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逢魔が時!  作者: 日野ヒカリ
第一話 【逢魔が時、来たる!】
11/63

…… 11 ……



 外は、生憎の雨。


 雨の多い六月なのだから仕方がないが、それにしてもこの時期の湿った空気は、身体中にまとわりつくような感がある。

 実習をやった月曜日までは晴れた日が多かったのに、次の日からもう三日、ずっとこんな天気だ。学校から帰っても外に出かけるのもおっくうで、巡はこの三日間、学校から帰ると家に閉じこもりっきりだ。

「雨だのー。退屈だのー。こう湿気っていると、気分まで湿ってくるのー」

 かぼはずっとそんなことを呟きながら、巡のベッドの上でゴロゴロしている。月曜日に拾ってきた黒猫も一緒だ。

「退屈ならどこかに遊びに行って来ればいいだろ」

 魔物にも湿気なんて関係あるのだろうかと、巡は思う。

「む。メグはこんな雨の中、かぼを追い出しにかかるつもりか」

「そんなことは言ってない」

 言ってはいないが、こう何日も同じ部屋の中で、暇だ退屈だと呟かれ続けるのには、さすがに辟易している。そうでなくとも、これまでずっとひとりで過ごしてきた部屋の中に、毎日かぼや猫がいるのだ。慣れない環境に苛つくのも道理で。

「雨はきらいだ」

 かぼがぼそりと呟いた。

「メグは知らんだろうが、わちら物の怪にとっては、天候も重要な場合があるのだぞー」

 かぼは、ベッドの上で猫と共にゴロゴロと転がる。

「物の怪は、何かの属性から生まれて来る者が多いからな。生きている者のように、寿命や病気で死ぬことがないかわりに、そういった外部からの影響で簡単に消えてしまう者だって多いのだぞ。例えば炎から生まれた物の怪がいるとすれば、そいつは水に当たっただけで消えてしまう。逆に水辺で生まれた者は、長い間水と離れていれば、やはり消えてしまうしの」

 それは初耳だ。初耳だが、それは言い訳だろう、かぼとは関係ない、と巡は思う。思ってから、ふと気付いた。

 かぼは、一体何の物の化だろう。

「お前は、何から生まれたんだ?」

 ふとした拍子の質問だった。けれど、意外やかぼは、巡のその質問に対して珍しく静かになった。

「……」

「なんだよ」

 別に悪いことを訊いたつもりはないのに、だんまりを決め込まれて、巡は眉をひそめた。しかしかぼは、その一瞬後にはヘラッといつものように笑う。

「別に何でも良いではないか。わざわざ弱点になるようなことを、そう簡単に教えるヤツなどおらんぞ」

 かぼの率直な言葉に、巡は憮然とした。

 何だよ、弱点って。

 魔物のいわゆる出所は、確かに弱点にはなるだろう。先刻かぼが言ったとおり、火には水をぶっ掛ければいいし、水は枯らせばいい。無論世界中のあらゆる水を枯らすのは不可能だが、つまりその魔物を水から遠ざければいい。

 属性が知れれば、弱点も知れる。確かにそうだが。

「調子がいいな、お前は」

 眉間にしわを作って呟く巡に、かぼの瞳がキョトンと見開かれる。

「仲良くしたいだとか言ってるけど、結局そんな気さらさら無いだろ。弱点を教える気がないとかって、まるで敵でも相手にしてるみたいだよな」

 そりゃあ、自分と異なるものを排除しようとする人間の本能のせいで、物の怪は迫害され続けたんだろうけど。そのせいで人間を信用できないというのなら、わざわざ人間の前に出てきて、馴れ合うことなんて考えなければいい。

「別に、わちはそんなつもりで」

「そんなつもり無くたって、そう聞こえるよ」

 本当は、少し考えれば巡にも理解できるはずだった。いや、実際はわかっているのかもしれない。

 かぼはもちろん巡を敵とみなしてそんな風に言っているのではない。巡に対して秘密にしたいわけではなくて、自分の弱点をわざわざひけらかすような真似をする必要はないということなのだろうと。けれどそれを巡に知らせ、それがもとで、弱点を不用意に露呈することになるかもしれないことを恐れているのだとするなら。

 自分は、まるでかぼに信頼されていないということなのだろうと。

 かぼは、大事なことを何も言わない。自分の都合ばかりを押し付ける。そんな態度で仲良くしたいなんて言われたって、少しも説得力がないと巡は思う。

 かぼに対して怒ってばかりだけど。怒らせているのは彼女の方だと。

「別にそれで構わないよ。好きにすればいい。結局理解し合うことなんてできっこないんだから。どうせ人間は心が狭いんだからな」

 無性にイライラしてくる。

 かぼが出て行かないなら、自分が出て行けばいい。巡は、座っていた椅子から腰を上げた。

「出かけてくる。絶対ついて来るなよ」

 言い残して部屋を出ると、バタンと力強くドアを閉めた。


「……」


 ポカンとしていたかぼは、ゴロゴロと転がっていたベッドの上で仰向けになると、黒猫を腹の上に乗せた。

「メグは幸せな中にいるからの……」

 生の刻と魔の刻の移り変わりという現実を、人間が本当の意味で知ることは、多分これまでもこれからも、ない。

 それだけで幸せなことだと、かぼは思う。

 生の刻の住人たちは、ひとつの時代をまたぐことなく寿命を迎えるではないか。その永さを自分の身体と心で痛感することは、決してない。けれど魔の刻の住人たちは、それこそ千年二千年という永き年月の中を、半分は強制的に眠りながら過ごさねばならないのだ。

 この年月の、重圧。

 その中で起こる、様々な出来事。

 これまで、かぼが経験してきた数え切れない、出来事。

 弱点という言い方が悪かったかもしれない。けれど、他にどう言えばいいかわからなかった。本当は、別のことを恐れていた。


 かぼが何から生まれたのかを知っても、巡はかぼを迫害したりしないだろうか。


 そう信じたくたって、そうでないかもしれないという不安は拭いようがない。信用するとかしないとか、そういう話以前に、もう少し一緒にいて、長く時を過ごして、それから自然な話の流れで明かして行きたいことだってあるのだけれど。


 ああそうか。

 自分と人間では、生きている時間が違いすぎる。

 人間は、きっとのんびりと待ってなどいられないのだろう。

 短い時を生きる人間は、環境の急激な変化にも弱いのだろうし。


「メグ、怒ったかの……」

 ポツリと、かぼは呟いた。

 かぼのたった一言だったけれど、きっとずっと溜めていたものだってあったのだろうし。

 けど、だけど。

 仲良くしたいという言葉に、嘘なんてない。

 むしろ、巡の方が仲よくしたがっていないように見えなくもなかったのだけど。

「雨の中、メグはどこに行って時間を潰す気なのかの」

 探そうかとも思ったけども、そうすればきっとまた巡は怒ってしまう。

 かぼは、ベッドの上で寝転んだまま、寝返りを打ってうつぶせになった。


 やっぱり、雨は嫌いだ。




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