第二十七話 ヒョド、引っ越し第一陣出発
出発の準備を終えて振り返ると、
小さな集落の道いっぱいに、ゴブリンたちがぞろぞろと集まっていた。
火おこし隊の五匹は並んで胸を張り、
長ゴブリンはというと、
大きな手で目頭をゴシゴシしながら前に出る。
「きゅ、きゅーせーしゅさま……
オルドロックも倒しでもらって……
おらぁ……おらぁもう、
頭が上がらねぇっぺよ……!」
声が震えるたびに、鼻もぷるぷる震えていて、
来夢は思わず笑ってしまいそうになる。
長は後ろに隠していた袋を、そっと差し出した。
「こ、これ……森で採れだ木の実だっぺ。
甘ぇのも酸っぺぇのもあるっぺよ。
みんなで、きゅーせーしゅさまに
渡したいっち言って……
こさえだやづだ……持ってってくれ……!」
袋の口が少し開いて、鮮やかな色がこぼれる。
赤、紫、橙、青色。
光に当たると宝石みたいにきらめいた。
後ろのゴブリンたちも、ポロポロ泣きながら口々に言う。
「もう、暗ざに震えなぐでも良ぐなっだっぺ!!」
「温かいぬぐもりをありがとうっぺ!!」
来夢は袋を両手で受け取り、にこっと笑った。
『ありがとう。みんなのおかげでとても
楽しかったよ。
木の実、大事に食べるね』
長は感極まったように来夢の手をぎゅっと握る。
「きゅーせーしゅさま……
また必ず来るっぺな……?」
『うん。また来るよ』
その一言で、ゴブリンたちは一斉にぱぁっと顔を輝かせた。
火おこし隊大将が静かに口を開く。
「おら達、火さ絶やさねぇように習った通り、
上手ぐやってぐっぺ。きゅーせーしゅさまがら
頂いたモノは大事に使わせでもらうっぺよ」
来夢は静かに頷いた。
(この世界に来てほぼ一年。
毎日火おこしした甲斐があった…!)
『次来た時には、俺より上手くなっててくれよ!』
火おこし隊が一斉に頭を下げる。
焚き火の残り火がふわりと風にゆれ、
見送りに立つゴブリンたちの影が長く伸びた。
温かい火の匂いと、葉っぱを揺らす風の音。
小さな集落は、別れ惜しむ家族みたいに静かに揺れていた。
来夢は手を振りながらゆっくりと歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イェイな家の中には、朝の光がほんのり差し込んでいた。
丘が削れて出来た洞窟はそのまま本の巣窟になっていた。本を置く為に、壁を本サイズに削って出来た壁一面のニッチ棚には、ヒョドが毎日産んでいた本がぎっしり詰まっている。
タイトルも内容もバラバラな、謎の古代書庫だ。
ヒョドはというと──
いつもの丸い身体をぽすんと揺らし、
小さな羽根をパタパタしながら棚の一段目に飛び乗った。
「この本は全部持っていくのである!
なにせ我が輩の血と汗と羽ばたきの
結晶なのだから!」
ヒョドは来夢の無限収納を真似て作った自作の無限収納カバンを肩にかけた。
「では……いざ搬入開始っ!!」
勢いよく宣言した瞬間、ヒョドは片っ端から本を放り込み始めた。
ドン、ドン、バサァ!!
無限収納だから雑に詰めても入るのだが……雑すぎる。
「おおっとっとっ──!??」
足元に落ちた本にヒョドが見事につまずき、
ころん、と前転して床に激突する。
「いたたたた!!」
ヒョドは起き上がるなり、転がった本を両翼でバシバシ叩き始めた。
「こやつ……なぜこんなところに!?
我が輩の進路に現れるとはいい度胸しているな。
成敗つかまつるーー!!」
完全に八つ当たりだ。
それはあまりにも子どもみたいで愛おしい光景だった。
それからもヒョドは作業を続け、
棚から本を外してはドン、外してはドン、とカバンに詰めていく。
「ふぅ……これで最後っ……!」
最後の本を投げ込むまでに、じつに三回はこけていた。
すべての本を積み終え、家の中央にぽつんと立ったヒョドはふと思った。
「家……これ、どうしたものか。
バラして運んで湖畔に建て直すか……」
その時だった。
(イェイな家はこちらで湖畔まで運んで
おくっちゃ)
頭に直接響くチュニの声。
どこにいるのか分からないのに、全部お見通しだ。
「チュニ殿か!?どこにおられるので!?」
(遠くっちゃ。とにかく任せておけっちゃ!)
