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三大公爵様、私の為に争うのはやめて!……んっ?奪い合ってるの、私じゃなくて新作スイーツの方?~でも一番怖い「煉獄の公爵様」だけは、勘違いして本気で私を嫁にする気満々みたいです〜

作者: 文月ナオ
掲載日:2026/01/29

 

 私の名前は、プリシラ・ド・ベルグ。


 ベルグ伯爵家の長女で、前世の記憶を持つ転生者だ。


 でも、家族や親しい友人からはこう呼ばれているわ。


 ――「プリン」、と。


 幼い頃の私の頬が、プルプルと柔らかくて美味しそうだったから……というのと、プリシラという名前が少しプリンに似ているというふざけた理由。


 そして、三度の飯よりプリンが好きで、事あるごとに「プリンが食べたい!」とワガママを言って「プリン狂いの令嬢」として有名になってしまったからだ。


 正直、二十歳近い令嬢が「プリン」呼びされるのはどうなの? と、我に返るときがないわけではない。


 恥ずかしいし、威厳もへったくれもないもの。


 でもね、そこは前世パティシエの私。即座にこう切り替えるの。


「私の愛称が広まれば広まるほど、私が開発したお菓子の宣伝になるじゃない!」と。


 そう、私は歩く広告塔。


 私の名前が呼ばれるたびに、人々の脳裏には甘~いプリンの映像が刷り込まれるというサブリミナル効果付きよ。


 おかげで私は、とってもポジティブ。


 みんなが私の愛称を聞いて、とろけるような笑顔になるのは、私への愛着半分、スイーツへの食欲半分ってところね。


「プリン嬢、君は本当に……食べちゃいたいくらい愛らしいね」


 ほら、社交界の殿方たちは、いつもそう言って私を口説くのよ。


 まあ、そのあとに必ず「ところで、例の新作お菓子の試食会はいつかな?」と聞かれるのだけれど。


 きっと、私に会うための口実だな。照れ屋さんなんだから。


 そんな私のモテ期が、ついに最高潮を迎えてしまったみたい。


 だって今、私の家の応接間に、この国の頂点に立つ「三大公爵家」の当主様たちが、揃い踏みしているんですもの!




 ◇◆◇




「……遅いですね」


 不機嫌そうにソファの肘掛けをリズミカルに叩いたのは、ふわふわのピンク髪が愛らしい美青年。


 ナッシュ・カッツ公爵様。


 その可愛らしい見た目とは裏腹に、国内の流通を牛耳る切れ者で、女性ファンも多いアイドル的な存在だ。


 通称、「甘々公爵」。


 いつでも砂糖菓子のように甘い笑顔を振りまいているからそう呼ばれているのだけれど、今の彼は獲物を狙う猫のように目がギラギラしている。


 瞳孔が開いている気がするのは気のせいかしら?


「そんなに焦るな、ナッシュ。極上の逸品というものは、焦らされれば焦らされるほど、味わい深くなるものだ」


 優雅に紅茶を啜ったのは、艶やかな青いロングヘアを後ろで束ねた、クールなイケメン。


 レッカ・フォン・マウル公爵様。


 芸術と文化を愛し、彼のお眼鏡に適わないものはゴミ同然に扱うという、冷徹な審美眼の持ち主。


 通称、「美食公爵」。


 冷静を装っているけれど、その指先は小刻みに震えている。


 まるで禁断症状が出ているみたいだわ。


 そして。


 二人の向かい側で、腕を組み、仁王像のように眉間に皺を寄せている赤髪のこれまた美男子。


 ガラン・エル・マザール公爵様。


 燃え盛る炎のような赤い髪に、金色の瞳。


 黙って座っているだけで室温が3度くらい上がりそうな威圧感を放っている。


 彼は我が国の軍部を統括する最強の武人であり、敵国の兵士を炎魔法で焼き尽くす姿から、こう呼ばれている。


 ――「煉獄の公爵」、と。


(きゃあああ……っ! なんて豪華な顔ぶれなのかしら!)


