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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第一話 【逢魔が時、来たる!】
12/63

…… 12 ……



 なんで、あんな風に怒ったかな。

 家を出てそう経たないうちに、巡はすでに後悔の中にいた。雨の中、傘も持たずに出てきてしまったせいもある。深く考えずに家を飛び出したせいで、不必要に濡れるハメになってしまうなんて。

「……かぼのせいだ」

 呟いてみても。

 本当は、こんな風に怒る必要なんて無かったと、今では思う。反射で行動してしまってからしまったと思うことは誰にだってある。


 かぼにとっては、巡は弱点を見せられる相手ではなかった。


 それが、悔しいのか?

 なんで?

 まるで、自分が仲良くしてもらいたがってるみたいじゃないか。


 巡的には、ただかぼに巻き込まれるだけ巻き込まれて、いちいち反応するのも面倒くさくなってしまったから馴れ合うようになってしまったんだって、そんなつもりでいたのだけど。だって魔物だとか妖怪だとか逢魔が時だとかって、そんな非常識なことをまくしたてられたあげくに、それが冗談でもなんでもなくて、逃げることも叶わずに、状況はこれからどんどん変わっていく。

 だったら、反抗し続けるよりは、受け入れた方が遥かに楽だ。

 でも、それこそ、そういうつもりでいたのだとしたら、心を許していないという点ではお互い様ということになる。思えば、自分だってそういう態度でいたのだから、かぼのことばかり悪くは言えない。


 まだ、出会ったばかりだ。


 自分にとっても、かぼにとっても。

 お互いがまだ出会ったばかりで、そしてそれは、魔物同士でも、人間同士でもなくて。理解するのに時間がかかるのは当然だ。

 そしてどうやら、これからこの世界では、それが不可欠になるのであろうし。

 特に、自分にとっては。


「はあ……」

 考えれば考えるほど、巡の頭の中は混濁してくる。



「坊主、どうした」

 声をかけられて、巡はその方向へ顔を向ける。

 そこは天笠和菓子店の店先で、店の主人が店先に出したシュークリームを片付けているところだった。雨にあたってしまわないようにだろう。

「こんな雨の中傘も差さんで。散歩か?」

 今時珍しい、和装に身を包んだ初老の主人がシュークリームの入った籠をしまう姿というのは、和風建築の店先にあって一種異様だ。

「親戚の子だとかいう小さな子供は、今日は一緒じゃないのか」

 母親、かぼのことを親戚の子だとふれ回っているらしい。妥当なラインだ。

「喧嘩でもしたか」

 巡の顔色で、天笠の主人はそう判断したらしい。

「なんで、シュークリームなんて始めたの?」

 主人の質問に答えず、巡は疑問に思っていたことを口にした。話をそらすつもりがあったわけではないけれど、そう取られたかもしれない。

「シュークリームが食べたいという子がいたのでな。頑固に主義を通すのも悪くはないが、需要に応えるのも時には必要だろう」

 これまでは古式ゆかしく和菓子専門で商っていたということが伺える台詞だ。

 しかし、まさかその子供というのはかぼのことではないだろうな。

 巡は考えた。

 タイミング的には微妙だが、彼女は巡の知らない外で何をやっているかわかったものではないし。だが、店の主人は言った。

「あの子もシュークリームは好きなんじゃないか? 持って行って早く仲直りするがよかろう」

 あの子も、ということは、主人の言うシュークリーム好きの子供というのはかぼのことではないらしい。なんてことを考えているうちに、主人はシュークリームをいくつか、店の商品袋に詰め込みはじめた。

「特別だ。そら」

「え、でも……」

 タダでくれるらしいそれを断わりかけたが、子供が遠慮などするなと強引に渡された。

「早く仲直りするに越したことはない。せっかくあんなに楽しそうにしていたのに、そんなつまらん状態をいつまでも続けても損なだけだぞ」

 巡は何も言わなかったが、主人は巡とかぼが喧嘩をしていると断定したらしい。

「楽しそう?」

 確かに、かぼはいつでもおおはしゃぎだったような気がしなくもないが。

「あの子も、お前さんもな。笑って話せる相手というのは、かけがえのないものだぞ。若いうちにはわからんかもしれんがな。そして失うのもあっという間だ。そうなってからでは遅い」

 経験豊富であろう主人の言葉には、それなりの重みがあるが、それ以上に。

 かぼだけでなく、自分も楽しそうにしていたらしい事実の方に、巡は驚いていた。少なくとも、傍からはそう見えていたようで。

「……けど」

 かぼと自分は、心を許しあってるわけじゃない。主人はもちろん知らないだろうが、彼女は人間ではないのだ。

 そんな巡の顔色だけで事情を察したわけではないだろうが、主人は軽くため息をついたようだった。

「子供のくせに、深く考える素振りなど見せんでよろしい。嫌いでないのなら、一緒に楽しいことをせんか。それだけで充分だ」

「……」

 一緒に楽しく、だた、それだけを?


 本当は、かぼの見た目に反する実年齢の高さが、巡との感性の違いを作っている原因にもなっているのだが、巡自身はそのことに気付いていない。

 もともと少し大人びた子供だったから、負けん気が先に立つことが多い。

 損とか得とか、楽とかじゃなくて。

 せっかくの新しい出会い、友達がひとり増えた分だけ楽しさも増やせばいい。多分、そういうことなのだろう。事実、巡はかぼと楽しそうにしていたらしいし。

 うるさくて、人の話を聞かなくて、自分勝手。

 けれど巡が怒ったのは、そこではなくて。

 認められていないらしいということに腹が立った。けれど、巡だってそれは同じ。魔物であるとかそういうことを抜きにするなら、歩み寄れる姿勢じゃなかったのは、自分の方だ。

 少し力を抜いたなら、かぼとちゃんと心から馴染むことができるだろうか。たとえば自然とできる、友人のように。そうきっと、あまり深く考えないほうがスムーズに進むことだってあるに違いない。


「ありがと……」

 巡は受け取ったシュークリームの袋の取っ手を、ギュウ、と握りしめた。




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