すると、家が光を放ち、一 ゆっくりと静かに消えていった。
ヒョドは瞬きをして何回も見直したが、そこにはもう家がない。
「流石チュニ殿、お見事!」
感心していると、
黒い影がふわりと崖の上に降り立った。
大きな翼。鋭い爪。
威厳ある瞳に、どこか父性的なやさしさ。
ここ数ヶ月で急成長を遂げているドラゴだった。
「ヒョドよ。湖畔まで移動するのであろう?
ならば我が背に乗るがよい。
空路のほうが早い」
「ドラゴ!!お引っ越し手伝って
くれるのでありますか……!?」
「風が呼んだ。……いや、チュニが呼んだ」
「チュニ殿!近くにいなくてもちゃんと仕事して
くれてるのでありますな…!」
ヒョドはカバンを抱きしめて、ばさばさ羽を揺らす。
「ドラゴ、落としたら呪いますからな!!」
「落とさぬ」
「た、頼もしい!!」
こうしてヒョドは、
イェイな家の引っ越し第一陣として、空へと飛び立つことになった。
ヒョドは、
パンパンに膨れた無限収納カバンを抱えながら、
ドラゴの前で小さく羽をぱたつかせた。
ドラゴは静かに首を垂れた。
「乗れ」
ヒョドは一歩……いや半歩だけ近づいて、
背中の高さを見上げて数秒固まった。
震えるヒョドを見て、ドラゴはため息をひとつ。
大きな前足で、そっとヒョドを持ち上げて
ぽすんと背中の凹みに乗せた。
「ひゃあぁっ!?
む、無理無理無理無理!!
お、落ちる落ちる落ちるっ
どのくらい無理かと言うと逆立ちして
百回回ってワン!と言えと言われた時
ぐらいに無理――!!言われたことないけど!」
これまでにない程に早口のヒョド。
ドラゴはため息をつく。
「落とさぬと言った」
ドラゴの声は相変わらず低くて穏やかだった。
翼がひとつ、大きく振り下ろされる。
ぼふっ──!
地面が遠ざかり始めた。
ヒョドはカバンを抱きしめ、
羽を縮こませ、背中を丸めて叫んだ。
「しゅ、しゅごぉぉぉぉぉぉぉい!!
高いけど……景色が……きれいで
ありますな……!」
黒紡ぎの森が、深い緑の海みたいに広がる。
朝の光が雫みたいに葉につき、
風がひゅうぅ、と頬を撫でる。
ヒョドはしばらく黙っていたが──
やがて、ぽつりと言った。
「……ドラゴ。
こうして空を飛ぶの……懐かしい気が
するのである……」
「賢者の前世ゆえか」
「たぶん……そうである。
でも、今の我が輩……
こうやって誰かの背中に乗って……
空を見るの、好きでありますぞ!
怖いけど…!
此度はドラゴ、助かった。」
その言葉に、ドラゴはひとときだけ目を細めた。
大空をゆっくり旋回しながら、
湖畔のきらめきを目指して進む。
しばらくすると、湖畔が見えて来た。
湖畔のすぐそばにログハウスがポツリと立っていた。
ドラゴがゆっくりと降下すると、
ヒョドはへなへなと背中にへたり込みながらつぶやく。
「途中から妙にスピードがついてし死ぬかと……
お、思ったっ……
でも……楽しかったのである……!」
降りた瞬間、ふにゃふにゃの足でよろけ、
無限収納カバンに顔から突っ込んで転ぶ。
「ぬぉぉっ!?
本がっ……本がいっぱいーー!!」
ドラゴがヒョドのお尻をコツンと小突いた。
ヒョドは我に返りカバンから頭を出して湖畔を見渡した。
「これが、湖畔…?なんでこんなに汚いのだー!」
声が湖に響いて戻ってくるほどの絶叫だった。