 私はドアの隙間からその光景を覗き見て、頬を押さえた。


 三大公爵が、私の家の狭い応接間にひしめき合っている。


 しかも、なんだか空気がピリピリしているわ。


 ナッシュ様は貧乏ゆすりをしているし、レッカ様は眼鏡の奥の目が笑っていないし、ガラン様に至っては物理的な熱波と殺気すら漏れている気がする。


 これって、まさか……。


(私の奪い合い、よね!?)


 心臓が早鐘を打った。


 だって、そうとしか考えられないもの。


 ナッシュ様もレッカ様も、私に夢中で、毎日のように「会いたい」「君が足りない」「禁断症状が出そうだ」って熱烈な手紙をくださるし。


 ガラン様だけは今まで接点がなかったけれど、きっと遠くから私のことを見つめていたに違いないわ。


 だって「煉獄」よ?


 その情熱的な二つ名、私のとろけるような魅力に焼かれてしまったってことでしょう?


「……おい。いつまで待たせる気だ」


 ガラン様が、地響きのような低い声で唸った。


「俺の忍耐も限界だぞ。……早く、『プリン』に会わせろ」


 いきなりご指名!?


 しかも愛称呼び!? 親しい人しか呼ばない名前なのに、大胆なんだから!


「ふん、野蛮ですね。ガラン。君のようなスパイス臭い男に、あの繊細な『プリン』の良さが分かるのですか?」


 ナッシュ様が鼻で笑って挑発する。


「全くだ。君は戦場で乾パンでも齧っているのがお似合いだよ。……『プリン』の滑らかな質感と、舌の上で蕩けるような濃厚な甘みは、私のような紳士だけが理解できる芸術品なのだから」


 レッカ様も、冷ややかな視線でガラン様を射抜く。


 な、なんと!!


 私の質感……!?


 いつの間に確認したのかしら……握手した時? それともダンスの時?


 レッカ様ったら、むっつり系だったのね……。


 私の脳内はお花畑満開だったけれど、室内の空気は一触即発だった。


 ガラン様が、ダンッ! とテーブルを叩いて立ち上がったのだ。


「貴様ら……っ!!」


 ガラン様の金色の瞳が、怒りに燃えている。


「よくも抜け抜けと……! そんな不埒な動機で、『プリン』を狙っているのか!?」


「は? 不埒? 何を言っているんです?」


 ナッシュ様がきょとんとする。


 その瞳には、狂気じみた光が宿っていた。


「僕はただ、大好きな『プリン』を、スプーンでグチャグチャに掻き回して、その中身を暴きたいだけですよ。……あの甘い蜜を余すことなく、滴る最後の一滴までこの舌で味わい尽くしたい」


「私は、持ち帰って寝室で楽しむつもりだがね。誰にも邪魔されず、ネットリと絡みつくような時間を過ごしたい。……形が崩れるまで愛でるのが礼儀だろう?」


 レッカ様が妖艶に唇を舐める。(ちなみに私は扉の隙間からこっそり覗いている)


 ブワッと、私の顔から火が出た。


(ぐ、グチャグチャにかき回して中身を暴く!? 寝室でネットリと!? か、形が崩れるまでぇっ!?)


 刺激が強すぎる!


 なんて情熱的かつサディスティックな求愛プロポーズの仕方?


 三大公爵様たちって、揃いも揃って超ド級の肉食系だったのか……。


 けれど、ガラン様だけは違った。


 彼はワナワナと肩を震わせ、拳を握りしめている。


「き、貴様ら……そこまで外道だったとはな……っ!」


 え?


「形が崩れるまでだと? 中身を暴くだと? ……それが、人間のすることか!!」


 ガラン様の怒声が、ビリビリと部屋の窓ガラスを震わせた。


「俺は許さんぞ! そんな非道な行い、断じて見過ごせん! 『プリン』は俺が守る! 俺が責任を持って引き取り、一生大切にする!!」


 シーン……。


 一瞬、部屋が静まり返った。


 ナッシュ様とレッカ様は、「は?」という顔でガラン様を見ている。


 そして、盗み聞き(盗み見)していた私は、腰が砕けてその場にへたり込んでしまった。


(一生、大切にする……っ!?)


 プロポーズだ。


 これは、正真正銘の正統派なプロポーズだ。


 他の二人が激しい肉体的な愛、あるいは背徳的な遊戯を求めているのに対して、ガラン様だけは、清らかな精神的な愛を誓ってくださっている。


 やっぱり、「煉獄」なんて呼ばれていても、中身は誠実なナイト様だったんだわ。


 もう、我慢できない!


