表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

異世界ぐるめ探訪

異世界ぐるめ探訪 ~クラーケン焼き 海鮮深海居酒屋『ルル家』~

作者: 鶏ニンジャ
掲載日:2026/07/16

 病院の自動ドアを抜けると、頭の上から降り注ぐ日差しが眩しすぎる。もうお昼近くで太陽も高い。


「はぁ……疲れた」


 昨夜は本当に大変だった。夜勤に入ってすぐに患者さんの急変。バタバタと対応してたら、緊急入院。

 そういう日は、色々と重なるもので、やっと帰れるって時に看護師長からのありがたいお説教。


 休憩室で用意していたおにぎりには結局、一度も手をつけられなかった。

 お茶とコーヒーで飢えをしのいだけど、さすがに限界だ。


「……お腹すいたなあ」


 誰もいない通用口の前で、思わず声が漏れてしまう。

 お腹の底がきゅうっと鳴って、少し恥ずかしくなった。


 ロッカーで私服に着替えながら鏡を見たら、目の下にうっすらとクマができていた。


 三十四にもなると、こういう夜のダメージは翌日にしっかり残るから困る。

 若い頃はもう少し無理がきいた気がするんだけどなぁ。


 鞄のポケットからタバコを一本取り出して、火をつけないまま指に挟む。病院の敷地を出るまでは我慢だ。


 駐輪場の脇を通り過ぎて、正門を抜けたところでようやく火をつけた。煙をゆっくり吐き出すと、強張っていた肩が少しだけ緩む気がする。


 さて、これからどうしよう。


 家に帰って寝る前に、なにかを食べたい。

 コンビニ……はちょっと違う気がする。


 いつもならコンビニもいい。むしろ大歓迎だ。

 だけど、この空腹のお腹にコンビニのおにぎりやパンを入れるのは違う気がする。


 こういう時は、ちょっとだけ贅沢に、ちゃんとしたものが食べたくなる。


「ちょっと調べるか」


 スマホに映るアイコンから、「ISENAVI」を起動する。

 そこには様々な飲食店がズラッと紹介されていた。


「どれどれ……」


 画面をスクロールする。


 本格迷宮ステーキハウス「ミノス」……肉はちょっと重すぎる。


 創作川辺居酒屋「オロチ」……お酒は飲めないのよねぇ。


 天上パティスリー「アンブロシア」……お菓子もいいけど、ご飯が食べたい。


 そんなことを考えながら画面をスクロールしていると、一軒のお店が目に止まる。


 海底レストラン「アトランティス」


「あ、良さそう……」


 海鮮……うん、ちょうどいい。

 さっぱりと、しかもちょっと豪華に食べるのにはここしかない。


「じゃあ、ルートを表示してっと」


 ルート案内をタッチすると、地図に経路が表示される。

 それに従い道を歩きはじめる。


 細い路地を通って、空き地を横切って、坂を登って坂を降りて……少し歩くと、突然、目の前に扉が現れる。

 その扉をゆっくりと開けた。


「うわぁ……凄いわね……」


 開けた瞬間思わず声が出る。

 広々とした店内に全面ガラス張りの店内。外を見れば魚が泳ぎ回る海の中……よく見れば半魚人やマーメードたちがせわしなく泳ぎ回っている。


 店内を見れば、普通の通路に水路が併設されていた。

 少しすると、その水路を伝って人魚の店員さんがやってくる。


「海鮮深海居酒屋 『ルル家』へようこそ」

「え?」


 居酒屋???

 ここってレストランなんじゃ……。


「すいません。ここって海底海鮮レストランのアトランティスさんじゃないんですか?」

「ああ、この時間は居酒屋なんですよ。たまに間違うお客さんもいるんですよね」


 人魚の店員さんは驚く様子もなく、にこやかに笑う。

 どうやらよくあることらしい。


 でも、困った。

 居酒屋のつもりで来たわけじゃないんだけどなぁ。


 でも、これ以上はお腹も限界だ。


「すいません、お酒は飲めないんですけど、いいですか?」


 思い切って聞いてみる。


「あ、大丈夫ですよ。ソフトドリンクも揃えていますから」

「じゃあ、お願いします。後、喫煙席がいいんですけど……」

「あー、すいません、換気の関係で喫煙席はないんですよ」


 うーん……なんか歯車が噛み合わない。

 今日はとことんついてないのかもしれない。


 ちょっと不安になっては来たけど、今にもおなかの虫が大暴れしそうだ。


 もう決めちゃおう。


「わかりました。じゃあ、普通の席でいいんでお願いします」

「かしこまりました! カウンター席へどうぞ」


 人魚の店員さんに連れられて、カウンター席に座る。

 おもむろにメニュー表を開くと、様々な海鮮料理が絵付きで並んでいた。


「らっしゃい! 今日はなににするっすか?」


 威勢の良い半魚人の板前さんが声を掛けてくる。


「おすすめはありますか?」

「今日は生きの良いクラーケンがおすすめっすね。船を10隻ばかり沈めたやつなんですけどね、身の締りも抜群でどんな料理にも合うっすけど、風味を活かしたクラーケン焼きがおすすめっす」


