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【証拠はいらない】当たり前になった人

作者: Wataru
掲載日:2026/01/28

相談者は、四十代前半の女性だった。


服装は落ち着いている。

派手さはないが、手入れは行き届いていた。

ただ――椅子に座ったまま、視線だけが落ち着かなかった。


「……変な相談ですか」


「内容による」


彼女は小さく息を吸った。


「夫と、もう何年も……ありません」


「セックスレスか」


「はい」


即答だった。


「嫌いになったわけじゃありません」

「家族としては、うまくいってると思います」


「でも?」


「……女として、見られてない気がして」


言い切ったあと、少しだけ唇を噛んだ。


「それで?」

「別れたい?」


首を振る。


「離れたいわけじゃないです」

「浮気したいわけでも……」


「じゃあ、何が欲しい」


少し長い沈黙。


「……選ばれてるって、実感です」


俺は、机に肘をついた。


「聞くぞ」

「今、あんたは――」

「捨てられてるか?」


彼女は驚いた顔をして、首を振った。


「生活は?」


「穏やかです」


「会話は?」


「あります」


「大事にされてるか?」


「……はい」


「なら」

「“扱われてない”わけじゃない」


彼女の表情が、少し揺れた。


「でも」

「触れられないと……」


「消えそうか?」


その一言で、彼女は黙った。


しばらくして、ぽつりと。


「……消える気が、するんです」


「それだ」


俺は、椅子にもたれた。


「セックスが欲しいんじゃない」

「“存在確認”が欲しいだけだ」


「……」


「触られない=選ばれてない」

「そう結びつけてる」


彼女は、ゆっくりうなずいた。


「でもな」

「選ばれてない奴は」

「こんな顔で、ここに来ない」


「え?」


「不満を言えるってことは」

「まだ、関係の中に立ってる」


少し間を置く。


「逆に聞く」

「触られたら、安心するか?」


彼女は、考えてから答えた。


「……一時的には」


「だろ」


「それ、根本じゃない」


彼女は、静かに息を吐いた。


「じゃあ……私は、どうすれば」


「確認しろ」


「何を?」


「“選ばれてる証拠”を」

「セックス以外で」


「……」


「言葉」

「態度」

「一緒にいる理由」


「それが見えたら」

「触られなくても、消えない」


彼女は、しばらく黙っていた。


「……私」

「女として見られたい、より」

「人として、必要とされたいのかもしれません」


「ああ」


「そこ、間違えると」

「一生、足りなくなる」


立ち上がる前、彼女は小さく言った。


「……証拠、いりませんでした」


「そうだな」


「もう」

「分かってたみたいです」


ドアが閉まる。


しばらくして、背後から声がした。


「セックスレスって、本人にとっては、深刻だよね」


「一般的には、深刻な悩みとされてる」

「でも、本当にそうか?」


「え?」


「毎日一緒にいてくれる」

「それで十分、選ばれてる」

「そう思わないか?」


静かになる。


触れられなくても、

一緒にいる理由が分かっていれば、

人は、消えない。


だから――

もう、証拠はいらない。


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