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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第二話 【それぞれの物の怪事情】
19/63

…… 6 ……



 土曜日の夕方、かぼは、珍しくひとりで近所の公園に遊びに来ていた。

 公園と言ってもそこは結構大きな敷地で、遊歩道や池や売店などが完備されている、地域の憩いの場だ。スポーツに趣味にと、この公園を活用する人も多い。

 そこをトコトコと歩くかぼを、誰も目に留めない。彼女からアクションをかけなければ、その存在に気付かない人間がほとんどだろう。

 菓子や飲み物を置いている売店を横目で見ながら、かぼはその誘惑を断ち切るように足早に歩く。

 ふと、売店の近くのベンチに見知った顔を見つけた。

 巡のクラスの担任、朝比奈だ。

 無言のまま歩み寄り、ベンチで足を組んでぼんやりしている朝比奈の隣にちょこんと腰掛ける。

 かぼの存在は、大抵に人間には気付かれないが、かぼの座る場所には誰も後から腰掛けようとはしない。そこに誰かがいることを認識している訳ではないのに、実に自然に、人々はその場を避ける。物の怪とは、そういうものだ。


「こんな時間までひとりで出歩いてて大丈夫なのか? 嬢ちゃん」


 頭上から降ってきた声に、かぼは隣に座る朝比奈を見る。

「心配は無用だ」

 ニパッと笑って見せたら、朝比奈もそうかと頷き、ポケットをあさった。

「キャラメル、食うか?」

 そう言って出された、前にも一度目にしたことのある小さな包みに向かって、かぼは何の抵抗も無く手を差し出す。

「おくれ」

 両の手を上に向かって差し出したかぼに苦笑しながら、朝比奈は指でつまんだキャラメルを、彼女の手にポトリと落とした。

 早速包みを開いて、キャラメルを口に放り込むかぼ。

「知らない人から物をもらったりして、怒られないか?」

 片眉を吊り上げて笑う朝比奈に、かぼはむぐむぐと答える。

「わちには説教する親はいないから大丈夫だ」

 それに一応、かぼにとっては知らない人間ではない。

「いや、親じゃなくてもいるじゃん。うるさそうなのがひとりさ」

 かぼは、うんうんと頷く。

「確かにうるさいの。けど今メグは宿題をやっているでな。邪魔になるから追い出されてる最中なのだ。そうでなくとも一昨日の夜、わちらが騒いだせいで寝不足になって、えらく不機嫌だからの。これ以上怒らせるのも面倒だから、こうしてブラブラしてる訳だが」

 朝比奈は、合点がいったように頷いた。

「それで昨日、ダルそうだったのか……」

 てっきりこのところの蒸し暑さで眠れていないのかと思っていたが、別の理由があるらしいことを悟って、朝比奈はまた苦笑する。

 かぼは、そんな朝比奈を眺めた。その視線に気付いて、朝比奈はかぼの口許を指差す。

「前に作ったのよりも砂糖の量を減らしてみたんだよ。うまいか?」

 かぼは、素直にこくりと頷く。

「前のもこれもうまいぞ。ぬし、器用だの」

「それはどうも。ちゃんとわけてもらえたなら良かったな」

 ハハハと笑う朝比奈を、さらに眺める。

「ぬしは、最初からわちのこと見えておったよな」

 真っ直ぐなかぼの視線を受けて、朝比奈はこともなげに頷いた。

「うん。成瀬は気付いてなかったろうけどな」

 かぼが何気なく教室後部の戸を開けて入ってきた時から、朝比奈はかぼの存在に気付いていた。そのかぼが隣まで来た時に、初めて仰天して叫んだ巡に、噴き出しそうになるのをこらえるのが大変だった。

 朝比奈が巡にキャラメルをふたつ渡したのは、最初からかぼにも分けることを想定していたからだ。だからかぼは巡に「かぼに飴をくれた」と言ったのだが、それでも巡は気付かなかった。もっとも、それだけで気付く訳もないが。

「ぬしは自覚のある逢魔だの」

 朝比奈の様子から、物の怪に出会ったのはかぼが最初ではないことを察して、かぼは言う。朝比奈はまた頷いた。

「逢魔が時だからな。オレはその仕組みも知ってる。だから、近いうちにきみと話をしたいとは思ってたんだ」

「そうか?」

 かぼに向かって小首をかしげる朝比奈に、かぼも同じように首をかしげて問いかけた。

「時代が進めば人間も進むんでさ。昔と違う点も、いくつかある」

 朝比奈は、フウ、と軽くため息をつく。

「今のこの時代はさ、逢魔が時に関する研究機関もあるんだ」

「そうなのか! それは初耳だの」

 この世界の何事も理解しているような素振りを見せるかぼだが、実は知らないことも多々ある。

「完全水面下の話で、一般人はまったく知らないけどさ。これから来る魔の刻への対策として、対魔物用の公的機関を、これから何十年かかけて作り上げようとしているんだよ、人間も」

 それは本当に、誰も知らない。

 知っているのは、機関に属しているかその直近の人間のみだ。それらは皆、魔の刻や魔物の存在を、先祖や先達から密かに伝え聞き、あるいはその目で確かめてきた者たち。

 普通はそんな漫画のような団体の話など、口で言われても誰も信用すらしないだろう。

「オレは機関の人間じゃないっていうか、その機関すらまだ正式には動いてないんだけど、その機関と色々と関わりもあったりしてさ。だから言っておくんだけど」

 朝比奈は、一呼吸おいてから、再び口を開いた。

「一応、気をつけときなよ。変なのに目を付けられないようにさ。彼らの中には、物の怪に悪印象を抱いている人間もいるから」

 朝比奈の言葉に、かぼは軽くため息をつく。

「それは仕方がないの」

 研究機関というからには。魔の刻についての情報も持っているということなのだろう。

 すなわち。

 今の逢魔が時はまだいいが、時が進んで本格的な魔の刻が訪れれば、生の刻の住人、つまり人間を中心とする生物に、危害を加える魔物が出現してくるという事実を。

「対抗策を打ち立てているのだな。人間も」

「何か困ったことがあれば、呼んでくれていいから。多分、キミの知らないことも結構知ってると思うぜ、オレは。人間の側のことならな」

 意外なところに、意外な人間もいたものだ。

 これも、この地ならではということか。

 かぼは思う。


 この街に存在する、生の刻と魔の刻を繋ぐゲートの存在を。

 いつか、巡にも知らせなければならないのだろう。




<第二話・了>




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