…… 7 ……
もう大丈夫だからと、巡は家に帰された。
けれど不安は消えない。
もう家に帰った方がいいと朝比奈は言っていたが、大丈夫ってどう大丈夫なのかと問い質したいくらいだ。正直、家の中なら安心だなどと今の巡には到底思えなかった。相手は既に巡の家も知っていて、いつどんな手を使って乗り込んでくるかもわからないのだ。だからといって、他に逃げ場がある訳でもないのだが。
どういうつもりで、かぼと一緒にいるのかと訊かれた。
どういうつもりって、要は成り行きで。
でも今は家にかぼやシンがいるのが当たり前になっていて、いなくなればいいとか、そういう風には思わない。
それを知って、相手はどうしようというのだろう。
そこに魔の刻の者がいる限り、また彼が現れるのは必至だ。本人もそう言っていた。
それで、どうする?
朝比奈の言うことをそのまま受け止めるとするなら、氷村はかぼを、どうにかしようとしているのではないか。例えば、物の怪であるかぼを、消してしまう――とか。
彼にそんなことが出来るのかはわからない。
けれど、そうする気満々なような、そんな気配だった。
それをするためなら手段も選ばないような、そんな気さえする。そんな容赦のない印象が、あの氷村にはあった。
「どうすればいい?」
考えの煮詰まった巡は、かぼに向かって訊いた。
「どうもこうもないわな。なるようになるし、なるようにしかならん」
かぼの返答は明快だが曖昧だ。
「過去にそういう輩がまったくいなかったわけでもないしの。わちらは慣れっこだ。それをかいくぐってきたから今わちはここにいる。けど、負ければそういうわけにはいかんの」
相変わらずの、不真面目そうなニヤけ顔。多分、かぼ自身は大真面目に答えているのだろうが。
けれど巡は落ち着かない。当然だ。
自分が誰かに狙われるなど、これまでに経験したこともなくて。それが、どう出てくるかもわからない。
正直、怖い。
「まあ、少なくともあ奴そのものは、ぬしにはそれほど危険はないだろ。この界隈にいる限りはな」
呑気そうに、かぼは言う。
「なんで」
「奴の身元は、割れてるだろう。経歴に何がしかの虚偽がある可能性もなくはないが、それにしたってこの近辺の学校で教鞭を取っている身だ。警察沙汰になるような無茶はしないだろうよ」
かぼの言葉は少々難しかったが、それでも、それもそうか、と巡は思う。が。警察沙汰。あまり体験したくはないが、実際はどうだろう。
「もっとも、あの男以外の誰かが出てくればわからんがの。そもそもその何とか機関というのは、わちも良く知らん」
「……」
嫌なことを言ってくれる。
こんな状況で、頼るものが何もないというのは苦しい。何かが起こった時に、身体を張って大丈夫だと安心させてくれる存在がないというのは。
普通に生活している限りは、巡はまだ年長者の保護下にいるのが当然な年頃なのだ。
「……メグ。これは母上にも相談した方がいいかもしれん」
「えっ?」
自分の思考を読むかのような台詞に、巡は驚いてかぼを見る。
「メグ自身の危険の可能性もそうだがの。やはり、ぬしひとりで対抗しようとするのは良くない」
それに、遅かれ早かれ、この世界は別のものへと変貌していく。
できることなら、それを知っている人間から少しずつ、そういう世界への免疫を作っていった方がいいと、かぼは考える。
もうメグは知っているのだから。
メグから家族へ。そして地域へ。急ぐことはないし、ただ単純にそんなことをふれ回っても、どうかしてしまったと思われるのがオチだ。だから、まずは一番近いところから。幸いメグの家族はかぼたち物の怪に一応の理解がある。それに関係するところで巡が狙われていると知れば、彼女たちなりに守ってくれるだろうし、自衛もしてくれるだろう。
その時、かぼやシンがどう思われるかは定かではないが。
カリカリ。
ドアの向こうで、微かな音がした。
カリカリカリカリ。
巡はすぐに察する。これは、猫のシンが扉に爪を立てている音だ。入れてくれとせがんでいるのだろう。
かぼが立ち上がって、ドアを僅かに開けてやると、「やーん」と甘えるような声で飛び込んできたシンが、巡に飛びついてきた。
「シン。どうした?」
ぐいぐいと押し付ける勢いで、巡の肩にやたらと擦り寄るシン。普段から人懐こいが、こういう彼は珍しい。
「……」
かぼが、そんなシンの様子に目を細めた。
「そう来るか。相談する間も与えてくれんらしい」
かぼは、小さな声で呟いた。