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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第三話 【おじいさんの水盤】
21/63

…… 2 ……



 川の水に浸かって身体の汚れを落とした彼女は、フウ、と深いため息をついた。

「まさかこんなところにプリンがあるなんて、思わなかったよぉ~」

 川べりから水面すれすれまで伸びている草の先を両手で掴んで、タプタプと胸まで水に浸かりながら足をばたつかせる物の怪。こうして掴まっていないと流されてしまうのかもしれない。

「こっちだって、こんなところでプリンを台無しにされるとは夢にも思わんかった」

 巡の分のプリンを分けてもらってなお、かぼは不機嫌極まりないといった体で頬を膨らませる。食べ物の恨みは怖いのだ。本来、物の怪は何を食べる必要もないはずではあるのだが。

「ゴメンねぇ。最近ミズ、元気がなくて~、新鮮なお水を求めてたら、こんなところに辿り着いちゃったんだけどぉ」

 掌大の少女、名前はミズというらしい。

「ぬし、水蓮の精か何かか?」

 身にまとうフレアのワンピースのようなピンクの着衣と背中についている羽が、水蓮の花びらに酷似している。もっとも、背中の羽は実際に身体から生えているわけではなさそうだから、ただの飾りなのだろうが。物の怪は物の怪なりの洒落っ気があるらしい。

「いんやぁ、そういうわけじゃないんだけどねぇ。水蓮には何かと縁があるんでぇ。この花って可愛いでしょ~?」

 全身で水蓮をアピールしているのだが、彼女は水蓮の精というわけではないらしい。

「で、なんでこんなところに来たんだ。お前、どこの子だ?」

 ミーシャがミズの身体をつまみあげる。ピタピタと水を跳ねていた足が、何度か空を切った。

「つままないでぇ。だから~、ミズ最近元気なくてね」

「それは聞いた」

 回りくどい表現を一蹴するミーシャ。顔が顔だけに迫力があるが、同じ物の怪同士だからだろうか、ミズは悪びれない様子でミーシャを見返す。

「ん~、ミズはねぇ、こう見えても水盤の物の怪なのね」

「……すいばん?」

 その単語を初めて聞く巡が、眉を寄せる。

「花器の一種だの。少し深い皿のような陶器での、そこに水を張って、花を活けたりするものだ。なるほど、それで水蓮か」

 水盤のような花器には、水蓮を生けることも多い。ミズが水蓮に縁があるというのは、その花器に水蓮が生けられることが多いということなのだろう。

「また思いもよらない無機物の物の怪だな。で?」

 川から生まれたというミーシャも大差ないような気もしないでもない巡である。川だとか水盤だとか、もともと動物のような命を持っていないものが、こんな風に人間とも話せる物の怪になるという事実が、今いちピンとこない。

 どういった拍子で、彼らが意志を持つようになるのだろう?

「ミズは~、ここから少し離れたところにあるおうちの水盤の物の怪なんだけどね。最近そこのおじいさんがぁ、ミズの水盤に、きれいなお水を入れてくれなくなっちゃったのね」

 ちょっと前まで、ちゃんと塩素を抜いた美味しい水をいつも張ってくれて、そこに綺麗な花を活けてくれていたのに、最近の水は、美味しくないらしい。ここで言う「美味しい」という表現は、そのままの意味ではないかもしれないが。

「だからミズ、どんどん元気なくなっちゃって……」

「それはそうだろうの」

 シュンとするミズに、かぼはうんうんと頷いてみせる。

「それはそうだって、どうしてだよ」

 どうも話の流れが掴めない巡。水盤は、綺麗な水を入れてもらえないだけでダメになってしまうものなのだろうかと思う。

「それはの、うーん、面倒くさいの。後で説明してやるから待ってろ。で、ミズ。つまりぬしは、そのじいさんが最近手抜きしているおかげで元気がなくなってしまって、それで綺麗な水を求めるうちにここに来てしまった、ということなのだな?」

 巡からあっさりとミズに視線を移してしまうかぼ。巡は意味がわからないままだが、今ここでかぼを問い詰めたところで、まともな答えが返ってくるとも思えなくて、だんまりを決め込んだ。

 ミズはブンブンと小さな手と頭を振った。

「違うのよ。おじいさんは悪くないのね。だって今までずっとミズのこと、ホントに可愛がってくれたんだもん。だからね、もしかして、最近おじいさんの体調が良くないんじゃないかって思ってねぇ。だから、おじいさんも綺麗な水を飲めば、きっと身体も良くなるのよ。それで持って帰れる綺麗な水を探してたんだぁ」

「そのちっさい身体で、どうやって水を持って帰るつもりなんだ……」

「気持ちの問題だよぉ」

 他人の気持ちの問題では、大概身体は治せない。大体、新鮮な水をひとくちやふたくち飲んだところで、人間はそうそう元気になったりしないものだが。

 そのおじいさんというのが、本当に体調不良なのかどうかも怪しい。今ここで聞いている話は、すべてミズの主観でしかない。

「ぬしひとりの考えと行動では、解決にならんのではないかの。ぬし、どこから来たのだ。帰り道はわかるのか?」

 微妙に嫌な予感のする巡。

 かぼが、何やら首を突っ込もうとしている気配。ドライに思われるかもしれないが、他人の問題にいちいち介入していたらキリがないのだが。

 ――かぼは物の怪だから、時間だけはたっぷりあるのか。

 巡は得心する。

「帰り道はわかるよぉ。もと来た道を帰ればいいんだもんね」

 ニコニコと返事するミズに、かぼは頷いた。

「ここの水は、人間にはあまり知られてないだろうが、街の河川に合流するまでは、確かに人間でも飲める位綺麗なのだよ。ぬしじゃ無理だろうから、そのじいさんにはかぼたちが水を運んでやろうぞ」

 うええ、と顔色を変える巡。

 その行動に、何か意味なんてあるのだろうか。良い水なら、今時コンビニでも買える。それに、本当にそのおじいさんが体調不良なのだとしたら、水を飲む前に病院に行った方が良いだろうし。綺麗な水で即座に元気が出るなんて、ミズが水盤だから思いつく考え方だ。

「なあメグ。わちらに任せておけば良いよな?」

 ニッコリと巡に笑いかけるかぼ。

 最近になってわかるようになった、かぼの微妙な表情。これは何かの企みがあるというか、何事か考えを巡らせている時の表情だ。

 仕方なく、巡は頷いた。

 かぼがここまで乗り気なのなら、意地を張って放っておくのも後味が悪い。というか、どうせ巻き込まれるのだろうし。

「そぉ? 良かったぁ。おじいさんが元気なくなっちゃったらぁ、ミズ悲しくて泣いちゃうもん」

 ミズは純粋にそのおじいさんとやらに好意を抱いているらしいが、一体どんな関係なのだろうかと巡は思う。本当に、可愛がられていたのだろうか?

 そしてそれは、物言わぬ水盤として? それとも、この姿が見えていて?


 とにもかくにも巡だけが、水を入れる容器を取りに家まで走ることになってしまった。

 かぼの方が楽に移動できるのだが、彼女に任せておくと、どんな騒ぎを起こしてしまうかもわからなかったし。


 どうも、面倒くさい事態になりそうな予感のする巡だった。




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