 私はドレスの裾を翻し、勢いよくドアを開け放った。


「お待ちになって、皆様!!」


「私のために争うのはやめてください! ……でも、皆様のお気持ちは、痛いほど伝わってきましたわ!」


 私が部屋に飛び込んで高らかに宣言すると、その場に奇妙な沈黙が流れた。


 ガラン様は目を丸くして私を見つめ、ナッシュ様とレッカ様はきょとんとして顔を見合わせている。


 真っ先に口を開いたのは、やはり正義感に燃えるガラン様だった。


「……プリン嬢。君は、聞いていたのか。俺たちの会話を」


 その声は微かに震えていて、金色の瞳が不安げに揺れている。


 自分の醜い争いを、意中の女性に聞かれてしまった恥ずかしさと、それでも私を守りたいという決意が入り混じっているんだろう。


 うんうん。分かるよ。その気持ち。


 私はゆっくりと頷き、彼の前に歩み寄った。


「ええ、聞いておりました。……ガラン様が、私のことを『一生大切にする』とおっしゃってくださったことも」


「っ……!」


 ガラン様の顔が、彼の髪色と同じくらい真っ赤に染まる。可愛いな。


 強面で屈強な武人が、純情な少年のように狼狽える姿。


 破壊力がすごすぎる。


 こんなの、好きにならないわけがないじゃない。


「お、俺は本気だ! 君のような可憐な女性が、この獣たちに『グチャグチャ』だの『ドロドロ』だのと辱められるなど、あってはならない!」


 ガラン様が私を背に庇うようにして、他の二人を睨みつける。


 ああ、なんて頼もしい背中。


 これが「守られる喜び」ってやつなのね。


 しかし、「獣たち」の反応は、予想外にドライなものだった。


「はあ? 辱める? 何を言っているんです、ガラン」


 ナッシュ様が心底不思議そうに首を傾げた。


「僕はただ、プリン嬢の生み出した『至高の存在』に対して、最大の敬意を払っているだけですよ。……中途半端に手をつけるなんて失礼でしょう? 一気に、豪快に、その全てを口腔内で味わい尽くすのが礼儀というものです」


「その通りだね」


 レッカ様も、眼鏡の位置を直しながら同意する。


「美しいものを前にして、理性を保てというのは酷な話だ。……早くその『柔らかさ』を唇で確かめたくて、指先が震えているくらいだよ」


 口腔内で味わい尽くす……理性が保てない……。


 お二人とも、目が完全にイッちゃってるんですけど……!?


 普段は冷静沈着な公爵様たちをここまで狂わせるなんて、私のフェロモンもなんと罪深いことか。


「貴様ら……! 本人の前でよくもそこまで卑猥な妄言を……!」


 ガラン様が剣の柄に手をかけた。


 室温が一気に上昇する。


 物理的に燃え上がりそうだ。


 いけない、このままでは我が家の応接間が戦場になってしまう!


 ここで私が仲裁に入らなければ、私の家が更地になってしまうわ。


「皆様! もう、言葉よりも行動で示させていただきます!」


 私はパンパンと手を叩き、メイドたちに合図を送った。


「運んでちょうだい!」


 私の指示で、応接間の扉が大きく開かれた。


 しかし、メイドに任せるわけにはいかない。


 これは私の「最高傑作」のお披露目なのだから。


 この最高傑作で全員の胃袋()ガッチリ掴み、骨抜きにさせる!


 私は自らワゴンを受け取り、銀色のドームカバーが被せられた皿をうやうやしく押して、三人の前に進み出た。


「さあ、ご覧くださいませ! これが私の全てです!」


 そして、懐から小瓶を取り出すと、皆が見守る中でドームの隙間から「追いカラメル」をトロリと流し込んだ。


 仕上げの儀式。


 黒く艶やかな蜜が、中身を濡らしていく。


 私はパティシエとしての矜持を胸に、勢いよくドームカバーを持ち上げた。


「さあ、召し上がれ!!」


 カポッ。


 銀のドームが外され、その中身が露わになる。


 窓から差し込む陽光を浴びて、プルン、と揺れたのは――。


 直径30センチはあろうかという、巨大なカスタードプリンだった。


 普通なら自重で崩壊しかねないサイズ。


 けれど、艶やかな黄金色の肌は、絶妙なバランスでその形を保ち、挑発するようにプルプルと揺れている。


 そう、これこそが私の転生特典・固有スキル『製菓保存魔法』の賜物!


