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やっつけ転生〜絶景スポット探してたのに、なぜか救世主ポジにされて困ってます〜  作者: アサゴ


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第二十九話 森を出た瞬間、飢えた少年に木の実を奪われました

来夢が森を抜けようとしていたその頃。

反対側、森の東端では、ニ名の冒険者が足を踏み入れようとしていた。


「へへ!今日も稼いでやるぜ!早く終わらせて

 酒でも飲もうぜ!」


「そいつぁいい!雑魚な魔物を狩るだけで

 大儲けなんて…いい世の中になったもんだ!」


だが、彼らの前に広がるのはただの森ではない。

その地下には、エコーの命を受けて配置された

翡翠影軍エメラルド・シャドウレギオンの小隊が潜んでいた。


三男――影潜蟻インフィルトレイター率いる部隊である。

無口で素朴な彼は、冒険者を一瞥いちべつすると、

羽音よりも静かな声でただ一言、命じた。


「ゆけ。翠殻蟻地獄すいかくありじごく


その一言を合図に、森の地面が低く震えた。


地上では何も起きていないように見える。

だが地下では、翠殻蟻すいかくありが地脈をそっとほどき、

乾いた土をさらさらと流砂のように変えていく。

冒険者たちの足元は不意に沈み、驚きの声が漏れた。


「な、なんだ!?急に地面が…!?」


同時に、戦闘蟻たちが地中を高速で掘り進め、

足元の土を削り取って広い空洞を築いていく。

みるみるうちに、足元には多数のトンネルが形成される。

支えを失った大地は、ずぶり、と冒険者たちを呑み込んだ。


「う、うぁ〜!!だ、誰か!助けてくれぇ!

 地面に、の、のみこまれ…!」


穴の縁には影蟻団シャドウアントの影がふわりと立ち上がり、

黒い膜となって逃げ道を塞ぐ。

地上に戻る術は、もうない。


「な、なんだこれは!で、出れねぇ!!」


次の瞬間、四方八方の土中から戦闘蟻が一斉に襲いかかった。

毒を含む硬殻の牙が、装備の隙間を的確に狙い、

冒険者たちは叫び声もまともに上げられず崩れ落ちる。


やがて、翠殻蟻が再び地脈を締めると、

穴は音もなく閉じ、地表は元の静けさを取り戻した。


――影潜蟻は、変わらぬ無表情のまま小さく頷く。


冒険者達は足を引きずり、無言で森と逆方向へ逃げて行った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


来夢は森を抜けた。


空気が一瞬で変わった。


黒紡ぎの森の湿った匂いも、陰の気配もない。

来夢の頬を撫でたのは、ひんやりとして澄みきった風だった。


目の前には、まるで別世界のようなのどかな景色が広がっていた。


足元には柔らかい草原がどこまでも続き、

草の間からは、小さな白い花がぽつぽつと顔を出している。

朝日の光が草の表面に散った露を照らし、きらきらと光った。

風が通るたび、草原は大きな布のように波をつくる。


遠くには丸みを帯びた丘が連なり、

青い空の下でゆるやかに影を落としていた。


鳥たちが数羽、ひゅんと飛び立った。

森では聞いたことのない、明るく伸びやかな鳴き声だった。


『はじめて、森出た!』


胸の奥がぐっと熱くなる。

自由の匂いと、冒険の匂いが、同時に肺に広がるようだった。


危険度MAXの森で、命を守りながら生きていた日々。

それを抜けた先に、こんなにも世界は広くて、明るかったのか。


イカちゃんが横で尻尾を振りながら言う。


「主!ここ……空気うめぇな!」


『あぁ!都会と田舎ぐらい全然空気が違うぞ』


「そりゃ、どういう意味だ?」


『魔王の城で食べた肉と俺が焼いた肉で

 全然味が違ったろ?

 それと同じくらい空気が違うってことだよ!』


「ははっ!ちげぇねぇな!」


イカちゃんと笑いながら歩いていると道の脇に、腰ほどの古びた石像が立っていた。


長い年月を風雨にさらされてきたのだろう。


輪郭はところどころ欠け、

顔に刻まれていたはずの造形も

“表情だけがかすかに残る”程度に摩耗している。


それでも——


丸く擦り減った頬はふっくらとして見え、

細く刻まれた口元は

にこりと微笑んでいるように感じられた。


苔が肩や足元に柔らかく付着し、

淡い緑の模様を描く。


石のひんやりした質感の中に、

草木に守られてきた温かさが宿っている。


風が吹くたび、

石像の足元の草がさらりと揺れ、

まるで石像自身が小さく息をしているようだった。


顔は摩耗して丸く、どこか優しい。


『……お地蔵さんみたいだな』


「お地蔵さんってなんだぁ?聞いたことねぇぞ」


『守り神みたいなものだよ』


来夢は袋から小さな木の実を取り出し、

そっと石像の前に置いた。


『美味しい木の実です。森に住むゴブリン達からもらいました。どうぞ、お召し上がりください』


そういうと来夢は手を合わせた。


風がふわりと吹き、石像の前の草が揺れた。


ザッ…!


茂みが荒々しく揺れ、

そこから痩せた小柄な子どもが飛び出してきた。


七歳くらい——

いや、頬はこけ、腕は細く、もっと幼く見える。

泥だらけの手足、裂けた服。

目だけが、飢えた獣みたいに鋭い。


来夢たちを見るより先に、

子どもの視線は供えた木の実に吸い寄せられた。


次の瞬間——

迷いゼロ。


木の実に飛びつき、むんずと掴んで走り出そうとしたが、

空腹で足がもつれて地面に転がり込んだ。


ポロポロ……

木の実が散らばる。


イカちゃんの背がバチッと逆立った。


「ギュルルルルルル!!」


雷が弾け、

空気がビリッと震える。


子どもは顔を上げた。

だが——逃げない。


むしろ、木の実のほうに手を伸ばした。


恐怖より、飢えが勝っていた。


次の動きは速かった。


転がった木の実を片っ端から掴み、

泥だらけのまま、

必死に口へ押し込む。


噛む音が聞こえるほどがむしゃらに。

喉がつかえようが構わず、

まるで「いま食べなきゃ死ぬ」と言わんばかりに。


来夢が言葉をかける前に——


すべて食べ終えていた。


その速さは、人間というより野生の動物に近い。


最後のひとつを飲み込んだあと、

子どもは肩で息をした。


「……っ、……っ」


その顔には満腹の安堵なんてものは一切ない。

ただ生き延びるための一瞬の猶予を得た顔だった。


イカちゃんがまだ警戒して前に出ようとする。


来夢はやっと口を開いた。


『……そんなに、お腹すいてたの?』


子どもは答えない。

喋る余裕も、信じる余裕も、残っていない。


ただ、冷たく乾いた風の中——

飢えた瞳が来夢を一瞬だけ見た。

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