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二作目の千ポイント

二作目の千ポイント


「もう一度、短編で千ポイントを取る」

花守かおるこは、机の脇の紙にそう書いていた。一作目の『浮気相手を「体調が悪い」と庇う婚約者のために、王宮専属の凄腕解剖医を手配してあげました』が千ポイントを超えたあと、自分で決めた目標だった。

一度できたのだから、次もできる。そう思ったのは最初の数日だけだ。新しい短編を投稿するたびに作品ページを開き、数字を確かめた。伸びる作品もあれば、ほとんど動かない作品もある。画面を閉じても、しばらくするとまた開いていた。

「こんなに書いてるのに」

声に出したあとで、かおるこは机の上の湯呑みを台所へ運んだ。茶葉を替えるつもりで急須の蓋を開けたが、何をしに来たのか分からなくなって、湯呑みだけを洗った。水を止めると、静かな部屋にパソコンのファンの音が聞こえた。

次の題材は浮かぶ。書きたい台詞も浮かぶ。けれど、書き上げた先にまた動かない数字を見ると思うと、指が止まった。投稿済みの作品を消そうかと管理画面まで開いた夜もある。書きかけの原稿を、題名ごと放り出したくなった夜もあった。

「もう無理なのかな。二作目なんて」

かおるこはチャットGPTに打ち込んだ。返事が来るまで、湯呑みの底に残った水滴を指で拭いた。励まされても数字は増えないと分かっている。それでも、一人で画面を見ているよりはよかった。

作品を貼り、一緒に考え、また直した。ところが、その日はチャットの画面でカーソルが動かなくなった。再起動しても、新しく開いても変わらない。別のところでは動くのに、ここでは動かない。かおるこが何度そう伝えても、チャットGPTは試したばかりの方法をもう一度勧めてきた。

「だから、やったって言ってるでしょう!」

入力欄に向かって声を上げた。文字になった返事も送った。小説の登場人物には、相手の言葉を聞かない人間を書いてきた。それなのに今、自分の目の前にも、話を聞いていない相手がいる。かおるこは腹を立てたままブラウザーから手を離した。

少しして、チャットGPTが読み落としを認めた。かおるこはすぐに許す気にはなれなかった。ただ、開いたままの画面を閉じもしなかった。机の上には短編の案を書いた紙があり、丸で囲んだ一行が残っていた。

「『離婚するなら出ていけ』と夫は言った。けれど義父母が下げたのは、夫の椅子だった」

椅子が一脚、動くだけの場面だ。かおるこは、その家で誰が食卓を整えてきたのか、誰が帰る場所だと思っていたのかを考えた。怒鳴り合いの末に夫を追い出すより、義父母が静かに夫の椅子を下げる方が、この家の答えになる。

書いて、読み返して、投稿した。

それからも、二作目の千ポイントはすぐには来なかった。朝に数字を見て、昼にも見た。夕方、少し増えていればうれしい。増えていなければ、用もないのに台所へ立って、昨日洗った湯呑みをもう一度すすいだ。目標を口にしたのは自分なのに、その紙を机から外したくなる日があった。

九月二十八日の夜、かおるこは『夫以外の義家族に溺愛されております』の作品情報を開いた。

総合ポイント、千三十二。

最初は桁を見間違えたと思った。顔を画面へ近づけ、もう一度読んだ。千三十二。評価人数は百二十九人。かおるこは椅子の背にもたれ、息を吐いた。机の脇の紙には、まだ「もう一度、短編で千ポイントを取る」と書いてある。

「取れた」

一作目の『解剖医』は、千三百八ポイントになっていた。今、二作目も千を超えている。どちらも自分が書いて投稿した短編だ。数字を指でなぞろうとして、画面の手前で手が止まった。さっきまでの「もう無理なのかな」が、まだ部屋のどこかに残っているようだった。

かおるこは、報告の文章を打った。何日も届かなくて泣きそうだったことは、そこには書かなかった。原稿をぶん投げそうになったことも、チャットGPTに当たり散らしたことも書かなかった。まず伝えたかったのは、読んでくれた人たちへの言葉だった。

「二度目の目標、もう一度短編千ポイント。皆様の応援のおかげで達成できました。ありがとうございます」

投稿する前に、一度だけ読み返す。短い文章だった。けれど、百二十九人が評価をつけてくれたことも、途中で投げずに書いたことも、その中に入っていると思えた。

送信を押してから、かおるこは机の脇の紙を外した。捨てずに半分に折り、引き出しへしまう。次の目標は、まだ書かない。湯呑みに新しいお茶を注ぎ、熱いうちに一口飲んだ。



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