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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第二話 【それぞれの物の怪事情】
15/63

…… 2 ……



 それにしても。

 どうしても、気になる。

「なんでミーシャなんだ?」

 この河童のどこがミーシャなのかと、巡は考えに考えた。眼光鋭くいかつい見た目のこの河童に、何ゆえミーシャ。それに昔名付けたという昔は、一体いつの昔なのか。おそらく外国との国交の少ない時代に、なぜ日本らしからぬ名前。

「物の怪に国境はないぞ。だが、別に外国人を意識した名前ではないんだがな。最初は『みーちゃん』と呼んでおったのだが、それが幼子に呼びかけるように『みーしゃん』になり、そしてみーしゃ、と……」

「幼子……」

 巡の当然の疑問に、かぼは大げさにため息をついてみせた。

「ミーシャはこれでも生まれた時は本当にかわいかったのだぞ。まるで人間の幼子のようにな。それが今ではこの有様だ」

 かわいかった?

 幼子のよう?

 それが真実なら、今では見る影もない。

 というか、物の怪でも成長したりするのだろうか。なら何故、かぼは長い時代、子供の姿のままなのか。大体、物の怪の身体は人間と違って形だけの器でしかないみたいな話をしていなかったか。

 ミーシャに対し、疑問大爆発。

「物の怪は、様々なものから変化した者だという話はしただろう。このミーシャは『川』という存在から生まれたわけだがな、常に川というものの変化を受け止めながら、暮らしていかねばならん。……昔はどこの川も本当にきれいだったんだがの。今では水質も落ちて、その鏡であるミーシャも、こんな姿になってしまった」

 そういえば、感知したくない変化さえも、取り入れなければならない例もある、なんてことを以前にかぼが言ってはいたが。母体である川がどんどん美しくなくなってしまったせいで、ミーシャはこんな風に衰え乱れ、何気に現代ナイズされてしまったのか。

 これはこれで味があるような気もするが。

「ミーシャ。ぬしはあくまで『川』が転じた物の怪であって、どこか特定の川の傍でしか暮らしていけないわけじゃなかろう。世界には、いや、日本の中にだって未だ美しい川はいくらでもあるぞ。そこに引越せば、そんな姿には……」

 そういうものなのか。

 川とひとくくりにしてはいるが、自分が今暮らすその川の影響がその心身に投影されるということらしい。

「別にオレはこれでかまわねえよ。なかなか気に入ってるぜ? 別にこの程度で済むんなら、わざわざ遠くに引越しする方が面倒くせェ」

 この辺りのどの川で生まれたのかはわからないが。

 巡はミーシャを見ていて、何となく感じた。面倒くさいなんて言い方をしているけれど、きっとミーシャはここの土地や川が好きなんだろうなと。だから、そんな姿になっても離れないんだなと。

 そんな姿でも、なんとなくミーシャが幸せに満足しているように見えたのだ。

 もちろん、本当は何もかも満足、なんてことはないはずだ。ミーシャが生まれた頃の川というのがそれほど美しいものであったか、巡には到底想像もつかないが。本当だったら、そんな環境で暮らせたらもっといいんだろう。

 環境問題とかになると、巡が自分ひとりでどうにかできる次元ではないし。

 いまここにあるこの小川は、魚もいるというし、巡からしてみれば随分きれいな環境に見えるのだが、色々と複雑な問題もあるのだろう。

「まあな。結局今そこにあるものを、あるがままに受け止める。それがわちらにとっては当たり前のことだからの」

 うんうんとうなずくかぼ。

 難しい問題だが、巡も自分なりに考えてみる。

 人間でも物の怪でもきっと変わらない。

 好きなものについては、案外何でもガマンできてしまうものだし、受け入れてしまうものだ。

 好きなもの、という言い方でいいのかはわからないが。

「ミーシャはつまり、ここが好きなんだな」

 そう言ってみたら、人相の悪いミーシャは巡に向かって破顔した。

「その通りだな。ぶっちゃけ言っちまえば、ここが故郷というわけじゃねえが、流れて流れ着いたこの場所は、これでなかなか住み心地のいいものだぜ」

 ボンボンと、ミーシャはその大きな手で巡の頭を優しく叩く。

 爪が食い込んだら痛いでは済まなそうなカギ爪だが、きちんと加減してくれている。

「美しけりゃ何でもいいってわけでもねーや。本来川ってのは、そうなろうとしてなったモンじゃなくて、自然が作り上げた水の形だ。それに沿って清らかに流れるのも悪くはねーが、そこに介入する『営み』があるほうが、オレぁ好きなんだよ。そのせいでちっとばかり環境が変わってもな」

 水の流れである川を、多種多様な生物たちが利用し、介入する。そこには確かに営みがある。それを愛おしいと感じるなら、やはりミーシャが『水』ではなく『川』の物の怪であるがゆえなのだろうか。

 かぼが、ああそうだな、と思い出したように手を打った。

「そういえば、わちがぬしに名前をつけてやったのは、この土地ではなかったな。あれはどこだったか……」

 かぼ、物忘れが激しいにも程ってものがある。

 彼らがいつどこで知り合ったのかは知らないが。

 それぞれに違う土地から流れ着いたのだとしたら、今ここで二人が再会するというのは、とてつもない確率の偶然ではないのか。

「まあ、わちらには縁というものが生まれているからの。こうして再会するのもそうおかしいことでもない」

 巡の疑問を、縁という一言で一蹴してしまうかぼ。

 しかしかぼの様子から察するに、かぼよりもこの河童のほうが、後に生まれているということなのか。本当に物の怪というのは、見た目では語れない。

「ていうか、今引っ越すのが面倒って話、してなかった?」

 ここが故郷でないなら、どこかから引っ越してきたということではないのかと、巡は自然にそう考える。

「徐々に、流れてきたんだよ。気の向くままにな。そして大分前にここにたどり着いて、そのまま居着いちまったわけだが、ここもその頃から考えたら、随分変わっちまったな」

 まあその姿を見れば、そうなのだろうが。それでも環境のいい場所を見つけて、あらためて住み直すという考えはないということか。

 この街この場所に、どんな思い入れがあるのかはわからないけど。


「わちは今、こやつの家にいるからの。いつでも遊びに来るといいぞ」

 サラリと言うかぼに、巡は内心仰天した。

 家主の許可もなしに、なんてことを。

 確かにミーシャは悪いヤツではないというか、実際話してみれば、かぼよりもずっと話のわかるタイプなのかもしれないが。何しろその外見を、巡の家族に見られるのは。

 かぼを認識した時のように、平然としていてくれるものだろうか。

「おい、かぼ!」

「なんだ、メグ?」

 まるで罪のなさそうな顔。

 外見云々の話は、かぼにはきっと通じないだろう。


「その、家に来るときには極力厚着で来るようにしてくれ……」

 それだけを言うのが精一杯の、土壇場に弱い巡だった。




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