第十四話 邪竜に案内された天空湯屋、癒やしのはずが修羅の湯でした
登った瞬間、邪竜の背中がふわりと浮いた。
胃がすっと持ち上がる、あの飛行機の離陸直前の“間”みたいな感覚。
浮いた……!?
足元にあったはずの大地がするすると遠ざかり、
風が巻き起こり、黒紡ぎの森の木々がみるみる縮んでいく。
さっきまで巨大な建物みたいに感じていた木々が、
今ではただの緑色の点にしか見えない。
邪竜の翼が一度、重たく、空気を押しつぶすように羽ばたいた。
それだけで景色が一段跳ね上がる。
耳にきゅっと細い圧がかかる。
雲の膜が近づいて──
突き抜けた。
一瞬、世界が白に包まれた。
冷たい霧が頬を撫で、呼吸がひんやりする。
そして雲の裏側を抜けた瞬間──
視界がぶわっと開けた。
陽光に照らされた雲の海が、どこまでも続いている。
ずっと暗い森の中にいた来夢は、みたことのない雲海と樹木の組み合わせに言葉を失った。
ゴブンは静かに気遣ったつもりで言う。
「ご安心を。揺れにくい飛行を心がけております」
現実に引き戻された。
そんなサービス業みたいな台詞ある!?
魔王さまこんなホスピタリティ重視なの!?
そして雲がぱぁっと晴れた先に
──魔王樹城の入り口が現れた。
まるで天空城。
枝の上に建つ巨大な要塞。
月光を反射して、黒銀色にきらめいている。
……都会のタワマンどころじゃねぇ……
規模バグってる……
だけど、天空ツアーちょっと感動しちゃったな。
邪竜がそっと足場に着地する。
「来夢様。どうぞ、湯浴みをお楽しみください」
ご挨拶だけして帰る予定だった俺の気持ち!!!
だけど、温泉か〜。
それはそれで入ってみたい気がする!
ここまでされれば尚のこと!
だって現代でも天空の温泉なんていう景色の良いところは決まって相場高いし!
俺みたいな一般人が入れるチャンスなんて殆どない。
あれ?なんでホテルの発想出てきたんだろ・・・
まさかこれお泊まりになっちゃう!?
来夢は嫌な予感がした。
だがこの後のことは温泉に入ってから考えることにしよう。
石造りの階段を上りきると、ふわりと温かな風が頬をなでた。
そこは──
異世界とは思えないほど整いきった脱衣場だった。
床は白銀色に磨かれた木目。
触れるとほんのり温かくて、しっとり吸い付くような感触がある。
踏むたびに柔らかく沈んで、足裏に心地よい。
棚は強化ガラスのような透明な魔石に漆黒で塗装してある。
これは!期待出来るぞ!!
「来夢様、こちらが我らが誇る天空湯屋──
魔王陛下が百年かけて育て上げた黒雲ノ湯が誇る三つの湯でございます。」
声は低く落ち着いているが、誇りが隠しきれていない。
「まず入口から入りまして一つ目の湯は──
《活力の湯》にございます。
魔界深層に湧く力の泉を引いております。
入れば、芯から熱が巡り、明日への力を呼び覚ま
すでしょう。陛下もお気に入りの湯でございま
す。」
活力……じわっと身体が温まる系?良さそう!
ゴブンはさらに続ける。
「さらにその奥、二つ目の湯──《気通しの湯》
滝のように降り注ぐ湯で、
肩や背をほぐし、魔力の流れを整えます。
湯に打たれながら瞑想すると心が洗われると、
陛下は毎朝ここで精神統一をしておられます」
打たせ湯なんてあるんだ!!
上から降ってくるお湯が細いから一点集中でツボを刺激してくれて気持ち良いんだよなぁ。
もはや天然のマッサージ。
これはもう、極楽の予感……!
背筋を伸ばしたゴブリンの目が柔らかくなる。
「そして三つ目。
魔王陛下がもっともこだわり抜いた──
《癒やしの湯》 でございます」
名前がもう最高……!魔王のこだわり!
きっと相当極楽だ!楽しみが過ぎる!
