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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第三話 【おじいさんの水盤】
20/63

…… 1 ……



 7月になっても、梅雨が尾を引いてじめじめした日が続いている。からりとした天気の日は少なく、雨天も多い今日この頃だ。

 幸いにして雨の降っていない曇天の今日、巡はまたも雑木林を歩く。

 うっそうとした木々の間は湿気も強く感じるが、心なしか快適に感じるのは茂る緑のせいか、流れる小川のせいか。ともかく巡は、雑木林を流れる川の上流を目指す。そこいらにいるであろう、ミーシャに会うためだ。

 歩くたびにガサガサと音を立てるのは、スーパーの袋。その中には、プリンがみっつ入っている。

「あまり乱暴に歩くな。プリンが崩れるではないか」

 文句を言うのは、巡の後を軽やかな足取りでついてくるかぼ。

「ならお前が持てよ」

 雑木林の中はそうでなくとも歩きにくいのだ。多少の揺れは仕方がない。どんな場所でもヒョイヒョイと越えられるかぼなのだから、文句を言うならかぼが持てばいいと巡は思ったのだが、彼女は口をへの字につぐんでそっぽを向いた。持つ気なしだ。



 川のほとりで寝そべっているミーシャはすぐに見つかった。

「よう。どうした今日は」

 人の気配にムクリと起き上がったミーシャは、巡とかぼの姿を見とめて片手を挙げた。相変わらずの彼はいつでもフレンドリーだ。

「プリン持ってきた」

 用件だけを直球で口にする巡。

 本当は、プリンがあるからミーシャも連れて来いと母がうるさかったのだが、ミーシャのような特殊な姿の物の怪を、そうそう家に呼ぶのはあまり都合がよろしくない。いつ誰にバレてしまうやもしれないのだ。巡という逢魔の力を持った人間が存在しているのだから、他に力を持つ人間がいないとも限らないし、そうでなくたって、ミーシャを相手にしている光景を見られただけでも、力のない人間にだってこの姿は見えてしまう可能性が高い。

 いくら魔の刻になりつつある世の中といっても、何も知らない人間にいきなりこれは刺激が強いだろう。

 なので、仕方なく巡はかぼも連れて雑木林まで足を運んできたのだ。

 三人で、プリンを食べるためだけに。

 とりあえず、シンは猫の姿で気持ちよく寝ていたから置いてきたが。プリンのために今起こさなくてもいいだろうし、人間にして一緒に連れてくると、多分相当やかましい。

「……プリン?」

 心なしか顔をしかめたように見えたミーシャだが、袋をあさって元気良くプリンを取り出したかぼから、彼は黙ってそれを受け取る。

 プラスチックで出来た容器からラップのフタを外して、スプーンですくい上げる。かぼや巡はともかく、ミーシャのそんな姿はやはり異様というか笑いを誘うというか。そもそも雑木林の中でプリンを食す三人組というあたりから、ありえない光景ではあるが。

「ん? なんだこりゃ。この前のと違うな」

 ひとくち口に入れて、ミーシャは不思議そうな顔をする。

「おいしくない?」

 かぼは喜んで食べているが、ミーシャが同じ趣味とは限らない。巡の質問に、ミーシャはいや、と首をかしげた。

「この前初めて食べたときは、正直甘っとろくてかなわんと思ってたんだが、今日のは全然違うな。やけに美味いぞ。これが同じものか?」

「それ母さんの手作りなんだよね。この前のは買ってきたやつ」

 へえ、と感心する仕草を見せるミーシャ。同じプリンという名を持つものが、こうも味も食感も違うものなのかと、そこが不思議でたまらないらしい。美味いと言っているのだからそれは何よりだが、正直甘すぎた前回のプリンも黙って食べていたのだから、ミーシャ、物の怪のくせに人間が出来ている。

 かぼだけが、そんな他人のことなどまるで気にもせずに、プリンに夢中だ。ひとくちふたくちと笑顔で口に運んで、みくち目をすくおうとした時。


 何かが、かぼのプリンの中に垂直落下してきた。


 ベシャッ。

 音を立てて、飛び散るプリンと、それを顔面に食らって「ぶへッ」と奇妙なうめき声を上げるかぼ。

「……か……か、かぼのぷりんが!!」

 顔中プリンまみれになりながら、しかしかぼはそれどころの話ではないらしい。

「かぼのぷりんに何かが、かぼの~ッ!!」

 そんなに錯乱状態にならなくても。

「ちょと待て、かぼ。プリンなら僕のをやるから。ていうか、なんだそれ」

 巡はプリンよりも、落下してきた物体の方が気になる。木の実でも落ちてきたのかと思ったが、それにしては白っぽいような、むしろピンク色に見えたような。巡はかぼのプリンを凝視した。


 足が、見える。


 見間違いでなければ、掌の上に乗るくらいの、小さな人間の形をしているように見えなくもない何かの、下半身が。容器からはみ出た場所で、バタバタともがいていた。

 ミーシャが、その足をヒョイとつまんでプリンの中から引きずり出す。

 姿を現したそれは、息も絶え絶えに口をパクパクとさせていた。

「な、なんでこんなところに、かすた~どのうみがぁ~?」

 ボロボロと涙をこぼしながら訴えるその物体は、掌大ではあるが、人間の女の子のようにも見える。が、いかんせんプリンでぐちゃぐちゃになっているので、何が何だかわからない。


 また、物の怪か……。

 逆さ吊り状態でわめく少女を見て、巡はハア、と、深くため息をついた。




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