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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第三話 【おじいさんの水盤】
31/63

…… 12 ……



「運命は変えられんよ」

 かぼは呟く。


「時の流れは、物体を消耗させる。物体が消耗すれば、魂だって消耗する。それがどういうことなのか、わからなくはないだろう」

 かぼの言葉に、ミズは黙ったままだ。

 巡には、かぼの言うことはやっぱり理解しがたかったけれど。

「抵抗などできないのだ。ミズは皆を置いて旅立つのではなく、そこに残されるのだからな」

 魂が消えるということは、魂を持つものを置いていくことと同義ではない。むしろ、置いていかれるのはミズの方だ。

 例えば天国のような場所へと駆け上って行くのではなく。

 歩くことをやめて立ち止まったミズの魂は、時間の流れから置いて行かれる。それが、魂の死というものだ。本当のところはともかく、かぼはそういう風に、魂の消失というものを位置づけていた。

「いつかは皆、そうやって足を止める。そして自分の傍を通り抜けていく『時間』というものを、操ることなど出来ない。他の皆の『生きている時間』はな」

 だから。

 だからミズは、怖かったのかもしれない。


 死ぬ、ということは。

 魂が身体を抜けて飛翔するのではなく。

 疲れきった魂が、時間から取り残されるということ。


 多分きっと、そういうこと。


「私も、そう長いこと生き続けるわけではないよ」

 静かな口調で、荘二郎が言った。

「どうせあと十年か二十年か。すぐに私も、この世からいなくなる。悠久の時間の中では、瞬きほどにも満たない一瞬だ」

 荘二郎が、ほんの少し、笑った。巡たちには初めて見せる表情かもしれない。

「そして私が立ち止まる場所は、きっとミズのいる場所だろう。そこは、時間から取り残されている場所なのだからな」

 その言葉は、ただの慰めでしかない。本当のところは、誰にだってわからないのだ。けれど荘二郎は、根拠のない慰めをミズに向け続けた。

「だからミズは、安心してそこで待っていれば良い。ほんの僅かな時間だ」

 この世での、時間稼ぎがバカバカしく思えるくらいに。


「おじいさんは、悲しくないの?」


 ミズは、荘二郎を見上げた。

 しかし荘二郎は、首を振る。

「悲しいことなどあるものか。私は何も失いはしない」

 朝が来て夜となるように。生の刻と魔の刻も、どちらもきちんと訪れる。

 表裏一体であるこれらのように。

 すべてのものは、もとをただせばきっとひとつだ。そして荘二郎の中から、ミズの存在が消えることはない。

「天笠さんは、ひとりじゃないよ。少なくとも、僕やかぼにはもう出会ってる。この街には、天笠さんのお菓子を楽しみにしている人も沢山いる」

 巡がようやく、自分なりの結論を口にした。

「そしてミズも、ひとりじゃない。君がどこで立ち止まっても、そこにはみんないる」

 これまで見送ってきた、沢山の人たちが。

 だから、悲しむ必要なんて、どこにもない。


 それが真実であるかどうかはわからない。けれど、それはどうでもよかった。

 避けられない運命を目前にする相手に、差し出さずにはいられない優しさがあるだけだ。見つからない真実を詮索するくらいなら、例えば優しい嘘がいい。

 かぼが、その後を引き継いだ。

「ミズ、ぬしは運命に対して絶対的に無力だ。だがそれは、全てのものがそうだ」

 だから、折り合いを付けていかなければ。

 生きているものも、そうでないものも。

「ミズと出会えたことは、私にとって幸運だったのだ。だから、お前に関することで悲しいことなど、何もない」

 荘二郎が、ミズを縛っていた紐を解いた。もうミズは、その場から動いたりはしない。


 愛するという心を、そのままその姿へと変えて返してくれるそんな存在に。

 出会えたことが、幸運だ。


「ミズと出会えて、幸せ?」

「幸せだ。ミズもそうだろう?」

「ミズはおじいさんに出会えて……」


 幸せ。


「うわあああああぁぁん」

 ミズは声を上げて、泣き出した。

 迫り来る瞬間を、その小さな身体全部で受け止めようとするかのように。




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