追放された契約術師ですが、勇者様の聖剣も鎧も全部レンタル契約なので返却してください
「ルカ。今日限りで、お前を勇者パーティから追放する」
冒険者ギルドの大広間で、勇者アーヴィンは高らかにそう告げた。
昼下がりのギルドは、依頼帰りの冒険者や商人たちで賑わっていた。
その視線が、一斉に俺へ集まる。
俺、ルカ・ノルデンは、手元の帳簿を閉じた。
「理由を聞いても?」
「理由?」
アーヴィンは鼻で笑った。
金の髪。白銀の鎧。腰には聖剣アルディオン。
王国中に名を知られた勇者らしく、彼は今日も眩しいほど派手だった。
その隣には、聖女フィーネ、魔導士セラ、重戦士ボルグが並んでいる。
さらにその後ろには、最近アーヴィンが連れてきた若い女商人、ミーネがいた。
「お前が役に立たないからだ」
アーヴィンは言った。
「契約術師などと名乗っているが、お前が魔物を倒したところなど見たことがない。いつも後ろで帳簿をつけ、商人と話し、紙切れに判を押しているだけだ」
「それが俺の仕事だったからな」
「言い訳はいい」
魔導士セラが肩をすくめる。
「前から思ってたのよ。あなた、細かすぎるの。宿を取るにも契約書。馬車を借りるにも契約書。魔石を買うにも契約書。息が詰まるわ」
重戦士ボルグも、腕を組んで頷いた。
「戦士に必要なのは筋肉と武器だ。契約書じゃない」
聖女フィーネは困ったように眉を下げた。
「ルカさん。私たちはもう、あなたに頼らなくても大丈夫なんです。これからはミーネさんが資金管理をしてくださいますし」
ミーネが一歩前に出る。
彼女は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「勇者様の名があれば、商人も神殿も王国も協力してくれます。ルカさんみたいに細かい契約で縛る必要なんてありません」
大広間のあちこちから笑いが起きた。
勇者の名があれば。
なるほど。
彼女も、彼らも、何も分かっていない。
「そうか」
俺は静かに立ち上がった。
「では、契約を清算しよう」
「また契約か」
アーヴィンが露骨に顔をしかめる。
「最後まで面倒な男だな」
「追放するなら必要な手続きだ。俺は勇者パーティ《暁の剣》の契約術師であり、運営契約の管理責任者だった。俺を外すなら、パーティ運営契約、装備貸与契約、保証契約、宿泊契約、馬車契約、薬品供給契約、緊急転移陣使用契約、その全部を整理する必要がある」
「そんなもの、ミーネがやる」
「承知した」
俺は鞄から書類を取り出した。
「ならば、まずこれに署名してくれ。俺と勇者パーティ《暁の剣》との運営契約終了確認書だ」
アーヴィンは書類をろくに読まず、羽ペンを奪い取るようにして署名した。
聖女フィーネも、魔導士セラも、重戦士ボルグも続く。
最後に、ミーネが得意げに署名した。
「新会計責任者就任確認書も、こちらへ」
「もちろんです」
ミーネは迷いなく名前を書いた。
その書類には、こう記されている。
――旧契約管理者ルカ・ノルデンの保証解除後、勇者パーティ《暁の剣》に発生する支払い、返却、違約金、損害賠償については、新会計責任者が確認し、パーティ構成員と連帯して処理するものとする。
読んでいないのだろう。
契約書を読まない人間は、いつも同じ顔で署名する。
「これで満足か、契約馬鹿」
アーヴィンが言った。
「ああ」
俺は書類を確認し、契約印を押した。
赤い光が紙の上を走る。
契約術師の印は、ただの判ではない。
署名した者、保証人、使用者、貸与品、それぞれを魔力の契約線で結びつけるものだ。
そして今、その契約線が切れた。
「では、契約終了だ」
「さっさと出ていけ」
アーヴィンが冷たく言う。
「ただし、パーティの備品は置いていけ。馬車、予備魔石、薬品、食料、それから帳簿もだ」
「置いていく必要はない」
「何だと?」
「それらはすべて、俺の契約名義か、俺の保証契約で使用権を得ていたものだ」
大広間が静まり返った。
俺は帳簿を開く。
「聖剣アルディオン。王国所有、王都鍛冶組合管理の特別貸与品。契約管理者は俺、ルカ・ノルデン。使用者登録はアーヴィン」
アーヴィンの表情が固まった。
「白銀鎧一式。ドワーフ商会との長期貸与契約品。契約保証人は俺。使用者登録はアーヴィン」