 物理法則を無視してでも「美味しそうな形状」を維持させる、パティシエのための奇跡の力なのだ。


 たっぷりと滴るほろ苦いカラメルソース。


 それはまさに、お菓子の宝石。


「おおおおおおっ……!!」


 ナッシュ様とレッカ様から、感嘆の吐息が漏れた。


「素晴らしい……! 氷魔法による急速冷却ではない……? この滑らかさ、湯煎の温度を一度単位で管理しないと出せない神業のプルプル感ですよ!?」


「バニラの香りの立ち方が異常だ。抽出液ではない……本物の鞘から種をしごき出し、牛乳に香りを移すタイミングまで計算されている。……これは最早、この国には存在しないロストテクノロジーだ……!」


「えっ?」


 二人は私のことなど目に入っていないかのように、食い入るように巨大プリンを見つめ、専門用語を早口で捲し立てている。


 ただの食いしん坊ではない。


 彼らは、私の技術チートを完全に見抜く、本物の「ガチ勢」だったのだ。


 二人はそれぞれ懐から「マイスプーン」を取り出すと、迷うことなくプリンに向かって突き進んでいった。


「いただきまーす!!」


「堪能させてもらおう」


 パクッ。


 チュルン。


「んんっ……! 濃厚……っ! 舌の上に乗せた瞬間、体温で解けるように設計されている……! これはもはや科学だ!」


「……素晴らしい口溶けだ……。余韻として残るバニラの香りが、官能的ですらある」


 二人の公爵様は、恍惚の表情を浮かべながら、一心不乱にスプーンを動かし始めた。


 …………。


 …………はい?


 私は、ドームカバーを持ったまま、石像のように固まっていた。


 私の隣で、ガラン様もポカンと口を開けている。


 えっと。


 状況を整理しましょう。


 彼らが欲しがっていた「プリン」って。


「中身を暴きたかった」対象って。


「寝室で愛でたかった」ものって。


 ……私じゃなくて、この「お菓子」の方のプリンだったの……?


(…………う、嘘でしょ……?)


 カァァァッ……と、全身の血液が顔に集まっていくのが分かった。


 恥ずかしい。


 死ぬほど恥ずかしい。


 私、さっきなんて言った?


「私のために争うのはやめて」?


「皆様のお気持ちは痛いほど伝わった」?


「これが私の全てです」?


 どの口が言ったの!?


 自意識過剰にも程がある! 


 そりゃそうよ、いくら私が美少女(自称)でも、三大公爵がこぞって求婚なんておかしいと思ったのよ!


 私の名前が「プリン」で、彼らが「プリン好き」だっただけ。


 ただの、不幸な……いえ、あまりにもお粗末な偶然の一致!


(もう、お嫁に行けない……)


 穴があったら入りたい。


 いや、いっそこの巨大プリンの中に埋まってしまいたい!


 そしてそのまま窒息して、記憶ごと消滅してしまいたい!


 明日から社交界でどんな顔をして歩けばいいの?


「ああ、あの『勘違いプリン令嬢』ね」って後ろ指を指される未来しか見えない!


