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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第四話 【魔と降魔】
37/63

…… 4 ……



 かぼと初めて会話した公園までやってきた朝比奈は、せがまれたソフトクリームをかぼに渡しつつ、ベンチに腰掛けた。その場に立ち尽くす巡にも座るように促す。

「まあそう緊張するなよ。って言っても無理か」

 苦笑する朝比奈は、いつもの彼だ。

 けれど、今まで知っていた朝比奈とは違う。もっとも、巡は自分の担任教師であるという以外、朝比奈のことは何も知らなかったが。

「まあひとつずつだな。とりあえずオレは、最初に教室に来たときから、その子のことは見えていたよ」

「え……」

「別に言ってやっても良かったんだが、お前があんまり必至に隠そうとするからさ。それにあそこにいた他の人間にこの子が見えていない限り、隠し通そうとする意識は必要だと思ったし」

 巡は、あの時朝比奈に言われた言葉を思い出した。


 悟られたくなければ冷静に対処できるようにするんだな。


 最初からそのつもりで、朝比奈は巡にそう告げたのだ。

「先生は、逢魔の力があるってこと?」

「ああ。まあ、それ自体はそんなに珍しいことじゃないけどな。これからそういう人間はどんどん増えてくるし」

 それはかぼも言っていた。けれど、巡は自分以外にそういう人間を見たことがなかったから、驚きを隠せない。

 荘二郎にもミズは見えていたが、あれは荘二郎の家に関係が深い物の怪だったから荘二郎が感知しやすかったというだけで、彼自身に逢魔の力がある訳ではないと、かぼが前に言っていた。実際かぼのことも、巡と一緒にいて巡がかぼをそこにいる者として扱っていたから見えていただけで、だから、正体を知るまでは、かぼのことを普通の人間だと思っていた訳だし。

「それで、な」

 考える素振りを見せつつ、朝比奈は巡とかぼを見る。

 刺激の少ない話し方を考えあぐねているようだ。

「魔の刻と生の刻の移り変わりの歴史は、これまでにも暗に研究されてきてたんだ。昔からな。スパンの長い事変だけに、表に出ることはなかったが」

 これまでの千年は、生物の繁栄の時代である生の刻だった。

 千年と一口で言っても、これは途方もなく長い時間だ。文献で残る歴史の裏に、時の流れに埋もれ消えていく、あるいは事実を捻じ曲げられて残っていく事象はきっと数多くある。ひと言で千年前までは魔物が横行していて、またその時代が来るのだと言われても、大抵の人間はピンと来ない。

「神職だとか名のあった家系だとか、古くから代々続いている家の口伝や書物でだけ、その事変は語り継がれてきた。オレもまあ、そのクチでな。で、オレが生まれた頃には既に、連中との横の繋がりができてた訳だ」

「連中……」


 先程巡の前に姿を現した彼らのことを言っているのだろう。

 もともと彼らは、移り変わりの時代である逢魔が時ではなく、その後に来る本格的な魔の刻への対策を講じる集団だった。

 これから先、この世界は魔物が横行する世の中になる。

 今は物の怪と言われる者たちが出現するだけで済んでいるが、いずれ時代が進めば、生の刻の住人に危害を加えようとする連中も姿を見せ始める。それは、長い歴史の中での研究で明らかだ。

「本当に、そんな世界になるの?」

「なるな。近いうちに。とはいっても、1年や2年の話じゃない。50年か100年か……そういう未来の話だけど」

 魔の力が強まれば。

 この世に存在するものに依存している物の怪だけでなく。魔の力のみから発生する魔物も出現し始める。彼らは、人間をはじめとする生の刻の住人のようには意志を持っていない。無害な者もいるがその大半は、生きる者に襲い掛かってくる危険な存在となる。

 ただ己が存在しやすい世界となるために、その本能のままに。

 巡は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「どうにも……できないの」

「できないな」

 これまでも繰り返されてきた歴史だ。

 そうやって、生の刻の住人と魔の刻の住人は、交互に繁栄と衰退を繰り返してきたのだ。人間の知る歴史の表舞台には出てこなかっただけで。

「だからあの連中は、そんな時代を迎え撃つために、魔物に対抗できる機関を作り上げようとしているんだよ」

 フウ、とため息をつきつつそこまで言った朝比奈に呼応するように、かぼもその両腕を組んで息をついた。

「それ自体は別段悪い話ではないよな。命の危険がある以上、それに対抗するのは人間の自由だ。攻撃には防衛しなければならん」

「そうだな。けどオレは、連中からは手を引いた」

 巡が、朝比奈を見る。

「なんで?」

「性に合わないんだよな。そういうの。人間の未来を考えるのは結構だけどさ。でもだからって、誰もが社会のために、官庁に所属できる訳じゃないよな。そういうことだ」

 それに、と、朝比奈は付け加える。

「連中の中に、いわゆる過激派のような人間が出はじめたし」

「過激派?」

「この世に存在する全ての魔物を敵対視する人間たちだ。彼らは、魔の刻の住人をすべて排除しようと考えている」

 人間に襲い掛かる存在だけでなく、たとえばかぼやミーシャやシンのような存在もすべて。

「要領が悪いの……そんなことが可能だと思っているのか」

 自分も標的になっているというのに、呑気な口調のかぼ。

「うん。無理だな。人間の力でそれは、限界がある。魔物たちが生の刻の連中を喰らい尽くすのが不可能なのと同じくらいに、人間が全ての魔物を排除するなんてできっこないんだ」

 けれど、それをやろうとしている。

 魔の刻の住人というだけで、何も罪のない者まで。


「だからまさか、あの人までそうなるなんて思ってもいなかったのに……」

 最近怪しい動きを見せる連中の中に。まさか、彼の姿を見つけることになろうとは。

「あの人……」

「お前に声を掛けてきた、彼だよ」

 朝比奈は再び、大きなため息をついた。




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