次に、聖女フィーネを見る。
「聖女の宝冠と治癒杖。大神殿からの儀礼貸与品。契約管理者は俺。使用者登録はフィーネ」
フィーネの顔色が変わる。
「魔導杖ルーンブレイズ。王立魔導院からの専門装備貸与品。契約保証人は俺。使用者登録はセラ」
「え……?」
セラが杖を握り直した。
「黒鋼の大盾と巨人鎧。北方傭兵組合からの戦時貸与品。契約保証人は俺。使用者登録はボルグ」
ボルグが鎧の胸元を掴む。
「さらに、パーティ馬車、予備魔石、薬品箱、緊急転移札、宿屋組合の信用枠も、全部俺の契約管理下にあった」
「待て」
アーヴィンが低い声で言った。
「それはつまり、どういう意味だ」
「俺と勇者パーティの運営契約が切れた時点で、俺の保証で登録していた使用者権限も失効する。だから貸与品はすべて返却対象だ」
アーヴィンは一瞬、意味が分からないという顔をした。
次の瞬間。
腰の聖剣から、すうっと光が消えた。
白銀の鎧に刻まれていた加護紋が薄れていく。
フィーネの宝冠から聖光が抜け、セラの杖の先端に嵌められていた魔石が灰色に変わった。
ボルグの巨人鎧は突然重くなったのか、彼はその場に膝をつく。
「なっ……!」
アーヴィンが聖剣を抜こうとした。
だが、剣は鞘から抜けなかった。
「何をした!」
「契約通りだ。使用者権限が失効したから、貸与品の機能が停止しただけだ」
「戻せ!」
「俺はもう契約管理者ではない。お前たちがそう望んだ」
俺は署名済みの契約終了確認書を掲げた。
「それに、貸与品の返却期限は本日中だ。期限を過ぎた場合、違約金が発生する」
「ふざけるな!」
アーヴィンが怒鳴る。
「俺は勇者だぞ!」
「だから?」
「勇者の装備を取り上げる気か!」
「取り上げるんじゃない。借りていたものを返すだけだ」
周囲の冒険者たちは黙っていた。
さっきまで笑っていた者たちも、もう誰一人笑っていない。
「ルカ」
フィーネが震える声で言った。
「今なら、謝れば戻していただけますか?」
「俺が謝る理由はない」
「違います。私たちが……」
「謝罪と契約は別だ」
フィーネは口を閉ざした。
ミーネが慌てて前に出る。
「だ、大丈夫です! 勇者様の名があれば、商人たちはまた貸してくれます! 私が交渉します!」
「そうか」
俺は帳簿を鞄にしまった。
「頑張ってくれ」
「逃げるのか!」
アーヴィンが叫ぶ。
俺は振り返った。
「追放されたんだ」
そして、深く一礼した。
「勇者パーティ《暁の剣》の皆様。今までお世話になりました」
◇
翌朝。
勇者パーティ《暁の剣》は王都北門から出発した。
装備の機能が停止したにもかかわらず、彼らはそれを俺の脅しだと決めつけたらしい。
「一晩経てば戻る」
「勇者の加護は契約などに縛られない」
「ルカがいなくても、我々は戦える」
そう言って、北の森に出没した魔族討伐へ向かった。
新会計責任者となったミーネは、予備魔石も薬品も補充しなかった。
正確には、できなかった。
俺が保証を外したことで、薬品商会も馬車組合も宿屋連盟も、勇者パーティへの掛け売りを停止していたからだ。
それでも彼女は、アーヴィンたちにこう言ったらしい。
「現地で支援してもらえば大丈夫です。勇者様ですから」
結果は、昼前に出た。
北の森で魔族の群れと遭遇。
アーヴィンの聖剣は抜けず、白銀鎧の防御加護も発動しなかった。
ボルグは重くなった巨人鎧で足を取られ、セラの魔導杖は魔力制御を失って暴発。
フィーネの治癒魔法は、宝冠と治癒杖の補助を失ったことで、いつもの半分も効果を発揮しなかった。
緊急転移札も作動しなかった。
当然だ。
あれも俺の契約印で使用権を繋いでいたものだ。
彼らは命からがら王都へ戻った。
戻ってきた時には、全員泥まみれだった。
白銀の鎧は傷だらけ。
聖女の祭服は破れ、魔導士の杖は焦げ、重戦士の盾には大きな亀裂が入っていた。
だが、本当の地獄はそこからだった。
ギルドの大広間には、朝から人が集まっていた。
王都鍛冶組合。
ドワーフ商会。
大神殿。
王立魔導院。
北方傭兵組合。
馬車組合。
薬品商会。
宿屋連盟。
全員、俺の契約終了通知を受け取っていた。