 そうだ、修道院に行こう。


 うん、それがいい。北の最果ての、誰も知らない修道院で一生お菓子を作らずに過ごそう。


 私が絶望のあまり膝から崩れ落ちそうになった、その時だった。


 隣から「カチャン」と剣を鞘に収める音がした。


 恐る恐る横を見ると、ガラン様が、真っ赤な顔をして口元を手で覆っていた。


「……つまり、そういうことか」


 低い声が、呻くように漏れる。


「あいつらが言っていた『プリン』というのは……最初から、その菓子のことだったのか」


 目の前では、ナッシュ様とレッカ様が「ここのカラメルの焦がし具合が最高ですね!」「いや、この卵のコクこそが至高だよ」とキャッキャウフフと盛り上がっている。


 この温度差。


 いたたまれない。


 私は蚊の鳴くような声で言った。


「……あ、あの、ガラン様。申し訳ありません、私、とんだ勘違いを……。お忘れください、今の失態はすべて忘れて……」


「……いや」


 ガラン様が、私の言葉を遮った。


 彼は深呼吸を一つすると、その金色の瞳で、真っ直ぐに私を見つめてきた。


 その瞳には、羞恥心もあったけれど、それ以上に強い意志の光が宿っていた。


「俺は、間違っていない」


「え?」


「俺が欲しいと言ったのは……あんな砂糖の塊じゃない」


 ガラン様が一歩、私に近づく。


 その体から放たれる熱気が、私の肌を焼くようだ。


 焼きプリンになっちゃう。なんつって。


「俺が一生大切にすると誓ったのは……目の前にいる、君だ。プリン嬢……いや、プリシラ・ド・ベルグ嬢」


「へ……?」


 予想外の言葉に、私の思考回路は完全にショートした。


 え、どういうこと?


 勘違いじゃなかったの?


 それに今、愛称じゃなくて、本名で……。


 ガラン様は、私の手を取り、その指先に跪いて口づけを落とした。


 まるで、忠誠を誓う騎士のように。


「俺は辛党だ。甘いものは苦手だ。……だが、君との甘い生活ならば、悪くないと思っている」


 トゥンク……。


 私の胸の奥で、トキメキの音がした。


 修道院行きの馬車に乗っていた心が、一気に成層圏まで急上昇する。


「んん~っ! この舌に絡みつくような甘さ、たまらないです……!」


「ああ、飲み込むのが惜しい。喉の奥まで甘美な香りで満たされていくようだよ……」


 すぐ背後から、ナッシュ様とレッカ様の、それはそれは官能的な感想(ただし対象はカスタードプリン)が聞こえてきた。


 せっかくのガラン様とのロマンチックな雰囲気が台無しだ。


 ガラン様は不快そうに眉を寄せると、私の手を強く握り直した。


「……場所を変えよう。ここは騒がしすぎる」


「は、はひ……」




 ◇◆◇




 ガラン様に手を引かれ、私は応接間続きのテラスへと連れ出された。


 ガラス戸を閉めると、先ほどまでの喧騒が嘘のように遠のく。


 春の柔らかな風が、火照った私の頬を撫でていった。


 私たちはテラスの手すりにもたれかかり、しばらく無言で庭園の薔薇を眺めていた。


 気まずい。


 いや、気まずいというより、心臓がうるさすぎて倒れそうなんですけど。


 隣にいるガラン様からは、暖炉のそばにいるような温かさが伝わってくる。


 チラリ、と横顔を盗み見る。


 赤髪が風に揺れ、彫りの深い横顔は芸術品のように整っている。


 けれど、その耳元はまだほんのりと赤い。


 どうしよう。


 私、本当にこの人に求婚されちゃったんだよ……ね?


 お菓子目当ての勘違いじゃなくて、正真正銘、私自身に?


「……あの、ガラン様」


 私は勇気を振り絞って口を開いた。


「どうして、私なのですか? 私はただのお菓子作りが好きなだけの令嬢です。ガラン様のような立派な方と、これまで接点なんて……」


「接点なら、あった」


 ガラン様が静かに夜空を見上げて口を開いた。


「二年前……侵略戦争が終わった日のことだ。凱旋パレードの最中、一人の令嬢が隊列に飛び込んできたのを覚えているか? ……あの日、俺を救ってくれたのは、君がくれた塩バニラアイスだった」


