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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第三話 【おじいさんの水盤】
27/63

…… 8 ……



 ミズが、急に弱くなった。


 この一日二日で、ミズの姿を見なくなったと思っていたら、ミズは水盤の前でじっとしたきり、ほとんど動かなくなっていた。

 今にも死にそうという訳ではないが、水盤の縁に腰掛けたまま、ただぼんやりと一日を過ごしているらしい。その表情も、明らかに精彩を欠いている。

 天笠家に様子を見に来た巡は、それを目の当たりにして緊張を覚えた。

 隣に立つかぼは、表情ひとつ変えていないように見える。どんなことを考えているのかも、巡には読み取ることはできない。

 巡とかぼの姿を見て、ミズはその来訪を喜んだが、すぐにとても悲しそうな表情を見せて俯く。

「もうずっと、ミズ美味しいお水入れてもらってないよぉ。どんどん元気じゃなくなっていくんだよ。どうしてなのかなあ?」

 荘二郎の体調を気にしていたミズだが、ここへ来てそんな余裕も無くなって来ているらしい。それに、体調が悪いはずの荘二郎は、いたって普段通りの毎日を送っている。

「なんでかなあ? おじいさん、そんなにミズのこと嫌いなのかな。嫌われて、放っておかれて消えちゃうなんてことないよね? おじいさん、どうしてる? 元気なのかな?」

 もう、自ら確認に動くのも億劫なのだろう。荘二郎のことを気に掛けているというよりは、自分のことに必死になっているようにも見える、今のミズだ。

 巡は、どうすればいいのかわからない。

 このままではミズは本当に、自分は嫌われていると誤解したままこの世から消えてしまうことになるのではないか。そんな風に思った。

 本当のことを、言ってやるべきなのではないかと。

 けれど、それを知らせてどうなる?

 キミは荘二郎のせいではなく、自分の寿命が尽きて消えていくのだと。

 ミズにしてみれば、同じことではないか。

 それにこれはおそらく荘二郎とミズの問題であって、巡が口出しすることでは無いように思える。けれど。このままミズを黙って見ていることしか出来ないなんて。ミズがいなくなってしまうかもしれないという事実も悲しいが、それをこうやって傍観するしかないことも、悲しい。かぼの言う『嫌な思い』が、こんなところにも形を成している。


 スルリと音を立てて、巡の背後の襖が開いた。

 そこに、荘二郎が立っている。


「天笠さん……」

「おじいさぁん」

 荘二郎の顔を見ると同時にその名を呟いた巡の声に被るように、ミズの呼びかけが部屋に響いた。

「おじいさん、そこにあるのは新鮮な、綺麗なお水? ミズに持ってきてくれたの? もうおじいさんは元気になった? ミズのこと嫌いで、いじわるになったんじゃないよねえ?」

 矢継ぎ早に問いかけるミズ。

 いじわるなどと言われなければならないことを荘二郎がしていた訳ではないが、そう言われても荘二郎はもちろん怒り出すこともなく、その手に持つ水筒を水の目前に掲げて見せた。

「これは、今日そこの坊主と嬢ちゃんがミズのためにと持ってきてくれた、小川の清流の水だ。この前、お前が私にと持ってきたものと同じな」

 正確に言えば、あの時運んできたのは巡だが。

「今朝、水盤に入れてやったのはこの水だ。どうだ?」

 そう言われて、ミズはわからなそうな顔で首を傾げる。

「……?」

 言われている意味がわからない。

 今朝の水? それは違うはず。美味しくなかった。はず。

 だってミズは、こんなに元気をなくしているのに。

 ミズが元気をなくしているのは、荘二郎がミズのために綺麗な水を用意してくれなくなったからであって。すなわちそれは、ミズの水盤が大事にされなくなったからであって。そうでなければいけないはずだ。

 他に、ミズが元気をなくす原因の心当たりが、あってはいけない。

 本当は、水が綺麗かどうかが最終的な問題ではない。この家の水盤が、魂というものを形作るほどに大切にされているかどうかが問題なのだ。


 愛で生まれた魔物は、愛が無ければ存在し続けられない。


 だから逆に、大切にさえされていれば、ミズはずっとここにいられるはずなのに。

 ちゃんと綺麗な水を与えられてもミズが元気にならないのは。

 本当は水盤なんてもうどうでもいいのに、仕方なくやったことだから?

 そんな風に、思いたくない。

 けれど、そんな風に思いたくないけれど、じゃあそうでなかったとしたら、どうしてミズは、どんどん弱くなってきているのか。

 愛されていても、こんなに弱くなっているのだとしたら。


 ミズがたどり着く結論は、ひとつしかありえない。


「ミズ……認めなさい」


 荘二郎の一言に、ミズは両目を大きく見開いた。


「出ていた方がいいかの?」

 かぼが小さく呟く。

 だが、荘二郎は緩やかに首を振った。

「お前さんがたが嫌なのでなければ、構わん」


 小さな声で言う荘二郎は、ミズに本当のことを話すつもりでいるらしかった。




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