契約術師の契約印は、解除が成立した時点で関係各所へ自動通知を飛ばす。
だから彼らは、取り立てに来たのではない。
正当な返却手続きに来たのだ。
「勇者アーヴィン様」
王都鍛冶組合の代表が、にこりともせず言った。
「聖剣アルディオンの返却をお願いします」
「これは勇者の剣だ!」
「はい。勇者に貸与された剣です。所有権は王国にあり、管理は当組合が行っております」
「王国から与えられたものだ!」
「王国推薦に基づき、ルカ・ノルデン様の契約管理と保証により使用者登録されていたものです。その使用者権限は昨日失効しました」
「そんな馬鹿な……」
次に、ドワーフ商会の代表が前に出た。
「白銀鎧一式、返却期限を過ぎております。さらに本日の無断使用により損傷が確認されました。修繕費と違約金が発生します」
「違約金……いくらだ」
「金貨二千枚です」
アーヴィンの膝が揺れた。
大神殿の司祭は、フィーネに告げた。
「聖女の宝冠と治癒杖を返却してください。契約失効後の無断使用により、神殿支援資格は一時停止となります」
「そんな……私は聖女なのに……」
「聖女であればこそ、誓約を守らねばなりません」
王立魔導院の職員は、セラの杖を封印箱に収めた。
「契約外使用による魔導回路損傷。修理費は使用者負担です」
「ちょっと待ってよ! 私は知らなかったのよ!」
「知らずに使った場合でも、署名済みの契約では使用者責任が発生します」
北方傭兵組合の男たちは、ボルグから巨人鎧を脱がせた。
「お、おい! 俺はこの鎧がないと戦えん!」
「では、自前の鎧をご用意ください」
ギルドの真ん中で、勇者パーティは次々に装備を剥がされていった。
昨日まで輝いていた勇者たちは、ただの高慢な冒険者に戻っていく。
アーヴィンが叫んだ。
「ルカを呼べ! あいつが全部仕組んだんだ!」
「呼ばれているぞ」
ギルド長に案内され、俺は大広間へ入った。
隣には、王国監査官がいる。
「ルカ!」
アーヴィンは俺を見るなり怒鳴った。
「今すぐ全部戻せ!」
「無理だ。契約は終了している」
「なら新しく契約しろ!」
「俺にはもう、その義務はない」
王国監査官が書類を広げた。
「勇者パーティ《暁の剣》に対し、王国補助金および貸与品の管理不備について、正式な調査を開始します」
アーヴィンの顔が固まった。
「調査……?」
「はい。装備維持費、薬品購入費、馬車修繕費、宿泊費、情報料、保険料。その多くがルカ・ノルデン殿の個人保証と契約処理によって補填・適正化されていました。にもかかわらず、これまでの報告では、勇者パーティ単独の運営実績として処理されていました」
ミーネが震え始める。
「そ、それは私が来る前の話です!」
「あなたには、昨日付で新会計責任者就任確認書に署名した記録があります。旧管理者の保証解除後に発生する返却義務、違約金、損害賠償について確認したものとみなされます」
「読んでません!」
「読まずに署名したのですか」
ミーネは何も言えなくなった。
監査官はさらに続けた。
「また、契約終了後に貸与品を無断使用し、損傷させた件についても確認します。王国所有品である聖剣を含むため、勇者認定については王国側で再審査となります」
ギルド長が重々しく告げた。
「ギルドとしても、勇者パーティ《暁の剣》は本日をもって活動停止。パーティランクはSからCへ降格する」
「Cランク……?」
セラがその場に座り込む。
ボルグは呆然と空の手を見つめた。
フィーネは泣きながら宝冠を返している。
ミーネは逃げようとしたが、商人組合の男に止められた。
「あなたにも、虚偽の引き継ぎ説明と無断使用補助の疑いがあります。詳しくお話を伺います」
「私は悪くありません! 勇者様が、ルカさんなんていらないって!」
「お前が契約なんか不要だと言ったんだろう!」
アーヴィンが叫ぶ。
「勇者様が、細かいことは任せるって言ったんです!」
昨日まで勝ち誇っていた者たちが、大広間の真ん中で責任を押しつけ合う。
俺はそれを、静かに見ていた。
不思議と、怒りはなかった。
ただ、終わったのだと思った。
◇
「ルカ」
アーヴィンが、俺の名を呼んだ。
その声には、昨日までの傲慢さはなかった。
けれど、反省というより、追い詰められた者の焦りだった。