「え……?」


 塩バニラアイス。


 その単語を聞いた瞬間、私の脳裏でカチリと記憶のピースが嵌まった。


 そうだ。二年前。私がまだ前世の記憶を思い出したばかりの頃。


 視界いっぱいに、当時の光景が鮮やかに蘇る。


 熱狂する群衆。降り注ぐ紙吹雪。


 その中心を行く、真っ赤な髪の将軍様。


 周囲の人々が「煉獄だ」「人殺しの目だ」と震え上がる中、私の目には、彼がひどく顔色が悪く、今にも倒れそうに見えたのだ。


『わあ、すごーい! イケメン! ……でも、何あの顔?』


 当時の私は、彼の顰められた眉と、苦しげな呼吸を見て思ったのだ。


『すっごく暑そうだし、喉カラカラっぽい! あれ絶対、脱水症状で機嫌が悪いんだわ! 熱中症になっちゃう!』


 そう。私は彼の殺気を「暑さによる不機嫌」だと勝手に変換し、とっさにクーラーボックス(魔道具)を開けて、彼に差し出したのだ。


『将軍様! お疲れ様です! これ、よかったらどうぞ! 塩分チャージできる特製塩バニラアイスです!』


 ……待って。


 今思い返せば、あれは……。


 ハッとしてガラン様を見上げると、彼は懐かしむように目を細めていた。


「あの日、俺は炎魔法の使いすぎで、体内の魔力回路がオーバーヒート寸前だった。内側から焼かれるような熱さと渇きで、意識が飛びそうだったんだ」


「あっ……!」


 やっぱり!


 あれは不機嫌だったんじゃない、本当に死にそうだったんだ!


 私の「ポジティブ勘違い」が、奇跡的に正解を引いていたなんて!


「誰もが俺を化け物として見る中で、君だけは俺を『ただの疲れた人間』として扱い、心配してくれた。……差し出されたアイスの冷たさが、暴走しかけていた俺の炎を鎮めてくれたんだ」


「俺は甘いものが苦手だ。普段なら、菓子など見向きもしない」


 ガラン様は、懐かしむように目を細めた。


「だが、あの時だけは違った。君がくれたその『甘さ』だけは……枯渇した俺の体に、命の水のように染み渡ったんだ」


 ガラン様が、私の手を取り、そっと両手で包み込んだ。


 ゴツゴツとした大きな手。戦い続けてきた人の手だ。


 けれど、その手はとても温かい。


「あの塩味が、俺の命を繋いだ。……その瞬間、君の笑顔が、俺にとっての唯一の光になった」


「ガラン様……」


 胸がいっぱいになった。


 ただの試作品を押し付けただけなのに、そんなふうに思っていてくれたなんて。


「それからずっと、君のことを見ていた。君が作る菓子が、多くの人を笑顔にしていることも知っている。……だが、俺は甘いものが苦手でな。茶会にも行けず、遠くから見守ることしかできなかった」


 彼は自嘲気味に笑うと、グッと顔を近づけてきた。


「だが、あの男たちが『プリンを愛でたい』などという不穏な話をしていたことは、以前から耳にしていた。そして、今日集まると聞き、居ても立っても居られなくなった。……君が危ないと思って駆けつけたら、結局、盛大な勘違いだったが」


「ふふっ」


 思わず笑みがこぼれてしまった。


 なんて不器用で、一途な方なんだろう。


 ナッシュ様やレッカ様のように、甘い言葉で飾り立てたりはしない。


 でも、その言葉の一つ一つには、焦げるほどの熱量と、嘘偽りのない誠実さが込められている。


「プリシラ」


 ガラン様が、私の本名を呼んだ。


 その響きが、あまりにも優しくて、泣きそうになる。


「俺は辛党で、無骨な軍人だ。君のような甘やかな世界に生きる人間とは、正反対かもしれない。……だが、俺には君が必要だ」


 彼の親指が、私の唇をなぞる。


 その指先は驚くほど熱くて、触れられた場所から火傷しそうなくらい心臓が高鳴る。


「激辛のスパイスが、甘い料理の味を引き立てるように……俺も、君の人生を支えるスパイスになりたい。いや、ならせてほしい」


 キュゥンっ。


 本日、最大級のトキメキ音。


 スパイスになりたい、だなんて。


 元パティシエの私にとって、これ以上の殺し文句があるだろうか。


 いいえ、ない!


