊と大差ないそれ。

 そう、幽霊なんてものだって、これまでに一度だってお目にかかったことなどないのだ。

「純粋な魔物だ」

「純粋な魔物?」

 さっきもそんなようなことを言っていたかぼだが。巡には今いち、現状そのものが理解できない。急に黒い影が現れて。その影が塩のひと掴みで苦しみ。かぼが、それを握りつぶした。一体この部屋で、今何が起こったのか。

「こんなものが今普通に出てくるわけはないんだがの」

「……?」

 かぼの言葉にうんうんと頷くシンと、まったく意味のわかっていない巡。そしてそれを抱きしめる芽衣。


「まあ、奴らの仕業だろうが……」

 腕を組んでため息をついたかぼの次の言葉を、一同は一斉に視線を向けて待つのだった。




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