ゴブンは静かに説明を続ける。
「湧き出す湯そのものに鎮魂の性質があり、
温まりながら入るだけで
心身がふっと軽くなると言われております」
ゴブンは最後に深々と頭を下げた。
「この湯屋には普段は魔王陛下しか入ることが出来
ませぬ。
本日だけでも、陛下こだわりの湯をご堪能くださ
いませ」
そんな大切な温泉……
俺なんかが入っちゃっていいの!?
魔王陛下御用達なのに!?
後で感想求められるよな絶対。
三つとも全部入ってみないとな。
ゴブンには外で待っているので上がったらお声掛け下さいと言われた。
チュニとエコーは別室に案内され、優雅なティータイムを楽しむこととなった。
みんなで温泉入れるなんて、楽しみだなぁ。
実はみんなお風呂が好きなのだ。
1人ぐらい嫌がりそうなものだけどね。
来夢はゆっくりと入口のすりガラスの引き戸を引いた。
一つ目の湯、活力の湯。
湯殿に足を踏み入れた瞬間、
来夢は耳を疑った。
ボコ…ボコボコ……
ボコボコボコボコボコッッ!!
まるで巨大な鍋──しかも業務用サイズの寸胴──が
フルパワーで沸騰している音そのものだった。
湯面は静かに揺れるどころではない。
地鳴りのように隆起し、破裂し、
白い蒸気が天井へ向けて勢いよく噴き上がっている。
湯気も熱い。
否!熱い、なんてもんじゃない。
手のひらをそっと湯面に近づけてみる。
――ビリッ。
皮膚の表面が焼ける前の警告みたいな痛みを発した。
まだ触ってすらいないのに。
いや、人間が死ぬ湯です!これ!!
湯の表面に浮かぶ泡がひとつ、
ボンッと破裂した。
熱気が顔をなめるように吹き付けてくる。
『これ絶対、入れると煮えるやつだよね!?』
来夢の背中に汗が流れる。
湯殿の中心には石碑が立ち、
そこにはこう刻まれていた。
──この湯、魔王陛下の最も愛する湯なり。
湯温は常に《激昂の温度》を保つこと。
激昂の温度。
激昂の温度。
激 昂 の 温 度。
『怒ってるの!?湯が!?』
「旦那〜これは流石に入れねぇぜぇ」
流石のイカちゃんでもこれは無理らしい。
いつもなら感電しないように放電を完全に止めて水浴びしてるが、これは肌が完全に焦げてしまう。
いや、みんな入れないでしょこんなのさ!
何!?罠かな!?
とりあえず他のニつも見てみよう。
二つ目ーー気通しの湯
聞いた感じは打たせ湯でしたが・・・
ズガァァァァアアアアアアアアアッッ!!!
滝──いや、滝なんて生温い。
巨岩が砕け散る音量で、
天井から水の柱が叩きつけられていた。
湯船中央に立つ石台に、
ずっと水柱が降り注いでいる。
ドォン!
ドォォン!
ドォォォォン!
あれは完全に攻撃音だ。
来夢は呆然と見上げた。
水柱の太さは人間の胴回りくらい。
速度は落石クラス。
勢いはもはや水ではなく物理攻撃。
恐る恐る入ってみることにした。
来夢は石台の縁に立ち、
水柱から指一本分だけ外れた位置で様子を伺った。
滝じゃない。
水の槍だ。
音は完全に攻撃音。
ドゴォォォォォ!!!
『ちょ……ちょっとだけ……!』
ビビりながら、
右腕を水柱に差し出した。
その瞬間──
ズバァンッッ!!
水柱の外郭だけで
皮膚が一瞬で赤く腫れた。
『い、いまの一瞬で血出たんだけど!?』
みるみる赤くなって、
指先からちょろっと血が滲む。
痛い。
痛すぎる。
自動回復で傷はすぐ塞いだが、これは人間レベルで入れるものではない。
苦行の域を遥かに越えている。
が、イカちゃんが言う。
「おい来夢。たぶん中心はもっと強いぞ。
やってみろよ」
『やんないよ!?死ぬよ!?!?』
イカちゃんは
「なんでぃ!これくらい!」
というと水柱の中に飛び込んで行ったがすぐ様ボロボロの姿で帰ってきた。
「むひでひた。ひたすぎ」(無理でした。痛すぎ)
ヒョドが回復してあげていた。
お前いつの間に回復魔法使えるようになっていたんだ。
三つ目の湯は癒やしの湯だったよな?
こうなったら最後に望みをかけるしかない――