「……私、甘いものばかり食べていると、しょっぱいものや辛いものが恋しくなるんです」


 私は彼の瞳を見つめ返し、微笑んだ。


「ガラン様は、私にとって最高の『味変』……いえ、運命のパートナーかもしれません」


「プリシラ……っ!」


 ガラン様が感極まったように私を抱き寄せた。


 ぎゅううっ、と強い力で締め付けられる。


 たくましい胸板に押し付けられ、彼の心臓が早鐘を打っているのが伝わってきた。


 トクン、トクン、と私の鼓動と重なる。


 彼の体温は、やっぱり普通の人よりずっと高くて、包まれているだけで溶けてしまいそう。


「……熱い」


「嫌か?」


 耳元で囁かれ、甘い吐息がかかる。


 ゾクゾクッとした痺れが背筋を駆け抜けた。


「……いいえ。とっても、温かいです」


 私が彼の背中に腕を回し返すと、ガラン様は安堵したように息を吐き、さらに強く私を抱きしめた。


 彼の匂い。焦げ臭くなんてない。


 陽だまりのような、それでいて男らしい、安心する香り。


「約束する。……君を誰よりも幸せにする。君が笑顔でいられるなら、俺はこの身を燃やして世界中を敵に回しても構わない」


「ふふ、世界を敵に回すのは困りますけど……私のために、その情熱を注いでくださるなら、喜んで」


 体を離すと、ガラン様の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。


 普段の強面からは想像もできないくらい、愛おしい表情。


 彼は震える手で私の頬を包み込み、ゆっくりと顔を近づけてくる。


 触れるか触れないかの距離で、視線が絡み合う。


「……甘いな」


「まだ、何もしていませんよ?」


「いいや。君の存在そのものが、どんな菓子よりも甘く、俺を狂わせる」


 重なる唇。


 少しカサついた彼の唇が、私のそれを優しく食む。


 それは、カスタードプリンよりも濃厚で、激辛スパイスのように刺激的な、大人の味がした。




 ◇◆◇




 それから、数ヶ月後。


 王宮の庭園で開かれた茶会にて、奇妙な現象が起きていた。


「……甘い」


 げんなりとした顔で呟いたのは、ナッシュ公爵だ。


 彼の手には、私が新作として発表した『トリプル・ベリー・タルト』が握られているけれど、一向に減る気配がない。


「ああ、甘いな。これ以上は胸焼けがして入りそうにない」


 向かいの席では、レッカ公爵もまた、渋い顔で紅茶(砂糖なし)を啜っている。


 天下の「甘々公爵」と「美食公爵」が、スイーツを前にしてその手を止めるなんて前代未聞だ。


 けれど、それも無理はない。


 なぜなら、彼らの目の前で――さらに強烈な糖分が撒き散らされているからだ。


「プリシラ、口元にクリームがついているぞ」


「あ、すみませんガラン様。自分で拭きま……」


「動くな」


 ガラン様は私の手を押さえると、なんとご自身の親指で私の唇についたクリームを拭い取り、そのままペロリと舐め取ったのだ!


「……うん、悪くない。だが、やはり君の唇のほうが甘いな」


「っ~~~!!」


 衆人環視の中で、平然とのたまう元「煉獄の公爵」様。


 真っ赤になって俯く私を見て、ガラン様は満足げに目を細め、腰に回した腕に力を込める。


 そう、あの日以来、ガラン様のリミッターは完全に崩壊してしまった。


 辛党で硬派だったはずの彼は、今や隙あらば私に触れ、甘い言葉を囁き、四六時中ベタベタに溺愛してくる超・甘党人間に変貌してしまったのだ。


 おかげで私は、物理的な砂糖の摂取量は減ったのに、精神的な糖分過多で毎日めまいがしそう。


 ナッシュ公爵とレッカ公爵は、そんな私たちを見て深々とため息をついた。


「やれやれ……。僕の『甘々公爵』の二つ名、彼に譲渡したほうがいいかもしれませんね」


「全くだ。見てくれは激辛スパイスのくせに、中身がとろとろのフォンダンショコラだったとは……。とんだ詐欺物件だよ」


 二人の呆れた視線も、今のガラン様には届かない。


 彼は私の耳元に顔を寄せると、低音ボイスでこう囁いた。


「帰ったら、続きをしよう。……今日のデザートは、夜までお預けだからな」


 私は顔から火を噴き出しながら、覚悟を決めた。


 どうやら私は、この国で一番危険で、一番甘~い公爵様に、骨の髄まで愛し尽くされる運命から逃れられそうにない。


 ごちそうさまでした!(完敗!)

 

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