 うーん、美味しそう。

 とりあえず、クラーケン焼きは押さえたいとこね。


 でも、あんまりがっつり食べるのはあれだから……。


「じゃあ、クラーケン焼きとこのクラーケンのお刺身をください」

「了解っす」

「あと、この深海ソーダを」

「ご注文は以上っすか?」

「はい」

「注文入りました! クラーケン焼きにクラーケンの刺身、深海ソーダをカウンターのお客さまへ」


 半魚人の板前さんの威勢の良い掛け声に、厨房の奥から「かしこまり!」と威勢の良い声が返ってくる。


「深海ソーダ。お待ちどうさまです」


 注文すると、人魚の店員さんの手で、すぐにドリンクが運ばれてくる。

 まずは一口。


「うーん……美味しい」


 海の風味に満ち溢れた甘じょっぱいソーダ水……夜勤明けの体に染み渡る。

 でも、その味を堪能しながら、ついつい、目は半魚人の板前さんの手元に行ってしまう。


「魚人が魚をさばくのは珍しいっすか?」

「え?」


 思わず変な声が出る。

 まあ、確かに、魚が魚をさばくっていうのは違和感がないわけじゃない。


 何度見てもこればっかりは気になってしまう。


「あー……すいません。こう、どうしても共食いというか、そういうのに見えてしまって……」

「いやいや、そういう人は多いんすよねぇ。でも、お客さんだって牛とか豚とかは食べるでしょ?」

「え? ああ、まあ、食べますね」

「あっしたちだって同じっすよ。同じ海で生きてるけど、魚も食べるし陸の肉だって食うやつはいる。そんなもんすよ」


 言われてみればそれはそう。

 私たちだって、大きく括れば同じ哺乳類を食べるんだから、魚が別の種類の魚を食べるのだっておかしい話じゃない。


「なるほど……」

「っと、小難しい話はここまでっすね。クラーケン焼き、お待ちどうさま」


 目の前に木製の器に盛られた、三本の串焼きが置かれている。

 真っ白な身にうっすらと着いた茶色の焦げ目が食欲をそそる。


 でも、色だけじゃない。

 濃厚な海鮮の焼けた匂いが容赦なく鼻腔をくすぐってくる。


 これは間違いなく、絶対にうまい。

 でも、これ以上、あれこれ考えるのは、この極上の串焼きに失礼になる。


 だから――


「いただきます」


 豪華に串にかぶりつく。


「!!」


 思わず目が開く。

 ぷりっぷりの分厚い身は適度な歯ごたえと、柔らかさの絶妙なバランスで楽しませてくれる。

 そして、なによりもその味だ。


 匂いからも想像はしていたが、濃厚な海鮮の風味が口の中で大暴れする。

 しかも、素材そのものの風味だけじゃない。


 抜群の塩加減が、素材のうまさを最大限に引き出している。

 これは困った。食べる手が止まらなくなる。


「どうっすか? 塩もクラーケンが獲れた海域の塩っすから、抜群でしょ?」

「もぐもぐ……ええ、まさかここまでとは……もぐもぐ……」


 噛み合わなかった歯車が、ガチっとハマりぐるぐる回りはじめる。

 夜勤の疲れも一気に吹っ飛んでいった。


「お次は海鮮三種盛りっす。塩と醤油、どっちでもどうぞっす」


 目の前に宝石のようにきらびやかなお刺身が登場する。

 赤と白と、それにガラスのように透き通った……まるでクリスタルのようなお刺身が乗っている。


「これは……」

「マグロとタイ……それにクラーケンの刺身っすね。新鮮なクラーケンはそういう色をしてるんすよ」

「なるほど……」


 クリスタルのようなクラーケンのお刺身に醤油をちょんっとつけて口の中に放り込む。


「!!」


 再び衝撃に襲われる。

 コリコリとした食感に目を見張る。


 生臭さなど一切ない、ただただ澄んだイカ特有の甘みが口の中に広がっていく。

 シンプルだけど、いや、シンプルだからこそ、このねっとりとした濃厚な旨味が引き立っている。


 こうなると、ご飯が欲しくなってくる。

 ふと隣を見れば、クラーケンの刺身が乗ったクラーケン丼をかっこむお客さんが目に入る。


 理性が、寝る前にそんなに食べるべきじゃないと、警告してくる。

 だけど、そんな物はもう無意味だ。


 頭の中の歯車はもうトップギア。

 止まれるわけもない。


「すいません! ご飯大盛りで!」


 ***


「ありがとうございました」

「ふぅ……ごちそうさまでした」


 満足感に包まれながら、入ってきたドアを出る。

 すると、ドアは一瞬で消えてしまった。


 鞄からタバコを取り出し食後の一服……これがたまらない。

 今は食べすぎた罪悪感は忘れてしまおう。


「レビュー書いて寝よ……」


 そうつぶやくと、あくびをしながら家へと向かって歩き始めた。


 ~~~~~~~~~~~~

 ISENAVI !新着レビュー!


 海鮮深海居酒屋 『ルル家』 評価:★★★★★


 料理に手抜き一切無し!


 投稿者:夜のエンジェル


 筆者はお酒が飲めないのですが、思い切って飛び込んだのは正解でした。


 今回いただいたのは、「クラーケン焼き」と「クラーケンのお刺身」。


 産地の塩を使ったクラーケン焼きは絶品です。歯ごたえと、焼いたことで立ち上る芳醇な香りはまさに天国の味わい。


 また、クラーケンのお刺身もねっとりとした濃厚な味わいにご飯を食べる手が止まりません。


 居酒屋だからといって料理に手を抜かないその姿勢には脱帽です。


 ただ、完全禁煙なのは、愛煙家としては寂しいところですが、それでも一度は行く価値があると思います。


 ~~~~~~~~~~~~





異世界ぐるめ探訪をまとめてみました。よろしければこちらもどうぞ

https://ncode.syosetu.com/s6147k/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
専用アプリに表示されるルートを通った場合だけ、ガチ異世界のお店とゲートが繋がるのかな…?? 食狂いな日本人にぴったりの夢の様な手段。 しかし、ルルイエは名前だけでSAN値に関するものは無い健全な所だ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