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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第二話 【それぞれの物の怪事情】
18/63

…… 5 ……



 さて、六月といえば、梅雨だ。

 夏休みまであとひと月というこの時期、雨はもちろん多いのだが、それよりも暑さが勝る日もある。しかも、初夏特有の湿気も加わっているから始末におえない。

 今日の巡は、かなり寝苦しい夜を過ごしていた。

 本格的な夏を迎える頃には、そこそこ暑さにも慣れてくるものだが、夏の入り口というこの時期は、なんだかんだ言って身体にこたえるものかもしれない。

 暑い。というか息苦しい。

 なのに。

 それなのに、ベッドに横たわる巡の腹の上には、黒い猫がどっかりと乗っている。

 暑苦しくてかなわない。

 何度か下ろしてみたのだが、巡の腹の何が気に入っているのか、すぐにまた乗りあがってくる。彼も物の怪とはいえ、猫でいる時は猫そのものだから、人間に良く懐いているのは納得できなくはないが、それにしたって、普通の猫だって、暑い日には人肌に寄り付かないものなのに。そうでなくとも猫は暑がりなのではないのか。いっそかぼの寝る部屋にでも行ってくれれば楽なのだが、どうもこの猫は、寝る時は巡のことがお気に入りらしい。かぼは寝相が悪いのかもしれない。

 寝る時まで一緒ではさすがに落ち着かないからと、せっかく余っていた部屋をかぼに使わせているというのに、これでは状況が変わらない。冬なら歓迎するが。

 ガマンできなくなった巡は、再び猫を掴んでベッドの隅に放った後、間髪入れずに呟いた。

「シン……変化……」

 その瞬間、その小さな身体が大きく歪み、黒猫は巡よりも数センチ身長の高い少年に変化した。

 ベッドの上に尻をついて座り込んだ姿勢で、シンはキョトンと巡を見る。

 五秒ほどの無言の間の後。

「……う暑っちいぃぃ!!」

 バタバタと手を使って自分の顔を仰ぎだす。

 だから暑いと言っているではないか(言ってはいないが)。

「何だよ何だよメグ、なんでこんなムシムシした部屋の中で、狭い場所に固まって寝てなきゃならないんだ!?」

 その言葉をそっくりお返ししたい巡だ。

「だから人間に変わってもらったんだよ……。できれば離れてそこいらで寝てよ」

 巡はゴロリと寝返りを打ってシンに背中を向けた。

「え? オレ床で寝なきゃいけないの? ていうか目覚めちゃったんだけど。こんな寝苦しい日に呑気に寝てられないよ」

 さっきまで爆睡していなかっただろうか。

「なあ、アンタ今小学生なんだっけ。六年生だよな。あれか? 宿題とかやっぱりあるわけ? そろそろ勉強難しくない?」

「……」

 人間にしたらしたで寝苦しい。これならいっそ猫の方がマシだったかとげんなりしてしまう巡だが、生憎と人間から猫にする方法は聞いていない。というか他人には不可能かもしれない。

「あのな、僕は明日学校あるんだから……」

「学校かあ。人間てさー、あんなとこ毎日通ってて疲れないわけ? でも時々顔出すと、子供が給食の残りくれたりするんだよな。今の子って結構いいもの食べてるよなー。本当は人間の食べ物は猫にとっては良くないものが多いっての、ほとんどのヤツがまだ知らないんだよな。まあオレは物の怪だから関係ないんだけど~」

 ……本当にうるさい。

「ホントに頼むから、お前かぼのところにでも行って……」

「呼んだかのー」

 ガチャリ。

 かぼ登場。巡はベッドの上に撃沈した。

「なんだシン、人間の姿になどなって、メグと楽しく世間話か。ならかぼも仲間に入れてくれなければ寂しいじゃないか」

 プウ、とふくれるかぼ。しかしその愛らしい? 姿は、枕に突っ伏す巡には見えていない。

「いや、仲間はずれになんてしてないよ。メグの学校の話をしててさー」

 かなり一方的にだが。

「そうかそうか、かぼは一度だけ、メグの教室に行ったことがあるがな、最近の学校というのはなかなか変わった造りだの」

「え、マジ? おれ建物の中には入ったことないんだよ。ここより涼しいのかな?」

 問題がずれてきている。というか。

 多分、ここで起き上がって怒鳴り散らすのは簡単だ。近所迷惑など知ったことか。しかし、それをやったところで、おそらく状況がこじれる一方であることを、巡もそろそろ学習してきている。

 ここは、黙殺した方が得策ではないだろうか。

 しかし、ここで上掛けをかぶる訳にもいかない(暑い)し、どうしたものか。巡はうつぶせたまま思考を走らせた。

 そんなことを考えれば考えるだけ睡眠が遠のいて行くだけなのだが。

「なあメグ、今日の給食ってなんだ? 美味いものか?」

 ゆさゆさ。

「……」

「猫もいいけど、あれ人間で食べたらどんな味なのかな。やっぱ違うかな」

 多分、人間の姿でうちのものを食べるのと大差ないと思うよ。

 心の中だけで呟く巡。

「メグ、今度変わったもの出てきたら、持って帰ってくれよ」

 巡は、むくりと起きだした。

「……給食は、食べられる限り残しちゃいけないんだ」

 ベッドから降りて、巡は自分の机の引き出しをガタガタとあさり出す。母が買っておいた猫用のジャーキーが、この中に仕舞ってある。

 引き出しをかき回しながら、巡は少々顔をしかめた。

 しまった。引き出しの中がジャーキーくさい。場所を考え直さないと。

 そこからジャーキーの袋を取り出すと、巡はクルリと振り返り、シンにその袋を手渡した。

「お腹すいてたんだな。給食はあんまり持ってこられないけど、とりあえずこれ食べてガマンしててくれないかな。うまいよ」

 ニッコリ笑って渡すと、別に今腹減ってる訳じゃないけど~、などと言いながらも、シンは素直にそれを受け取った。

 かぼだけが、微妙な顔つきでシンを見る。

「のお、シン。どうせ眠れんのなら、たまにはかぼの部屋に来て話をせんか。話せることは山ほどあるぞ~」

「え? なんで? ここでもいいじゃん」

「かぼの部屋の方が面白いぞ」

 シンにジャーキーを渡したあと、静かな仕草で再びベッドに横たわった巡に視線を流すかぼ。さっきから極端に口数の少ない巡だが。この状況で笑顔で話す彼の、目は笑っていなかった。

 そろそろかぼも、巡のことを学習しつつある。


 マジで爆発、五秒前。


 悪気があるわけではない。

 しかし、巡に悪いと思っている訳でもない。何しろ悪気はないから。

 ただ、悪気は無くても怒られることはある。悪いと思っている訳ではないのに、そのことで怒られるのは、逆にシャクでもあったりするわけで。

 かぼはシンを連れて、いそいそと巡の部屋を出た。


 静かになった部屋で、巡はゴロリと寝返りを打って仰向けになった。そうでなくとも寝苦しいのに、あの騒ぎのあとスラリと眠れる訳がない。

 どうすればいいのか。

 人間にしてうるさいくらいなら、猫のままで暑苦しいのがまだマシなのか。

 巡は二者択一にせまられる。


 遠慮しないで猫の姿のシンを締め出してしまえば良いということに気付かない巡、彼が安眠できる日は遠い。




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