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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第二話 【それぞれの物の怪事情】
14/63

…… 1 ……



 実習で採ったユスラウメは、けっこう美味かった。

 苺だのバナナだの、店で売っている果物に比べて大味で青臭かったけど、野生であんな風に食べられる木の実があるというのは、巡にとっては初めての経験だった。母や姉にも見せてやったら喜ぶかもしれない。


 そんな訳で、巡は学校裏の雑木林まで足を運んできた。


「メグは雑木林が好きだのー」

 何気についてくるかぼ。

 これは本当にどうかと思う巡なのだが。

 こう外についてこられては、街中に存在を認知されてしまうのも時間の問題なのだ。実際、天笠の主人もかぼのことは知っていた。成瀬家にも来客が無い訳ではないし、隠し通すのは至難の業だ。母や姉にいたっては、隠す気もさらさらないようだし、見た目普通の人間と変わらないから、かまわないのかもしれないが。クラスメイトとかに見られてしまうと、もう学校にかぼがやってきてしまっても、存在を隠せなくなる。

 それならそれで、学校に来なければ良いだけの話だし、一応かぼは、もう学校に不用意には行かないと言ってはいる。しかし実際どうなるかはわかったものではない。

 だがそういう話をしても、かぼは「メグよりはずっとうまいことやるから大丈夫だ」と、呑気なものだ。

 まあ、それはともかく。

 この雑木林には、確か小さな川も流れていた。あれは新発見だ。辿ってみれば街中の河川に繋がっているのかもしれないが、今まで存在も知らなかったのだから、もっとじっくり見てみたい。

 歳相応に冒険心旺盛な巡だ。

 一応は私有地である場所で好き勝手な巡だが、この辺は立ち入り禁止と区切られている場所ではないので、暗黙の了解で時々近所の人間がヨモギや栗を採りに来たりしている。持ち主である藤乃木学園グループの理事長は、それと知っていて開放したままにしている、案外おおらかな人間だ。そして不必要に森の恵みを乱獲したり、問題を起こす人間は、これまでに現れていない。学校での企画の場合には一応許可を取ったりもするが、実際はそれが通らなかったことはなかった。


 記憶の場所に、巡は小さな川を発見した。

「魚とかいるのかな……」

 背の低い草の中に忽然と姿を見せる水の流れを、巡はしげしげと眺める。

「魚もいるぞ。ここは中央付近はそこそこ深くなっているから気をつけたほうがいいのー。流れがきつい訳ではないが、ぬしの身長なら腰までは浸かってしまうぞ」

 かぼは言いながら、早速川の端に足をつけてバシャバシャと遊びだす。

 とりあえずそんなかぼを引きずって上流を目指しだして、巡は一瞬足を止めた。

「!?」

 上流の方向に、何かいる。

「かぼ、ちょっと待て。あそこ」

 目で良く確認できない。というか、見たこともない造形をしているせいで、その形が上手く頭に入ってこない。

 巡はそれを、凝視した。

「ん? おお、なんだ、ミーシャではないか」

「は、なんだって……?」

 駆け出すかぼを追いかけながら、その何かを見極める。足許がおろそかになっているが、そんな場合じゃない。アレは一体、なんだ。


「ミーシャ! ぬしも目覚めておったのかの~」


 大声で呼びかけるかぼに、何だか良くわからないものは、ゆっくりとこっちを見た。つまり、動いた黒っぽい部分が頭部だと目で確認する巡。

「ミーシャ……?」

 あれは、ミーシャと呼ばれる類の見た目だろうか。

「なんだ、オメエも目覚めりゃ相変わらず元気だな。オメエよりはオレは頻繁に動いてたぞ」

 その何かが、しゃべる。今更だが、生き物だったのか。

 というか。

 近付いてよく見てみれば、それは形だけは、人とよく似ていた。

 真っ黒に見えた頭部は、伸びっぱなしの髪がドレッドのように、しかし中途半端に絡みついたものだ。不思議とボサボサな感じがしない。

 そして決してつぶらとはいえない細い瞳。眼光が鋭い。

 なにやら柄物のTシャツとハーフパンツをズタっと着こなしたその身体は妙に浅黒く、裸足のままの足と骨ばった手の指の先にある爪はカギ爪だ。引っ掻かれたら、多分致命傷になる。そして指の間にあるそれは、もしかして、水かきか。

 何よりも、その顔は。

 口があるべき場所に見えるそれは、唇ではなく、くちばしだ。空を飛ぶ鳥ではなく、水辺にいるタイプの平べったいアレ。

 そんな物体が、ゆったりと川辺の岩に、腰掛けている。

「こやつは水というか『川』から生まれた物の怪でな。人間で言うところの河童みたいなものかの」

「河童ぁ!?」

 言われてみれば、そう見えなくもないが、何しろ巡は河童の実物を見たことがない。しかし本に出てくる河童は、もうちょっとこう、子供っぽいというか可愛いタイプが多かったような気もする。

「もちろん人間の知っている河童は、人間が想像で作り出した河童だ。だがおそらく、こやつのような物の怪がもとになっているのだろうな。だからまあ、河童という種類で呼んで構わんと、そういうことだ」

 そういえば、河童には付き物のいくつかが足りない。

「皿と甲羅……」

 その河童の姿に見入ってしまっていた巡が、それだけを呟いた。

 それを聞いた河童が、ゲタゲタと笑い出す。

「おとぎ話でよく見るアレだな。皿も甲羅も持ってねえ訳じゃねえぞ。別に普段は出さなくてもいいだけだ。ある意味人間の観察力も鋭いからなぁ。オレにそういうアイテムがあるってのを、昔の人間どもは見逃さなかったんだな。一応人間の描くあの姿も、間違いじゃねえな」

 鋭い眼光のミーシャ、何気に豪快だがとっつきやすい好印象だ。

「しかしアレだな。もうオメエが人間とツルんでるってことは、いよいよ魔の刻も本領発揮ってことか」

 かぼに対して気さくに笑いかけるミーシャに、かぼは「まだまだだがな」と返事をしてから、何気に胸を張った。

「今は『かぼ』だ。そう呼ぶがいいぞ」

「なんだ、また名前変わってんのか」

 また?

 巡はかぼを見る。確か、名前はないとかそんなことを言ってなかったか。

「昔人間につけられた名前なぞ、もう憶えておらんわ。わちらは本当はこれといった名前は持っておらんものよ」

「でも……」

 昔つけられた名前があるなら、それでも良かったんだろうに。

 憶えてないというのは、本当だろうか。

「名なぞ、何でも良いわ。ミーシャは、その昔わちがつけてやった名前だからの。こやつもずっとそれを使ってはいるが」

 何をどう感じて、この河童にミーシャなどと名付けたのだ、この少女は。


 しかしつまりまた、巡は物の怪を発見してしまったということか。


 かぼは、自分との出会いがきっかけで、これから次々と物の怪に出会うことになる、とは言っていたが。ここ数日で、黒猫と河童。確かにこれまで、こんな連中を見たことなんてなかったのに。


 ただ少なくとも言えるのは。

 初めて出会ったのが、この河童ではなくかぼだったのは、巡にとっては幸運だったということだ。

 コレと最初に出会っていたら、巡は未だに夜眠れぬ生活だったかもしれない……。




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