表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第三話 【おじいさんの水盤】
25/63

…… 6 ……



 荘二郎から聞いた話を、巡はそのままかぼに伝えた。が、やはりかぼは、さして驚いた様子は見せなかった。

「そんな感じはしていたよ。魂の消えかけてる物の怪は、案外とわかるものだ。だが……」

「だが?」

 思案顔になるかぼに、巡はその表情を覗き込む。

「大抵、物の怪なんてのはその運命を甘受するようにできているというか、それが常なんだがの。ミズがそれを受け入れようといていないというのが、気になるところではあるな」

 荘二郎も、そんなようなことを言っていた。


 人間の姿になっているシンが、巡のベッドの上でゴロリと寝転がる。

「オレらみたいなのは、正直寿命なんて存在しないようなものだけどな。だから、寿命があるヤツの考え方ってのは、根本からは理解できねえけど……」

 かぼやシンは、元となるそのものの存在が消えて無くならない限りは、その魂は消えることはない。かぼが何の物の怪であるのかは聞かされていないが、これまでの言から察するならば、シンやミーシャと同じ存在なのだろう。だがミズは、荘二郎の持っている水盤の寿命が尽きれば一緒に消えてしまう。

「もともと『生きている』者たちと違って、わちらには存在するという事に関しての執着はあまりない。聞き分けのない人間と違って、運命を受け入れるのがたやすくできているからな」

 聞き分けのない人間で悪かったな。

 心の中だけで悪態をつく巡だが、ここで毒づいても始まらないので黙っている。今話しているのはそんなことではない。

「人間に愛されて生まれた存在だから、ということかもしれんが、ミズのような物の怪など、他にも星の数ほどいるからの。もっともわちらも、その全てを掌握している訳ではないから、実際は己の消滅についてどう思っているかなど、わからんのだが」

 存在し続けることへの執着があろうがなかろうが、それは必ず受け入れなければならない運命。何故ミズは、それを認めようとしていないのだろう。

「薄々わかっているはずだって、天笠さんも言ってたけど」

「人間だってそうだしの。メグにはまだわからんだろうが、事故にしろ病気にしろ突発的に死んで行く者以外、大抵は自分の命が終わりかけていることくらいはわかるものだ。だがミズは、それを受け入れようとしていない。理由はあるんだろうが……」

 未練とか、そういうものだろうか。それとも何か別の。

「なんにせよ、それがあるなら聞いてやること位はできなくはないが、運命は変わらん」

 だからな、と、かぼは巡を見た。

「ぬしはどうする。ミズとはあまり関わらない方がいいのではないか?」

 巡はえ、と表情を変える。

「なんで」

「別にぬしがそれでいいのなら、わちは構わんがの……ミズと関わっていれば、必ず、ミズの死に目に遭うことになるぞ」

「!」

 ミズと関わった時に、かぼが言っていたことの意味が、今わかった。

 場合によっては、嫌な思いをすることになると。

 ミズは人間ではないが、人間のように会話のできる存在だ。だから、もう話をして、ひとりの人間のように、その存在を認めてしまった。ものの死は全て等しいとはいえ、やはり名も知らぬ存在の死を伝えられるのと、知っている者が死んでいくのは、全然違うものだ。

 だが巡は、まだ本当の意味で「死」というものを知らない。

 まだ誰のことも、失ったことはないのだ。

「それでもまあ、人間の死と物の怪の死は、まったく違うものだがの」

 ほんの少し、巡に気を遣ってるのだろうか、かぼは軽い調子でそんなことを言う。

「違うって?」

 幾度もの死と向かい合ってきたであろうかぼは、フウ、とため息をつく。

「物の怪は、その魂が消えるときに、器もあとかたも残らない。だが生の刻の生き物は……死体というものが、残る」

 そんなことはわかっている。わかってはいるが、それがどれほどの差であるのか、巡にはよくわからない。

「身体が残っているからこそ、その喪失感は、恐ろしくでかいぞ。……まあ、こんなことは口で言ってもわかるものではないし、本当は、その時になって初めてわかるものなんだがの」

 これまで動いてしゃべって息をしていたものが、その機能を一切停止する。

 例えば病気で、もう心臓が動いているだけのような状態になっていたとしても、それはまだ、生きている。

 それがすべて止まったときに。

 その身体は、嘘のように、違うものに、なる。

 もう二度と動かないし、しゃべらない。まるでこれまでのことが、夢であったかのように。

 流れていた血が止まり、体温が無くなった身体は、とてもとても冷たい。

 何年も動いてきたものなのに、そうなった瞬間から、腐敗が始まる。

 生と死の、境界線。


 それを知らない巡には、やはり言われても、心から理解することは難しい。


「話が逸れたな。とにかく、そういう『生物』よりは、物の怪の消失はあっという間だということだ。それでもな、そこにいた者が消えてなくなるという事実に変わりはない」

 だから、それが嫌なら回避することもできるのだぞ、と、かぼは言う。

 ミズと関わるのをやめればいいのだと。

「ミズは、もうそんなにすぐに、消えてしまうの?」

 巡の質問に、かぼは頷く。

「水盤次第だからの。今日消えてもおかしくはないのだよ」

 水盤が壊れたら、どうしてもダメなのだろうか。

 水盤を大事にする気持ちから生まれた物の怪なのに。その大事にしていた人の気持ちが、残ったりはしないのだろうか。

 いや、こんな風に往生際が悪いのが、人間なのかもしれないが。

 かぼがダメだと言っているのだから、そうなのだろう。

「それでも」

 巡は俯きがちになっていた顔を上げた。

「だからって僕は、逃げたりはしないよ。誰も逃げられないのに」

 ミズも、荘二郎も。

 巡が直接の当事者という訳ではないが、そのことを知ってしまったからには、まるで無関係という状態には戻れない。ミズの死に目に遭わないようになんて、今さらだ。

「天笠さんだってきっと、辛くない訳はない。ミズだって」

 荘二郎やミズが、今どういう風に考えているのかも、ちゃんとはわからない。けれど、それを知っていてやる存在は、多い方がいいような、そんな気がしたのだ。

「もっと、天笠さんにもミズにも話を聞きたい。僕だけ無関係を決め込みたくない」

 一大決心をするような感じでもなく、淡々と言う巡。

「そうか」

 そんな巡に、かぼはただ頷いた。


 巡がそういう気でいるのなら、かぼはもう、何も言うつもりもなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