「頼む。戻ってきてくれ」
「断る」
「謝る! お前が必要だった!」
「必要だったのは、俺じゃない」
俺は言った。
「俺の契約と、俺の保証と、俺の帳簿だろう」
アーヴィンは言葉を失った。
「お前たちは俺を仲間だと思ったことがない。便利な財布と、口うるさい雑用係だと思っていた」
「違う、俺は……」
「違わない」
俺は帳簿を開いた。
「未払いになりそうな宿代を立て替えた。お前が酒場で壊した魔導灯の弁償を分割にした。ボルグが傷つけた鎧を、契約範囲内の戦闘損傷として認めてもらった。フィーネが儀式で破損させた宝冠の修復費も、神殿と交渉した」
俺はセラを見る。
「セラが無断で使った登録外高位魔石も、違約金込みで正規手続きに戻した。隠したんじゃない。正規処理に直したんだ」
セラは目を逸らした。
「全部、帳簿に残っている」
俺はページを閉じた。
「俺がいなくなればこうなる。だから何度も言った。契約は読め。備品は壊すな。支援は当然じゃない。勇者の名だけで世界は回らない」
アーヴィンは歯を食いしばった。
「俺は……魔王軍と戦ってきたんだぞ」
「そうだな」
「民を守ってきた!」
「それも事実だ」
「なら、少しくらい優遇されて当然だろう!」
その瞬間、ギルド長が机を叩いた。
「黙れ、アーヴィン」
老いたギルド長の声は低かった。
「優遇されて当然だと思った時点で、お前は勇者ではない」
大広間が静まり返る。
アーヴィンの顔が、くしゃりと歪んだ。
「ルカ……俺は、どうすれば……」
「契約書を読め」
俺は言った。
「署名したものを守れ。壊したものを返せ。借りたものを弁償しろ。まずはそこからだ」
「戻っては、くれないのか」
「戻らない」
俺は、昨日の契約終了確認書を取り出した。
そこにはアーヴィン自身の文字で、こう書かれている。
――ルカ・ノルデンは、今後一切、勇者パーティ《暁の剣》の運営に関与しない。
「お前が望んだ契約だ」
俺は静かに告げた。
「契約は絶対だ」
◇
その後、勇者パーティ《暁の剣》は解散した。
アーヴィンは勇者認定を剥奪され、借金返済のために王都外壁の魔物討伐隊へ回された。
聖女フィーネは大神殿で再教育を受けることになった。
治癒魔法より先に、誓約書の読み方を学ばされているらしい。
魔導士セラは杖を失い、王立魔導院で基礎魔法からやり直し。
重戦士ボルグは鎧の修繕費を払うため、北方傭兵組合で荷運びをしている。
ミーネは商人組合から処分を受け、帳簿整理の下働きとなった。
そして俺は、王国契約官として正式に雇われた。
冒険者ギルドには、新しい規則ができた。
高位パーティは、装備・補助金・保険・貸与品の契約内容を定期確認すること。
契約担当者を不当に追放した場合、ギルド監査を受けること。
冒険者たちは最初こそ面倒だと文句を言ったが、すぐに黙った。
《暁の剣》の末路を見たあとでは、誰も契約書を笑えなかった。
「ルカさん」
ある日、ギルドの新人冒険者が契約書を持ってきた。
「この貸与契約、見てもらえますか」
「ああ」
「すみません。こういうの、よく分からなくて」
「分からないなら、署名する前に聞けばいい」
俺は契約書に目を通した。
不利な条項が二つ。
曖昧な返却条件が一つ。
保証人欄に危ない空白が一つ。
「ここは直した方がいい」
「ありがとうございます!」
新人は深く頭を下げた。
その背中を見送りながら、俺は帳簿を閉じる。
かつて俺は、契約馬鹿と笑われた。
戦えないと言われた。
役に立たないと言われた。
だが、剣は折れる。
鎧は壊れる。
聖女の祈りも、魔導士の杖も、永遠ではない。
それらを支える約束がある。
約束を守る仕組みがある。
誰が何を借り、誰が何を支払い、誰が何に責任を持つのか。
それを軽んじた者から、足元をすくわれる。
ギルドの外では、荷車を引くアーヴィンが見えた。
彼は俺に気づくと、気まずそうに目を逸らした。
その腰に聖剣はない。
白銀の鎧もない。
勇者の証もない。
ただ、返済用の木札だけがぶら下がっていた。
俺は窓を閉め、次の契約書を開いた。
最後に一つだけ、元勇者に教えてやれることがあるとすれば。
それはきっと、これだ。
契約書は、読んでから署名しろ。




